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第三章 ~『ルカとバロン兄の闘い』~
しおりを挟む選考会で重要なのは闘いの組み合わせだ。ウシオはアトラスに大将戦に参加すると伝えているため、ルカが先鋒、クロウが次鋒を任されている。
「ルカ、ルールは分かっているよな?」
「もちろんよ。任せておいて」
選考会での勝敗決定方法は三つだ。一つは相手を気絶させること、二つ目は相手に負けを認めさせること。そして三つめは相手をリング場の外に押し出すことだ。
「作戦通りにするんだぞ」
「試合開始と同時に降参すればいいのよね?」
「俺とクロウで二勝すれば、チームの勝利だからな」
個人での勝利を二回積み上げることでチームの勝利になるルールである。言い換えれば、一度は負けていいのだ。ルカが危険を犯す必要はない。
「じゃあ行ってくるわね」
「おう。潔く負けてこい」
先鋒のルカがリングに上がると、金髪のバロン兄も合わるように登ってくる。少女と巨漢、対照的な二人が対峙し、審判役の男性教師が整列させる。
「両者準備はいいな?」
「ええ」
「問題ねぇ」
「では試合開始いいっ!」
教師の開始の合図と共にバロン兄は全身から魔力を放つ。ルカとは比べ物にならない魔力量だった。
「ルカ、早く降参しろ!」
だがアトラスの呼びかけを無視して、ルカは魔力を発して戦闘態勢を取る。嫌な予感が頭を過った。
「まさか、あのバカ……棄権しないつもりか……」
「秀才のルカがそんな馬鹿な真似をするはずが……いや、でも……」
「どうかしたのか?」
「ルカはアトラスのことになると普段の冷静さを見失うから……もしかすると君を危険に晒させないために戦うつもりなのかも」
「――――ッ」
あり得る話だった。一学年最強のウシオと戦えば無傷で済まないと心配したルカならば、自分の身を犠牲にするくらい平気でやる。
無能だと馬鹿にされていた彼に手を差し伸べてくれた彼女の優しさを思い出し、ギュッと拳を握り込んだ。
「馬鹿は俺の方だ。ルカの性格を考えればこうなることは必然だったのに……」
「悔やんでも仕方ないよ。僕たちにできることは応援することだけさ。それにルカだって一学年で十本の指に入る実力者だ。戦うからにはきっと勝算があるはずだよ」
「そうだよな……ルカならきっと勝ってくれるよな……」
魔力と体格は圧倒的な差がある。単純な殴り合いならルカに勝ち目はない。
しかし魔術師同士の闘いはシンプルな実力がそのまま結果に現れることはない。魔術は制約を重ねることで、いくらでも威力を上げられるのだから、条件にさえ嵌れば格上を倒すことだって不可能じゃない。
「ルカ、頑張れ!」
「僕たちが応援しているからね」
声援を受けたルカは自信を示すように口元に笑みを浮かべる。
「任せて。私は必ず勝つから」
「俺相手に随分な自信だな」
「大切な幼馴染のためだもの。私の勝ちたいって想いが、あなたを倒してみせるわ」
魔術を発動させるため、ルカは魔力を練り上げていく。その様子をバロン兄はニヤニヤと笑いながら、黙って見つめていた。
「魔術の準備は整ったわ。覚悟しなさいっ!」
「クククッ、発動させてみろよ」
「言われなくても……ってあれ……どうして! 魔術が発動しない!」
「その隙は俺の前では命とりだぜ」
戸惑うルカを嘲笑うように、バロン兄は片手で彼女の首を締め上げる。喉を押し潰すように掴みながら、彼女を悠々と持ち上げた。
「……ぅ……ぐっ……は、離して……」
「俺が唯一負ける可能性のあった魔法と魔術は使えない。チェックメイトの状態にまで追い込んだんだ。誰が離すかよ」
「……っ……ど、どうして、魔術が……」
「俺の魔術『禁止』の力さ。十秒以上、対象から視線を逸らさないことを条件に、魔法と魔術の使用を一分間禁止できるんだ。つまり一分間、お前はサンドバックってことになる」
バロン兄は片手で首を掴んだまま、もう片方の手でルカの腹に拳を突き刺す。筋力と魔力に圧倒的実力差のある状況で、その拳を防ぐ手段を彼女は持ち合わせていない。
二度、三度。拳が腹に埋め込まれていく。ルカの目尻から涙が零れた。
「……ぐすっ……も、もう許じでぇ……わ、私の――」
「駄目だね」
ギブアップを宣言しようとしたルカの首をバロン兄は締め上げる。決定的な敗北を認めさせようとしなかった。
「クククッ、まだまだ時間はたっぷりある。俺を楽しませてくれよ」
再び、バロン兄が拳を振り上げる。その光景を見ていたアトラスが隣のクロウにボソリと囁く。
「悪いが、この勝負、俺たちの負けになるかもしれない……だがあいつだけは許せないっ!」
言葉を口にした瞬間、アトラスはリングを駆けていた。魔力で高速化したスピードで、バロン兄の横腹に蹴りを入れる。
衝撃でルカから手を離し、バロン兄は宙を舞う。場外へと叩きつけられた彼は、勢いよく転がって、そのまま動かなくなった。
「ルカ、無事か!?」
「わ、私……ぐすっ……ごめんね……アトラスの役に立ちたかったのに……怖くて……っ……」
「気にするな。困ったときは助け合うから友達なんだろ」
ルール違反だとしても、ルカを救い出したことに後悔はない。復讐よりも自分のために泣いてくれる友人の方が遥かに大切だったからだ。
「なぁ、先生。この試合の結果はどうなるんだ?」
審判役の教師に訊ねると、彼は悩む素振りと共に結論を出す。
「明確にルールがあるわけではないから、私の意見を述べる。まずルカは反則敗けだ。なにせ第三者が攻撃したのだからな」
「それは呑むしかないだろうな」
「だが選考会の目的を考えれば、試合は続行すべきだと考える。もちろんウシオチーム側に異論がなければだが……」
選考会は優秀な執行官を見出すために開催されている。それを反則で終わらせては、見るべき実力も見られずに終わってしまう。
「アトラスがやったことは最低のルール違反だ。だが寛容な俺様は許してやるよ。なにせここで終わったんじゃ、アトラスの公開処刑もできなくなるからな」
ウシオは嗜虐の笑みを浮かべる。動機はともかくルール違反を避けられたことにほっと息を吐く。
(もしチームごと反則負けになっていたら、ルカは負い目を感じることになっていた。悔しいが助けられたな)
アトラスはルカに肩を貸しながら、リングから降りる。すれ違うように、クロウがリングへと上った。
「クロウ、お前……」
いつも柔和な笑みを崩さない優男が、獅子のような鋭い目つきをしていた。
「アトラスに聞きたいことがある。もしルカと自分の命、天秤に賭けなければいけない時が来れば、君はどちらを優先する?」
「決まっている。ルカの命だ」
「僕も同じさ。自分の命より大切な親友を傷つけられたんだ。怒りで対戦相手を殺してしまうかもしれない……そうなる前に試合を止めてくれないかい?」
「任せておけ。存分に戦ってこい」
親友の武運を祈るように背中に言葉を投げかける。彼ならばきっと期待に応えてくれると信じるのだった。
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