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第二章
幕間 ~『アリアを追放した王宮★ハインリヒ視点』~
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~『ハインリヒ公爵視点』~
ハインリヒ公爵は清々しい朝を過ごしていた。王宮に用意された客室で紅茶を啜りながら、窓から差し込む光に目を細める。暖かい光はまるで彼の輝かしい未来を象徴しているかのようだった。
「アリアを王宮から追放したのは正解だったな」
ハインリヒがアリアを嫌っていたのは、疲れの溜まった暗い顔が苦手だったことが一番の理由だ。
しかしそれ以外にも理由はある。例えば賃金の問題ではよく彼女と喧嘩していた。
聖女には国から莫大な報奨金が与えられるのだが、その内の大半をハインリヒは中抜きしていたのだ。
だが彼は悪いことをしたと思っていない。聖女の夫となる予定なのだから、夫婦の共有財産は夫である自分が管理するのが正しいと本気で信じていたからだ。
「そもそもアリアには聖女としての自覚がないのだ。聖女ならば患者からの『ありがとう』の言葉だけを糧に清貧に生きれば良いものを……」
待遇アップを求めてくるアリアにいつもイライラさせられていた。その苦しみからの解放感こそが、彼の清々しい笑みに繋がっていた。
「本当に私は幸運だ。あんな陰鬱な女との結婚を回避し、フローラのような素敵な女性と結ばれるのだからな」
フローラは姉妹だとは思えないほどに明るい性格をしている。いつも笑みを絶やさない彼女とならば、順風満帆な未来が待っているはずだ。
「こんな話をしていると、フローラと会いたくなってきたな」
ハインリヒはフローラの働いている診療所へと向かう。王宮の敷地内に建てられた白い建造物の前には長蛇の列ができていた。
「素晴らしいな……」
アリアが聖女をしていた頃は患者が並んでも列になるようなことはなかった。フローラの美しさがこれだけの人を集めたのだと知り、彼女を抜擢した自分の有能さに身震いしてしまう。
「皆様、いつも聖女の治療を受けてくださり、ありがとうございます。私は婚約者のハインリヒ公爵でございます」
彼が下手に出ているのは、患者の中に有力者が混じっているからだ。しかも王国以外の他国の重鎮の姿もある。媚を売っておくことで損をすることはない。
「貴様がハインリヒ公爵か……確か、アリア様を王国に繋ぎ止めるための贄だったな……」
患者の一人の老人がそう呟く。侮蔑が混じった発言に怒りが湧くが、すぐにその感情を抑え込む。その老人が上役である大臣だと気づいたからだ。
「それで、アリア様はどうした?」
「あの女なら私がクビにしました。そしてより有能なフローラを新たな聖女に据えたのです」
「そ、それは、本気で言っているのか……」
「はい、より優秀な者を採用できたのは、私の手腕によるものです」
ハインリヒは自慢げに語る。しかし大臣の反応は予想と違っていた。
「ふざけるな! アリア様をクビにしただと!」
「は、はい。ですが、フローラを代わりに――」
「そのフローラ様は疲れたからと私たちを放置して遊びに行かれたぞ! アリア様の時はこんなことが起きたことはなかった! どう責任を取るつもりだ!」
「フローラが遊びに……こ、これは、きっと事情が……」
「なら早く連れ戻せ。それくらいしか役に立てないのだ。最低限の仕事くらいこなしてみせろ」
「うぐっ……」
ハインリヒはただひたすらに怒りを我慢する。大臣が彼に対して厳しいのには理由があった。
元々、ハインリヒは公爵の中でも最弱の力しかなく、爵位降格の話が挙がっていたほどだった。
そんな彼を救ったものこそ、アリアとの婚約だった。聖女を繋ぎ止める贄となることで、公爵の立場を維持したのだ。
だからこそ、事情を知る者たちはハインリヒを軽く見ていた。無能な男だと内心では馬鹿にされており、その評判を覆すためにも、アリアよりフローラの方が有能だったと証明しなければならない。
「わ、分かりました。必ずフローラを連れ戻します」
フローラの居所には心当たりがあった。彼女がいつも休憩で使っているお気に入りの薔薇園へと向かうと、ベンチに腰掛け、空を見上げる彼女を発見する。
「フローラ、ここにいたのか」
「公爵様……どうしてここに?」
「探しに来たに決まっているだろ。さぁ、仕事へ戻ろう」
「仕事は嫌ですわ!」
フローラは頭を抱えて拒絶する。絶対にこの場から動かないと鉄の意思さえ感じさせた。
「治しても治しても患者の数は減らないのに、休んだら早く治せと叱られる。あんな理不尽な職場で働くつもりはありませんわ」
「だ、だが、皆がフローラの癒しの力を願っているんだ。私のためにも頑張ってくれないか?」
「嫌なものは嫌ですわ! 私は私の幸せが一番大切ですもの。婚約者なのですから、公爵様が何とかしてくださいまし」
それじゃあと、フローラは立ち上がり、逃げるように去っていく。その背中に声をかけても、彼女の心には響かない。姿が見えなくなったところで、ハインリヒの肩に絶望がのしかかってくる。
「嘘だ……これは夢だ……」
聖女に代わりはいない。フローラを無理して働かせた場合、二度と仕事をしてもらえない可能性もあるため、強要もできない。
患者たちを宥めようにも相手は重鎮たちばかり。きっと彼らの目にはハインリヒがアリアを追いだした無能と映るだろう。評判はさらに悪化してしまう。
八方塞がりの状況に、ハインリヒは現実逃避することしかできないのだった。
ハインリヒ公爵は清々しい朝を過ごしていた。王宮に用意された客室で紅茶を啜りながら、窓から差し込む光に目を細める。暖かい光はまるで彼の輝かしい未来を象徴しているかのようだった。
「アリアを王宮から追放したのは正解だったな」
ハインリヒがアリアを嫌っていたのは、疲れの溜まった暗い顔が苦手だったことが一番の理由だ。
しかしそれ以外にも理由はある。例えば賃金の問題ではよく彼女と喧嘩していた。
聖女には国から莫大な報奨金が与えられるのだが、その内の大半をハインリヒは中抜きしていたのだ。
だが彼は悪いことをしたと思っていない。聖女の夫となる予定なのだから、夫婦の共有財産は夫である自分が管理するのが正しいと本気で信じていたからだ。
「そもそもアリアには聖女としての自覚がないのだ。聖女ならば患者からの『ありがとう』の言葉だけを糧に清貧に生きれば良いものを……」
待遇アップを求めてくるアリアにいつもイライラさせられていた。その苦しみからの解放感こそが、彼の清々しい笑みに繋がっていた。
「本当に私は幸運だ。あんな陰鬱な女との結婚を回避し、フローラのような素敵な女性と結ばれるのだからな」
フローラは姉妹だとは思えないほどに明るい性格をしている。いつも笑みを絶やさない彼女とならば、順風満帆な未来が待っているはずだ。
「こんな話をしていると、フローラと会いたくなってきたな」
ハインリヒはフローラの働いている診療所へと向かう。王宮の敷地内に建てられた白い建造物の前には長蛇の列ができていた。
「素晴らしいな……」
アリアが聖女をしていた頃は患者が並んでも列になるようなことはなかった。フローラの美しさがこれだけの人を集めたのだと知り、彼女を抜擢した自分の有能さに身震いしてしまう。
「皆様、いつも聖女の治療を受けてくださり、ありがとうございます。私は婚約者のハインリヒ公爵でございます」
彼が下手に出ているのは、患者の中に有力者が混じっているからだ。しかも王国以外の他国の重鎮の姿もある。媚を売っておくことで損をすることはない。
「貴様がハインリヒ公爵か……確か、アリア様を王国に繋ぎ止めるための贄だったな……」
患者の一人の老人がそう呟く。侮蔑が混じった発言に怒りが湧くが、すぐにその感情を抑え込む。その老人が上役である大臣だと気づいたからだ。
「それで、アリア様はどうした?」
「あの女なら私がクビにしました。そしてより有能なフローラを新たな聖女に据えたのです」
「そ、それは、本気で言っているのか……」
「はい、より優秀な者を採用できたのは、私の手腕によるものです」
ハインリヒは自慢げに語る。しかし大臣の反応は予想と違っていた。
「ふざけるな! アリア様をクビにしただと!」
「は、はい。ですが、フローラを代わりに――」
「そのフローラ様は疲れたからと私たちを放置して遊びに行かれたぞ! アリア様の時はこんなことが起きたことはなかった! どう責任を取るつもりだ!」
「フローラが遊びに……こ、これは、きっと事情が……」
「なら早く連れ戻せ。それくらいしか役に立てないのだ。最低限の仕事くらいこなしてみせろ」
「うぐっ……」
ハインリヒはただひたすらに怒りを我慢する。大臣が彼に対して厳しいのには理由があった。
元々、ハインリヒは公爵の中でも最弱の力しかなく、爵位降格の話が挙がっていたほどだった。
そんな彼を救ったものこそ、アリアとの婚約だった。聖女を繋ぎ止める贄となることで、公爵の立場を維持したのだ。
だからこそ、事情を知る者たちはハインリヒを軽く見ていた。無能な男だと内心では馬鹿にされており、その評判を覆すためにも、アリアよりフローラの方が有能だったと証明しなければならない。
「わ、分かりました。必ずフローラを連れ戻します」
フローラの居所には心当たりがあった。彼女がいつも休憩で使っているお気に入りの薔薇園へと向かうと、ベンチに腰掛け、空を見上げる彼女を発見する。
「フローラ、ここにいたのか」
「公爵様……どうしてここに?」
「探しに来たに決まっているだろ。さぁ、仕事へ戻ろう」
「仕事は嫌ですわ!」
フローラは頭を抱えて拒絶する。絶対にこの場から動かないと鉄の意思さえ感じさせた。
「治しても治しても患者の数は減らないのに、休んだら早く治せと叱られる。あんな理不尽な職場で働くつもりはありませんわ」
「だ、だが、皆がフローラの癒しの力を願っているんだ。私のためにも頑張ってくれないか?」
「嫌なものは嫌ですわ! 私は私の幸せが一番大切ですもの。婚約者なのですから、公爵様が何とかしてくださいまし」
それじゃあと、フローラは立ち上がり、逃げるように去っていく。その背中に声をかけても、彼女の心には響かない。姿が見えなくなったところで、ハインリヒの肩に絶望がのしかかってくる。
「嘘だ……これは夢だ……」
聖女に代わりはいない。フローラを無理して働かせた場合、二度と仕事をしてもらえない可能性もあるため、強要もできない。
患者たちを宥めようにも相手は重鎮たちばかり。きっと彼らの目にはハインリヒがアリアを追いだした無能と映るだろう。評判はさらに悪化してしまう。
八方塞がりの状況に、ハインリヒは現実逃避することしかできないのだった。
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