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【後編】ざまぁな逆転

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 長い付き合いの仕立屋にドレスを用意させ、エリスの髪を梳かし、薄い化粧を施していく。時間と共に磨かれていく彼女の美貌は、丁度、一時間が経過した頃、部屋に戻って来たクラウスを驚愕させた。

「おかえりなさいませ、クラウス様」
「――――ッ」

 ニコリと笑うエリスに、クラウスは見惚れてしまう。地味な印象の彼女はもういない。瀟洒な黒のレースドレスが、白磁の肌によく映えていた。

 色素の薄い唇は吸い込まれそうなほど魅力的で、ゴクリと息を飲んでしまう。

「どうかされましたか?」
「い、いえ、あまりの変わりように驚いていただけです」
「ふふふ、眼鏡を外しましたからね。ちょっぴりお洒落になれました」
「ちょっぴりどころか……いや、それよりも眼鏡がなくても平気なのですか?」
「ロゼ様の回復魔法で視力を治していただきました」

 そういう使い方もできるのかと、クラウスは感心させられる。厚底眼鏡が地味さの大きな原因になっていたので、裸眼による印象の変化は大きい。

「私の偉大さに驚いたかい?」
「まさかエリスさんがここまで美人になるとは思いませんでした」
「これで外見の不利はなくせた。次に必要なのは実力だね」
「専属魔術師になるためには、魔法の腕前は必須ですからね」

 ノエルに外見で勝っていても、魔術師としての実力に大きな差があれば、専属魔術師として不適格の烙印を押されるのがオチだ。そうならないためにもエリスは強くなる必要がある。

「新しい魔法を習得するべきでしょうか?」
「十日で会得した付け焼刃の魔法が通じるわけがないだろ」
「ならどうすれば……」
「あんたは新しい魔法なんて習得しなくても十分に強い。なにせ基礎魔法をすべて習得しているそうじゃないか」
「ですが、私は基礎しか使えませんよ」
「基礎でも、すべてを扱える者は少ない。あんたは誇っていい。努力は決して無駄じゃなかったのさ」

 才能がなくても血の滲むような努力をしてきたからこそ、宮廷魔術師として採用されたのだ。彼女の頑張りに報いるために、ロゼは両手の人差し指をそれぞれピンと立てる。

「基礎魔法の初歩の初歩、炎の魔法さ。けどね、炎の大きさが違うだろ。なぜだか分かるかい?」
「魔力量が違うからですか?」
「その通りさ。そして魔力量はそのまま魔法の威力に繋がる。あんたの欠点である魔力不足を克服できれば、ノエルに勝つことも不可能じゃない」

 便利な道具を複数所持していても、動力がなければ宝の持ち腐れで終わる。魔法の種類だけなら右に出る者のいないエリスだからこそ、魔力を増やすことで威力を増すことがそのまま戦力アップに繋がるのだ。

「ですが魔力量を増やすにしてもどうすれば……」
「筋力や肺活量と同じさ。魔力は限界まで使い切れば、回復時に最大値が増加する」
「それでも、たった十日しかないのですよ。使い切ってから回復するのを待っていては、日が暮れてしまいます」
「あんた、私が誰か忘れたのかい? 大聖女のロゼ様だよ」

 魔力を限界まで使い切り、その後、回復魔法で体力を元通りにする。これを繰り返すことで魔力量は短い期間でも増やすことができる。

「私は嘘を吐かない。弟子にしたからには、あんたを勝たせてやるよ」
「はい、お願いします!」

 ロゼの修行にエリスは身を任せる。十日の修行は彼女を急速に強くするのだった。

 ●

 時が過ぎるのは早い。修行を開始してから、十日はあっという間に過ぎた。

 王国兵を鍛えるための訓練場には、既にレオナードとノエルが到着していた。仲睦まじげに寄り添う彼らを見守るように家臣たちも集まっている。

 専属魔術師の決定は王国にとっても一大イベントだ。張り詰めた緊張感の中、レオナードは舌を打つ。

「遅いっ! エリスはいつになったらやってくるのだ」
「きっと勝てないからと逃げたのですわ」
「ノエルは優秀だからな。無理もないか」

 レオナードの嘲笑が響き渡る。だが観客の家臣たちが、馬鹿にすることはない。

 なぜならエリスの師匠は大聖女であるロゼだからだ。彼女は不可能を可能にする奇跡を何度も現実にしてきた。家臣たちは骨身に染みて、ロゼの偉大さを理解していたのだ。

「待たせたね、主役を連れてきたよ」
「大聖女様、エリスはどこに……」
「ほら、前へ出な」

 華麗な姿へと変貌を遂げたエリスに、レオナードはゴクリと息を飲む。動揺を表に出さないように努めるが、観客は違う。

「誰だ、あの美人は」
「まさかエリス様か!?」
「あの地味な少女が、ここまで変わるのかっ」

 思わず、ため息が零れそうなほどの美人なのだから驚愕も無理はない。賞賛の声が響き、ノエルの顔が嫉妬の怒りで見る見る内に赤くなっていく。

「あなた、ちょっと美人になったくらいで調子に乗らないでくださいまし」
「私が美人なのですか?」
「~~っ――惚けないで欲しいですわね。そ、それに遅刻の謝罪がまだですのよ! まずは頭を下げなさい」
「遅刻なんてしていませんよ。待ち合わせ時刻にはギリギリ間に合っていましたから」
「――ふぅ……まぁ、許してあげますわ。なにせ、あなたはこれから私との力の差を思い知ることになるのですから」
「私は負けません。勝ってみせます」

 二人は視線を交差させると、戦うために距離を取る。魔術師同士の決闘は魔法のぶつけ合いだ。互いに魔力を漲らせる。

「エリスさん、頑張ってください……僕、応援していますから」
「クラウス様の応援があれば百人力ですね」
「そ、そんな、僕の力なんて……」
「クラウス様には感謝しているのですよ。私の修行に付き合ってくれるだけでなく、夜食まで作ってくれて」
「料理は僕の趣味だからで……感謝される筋合いなんて……」
「ふふふ、私はクラウス様のためにも勝ちます。だから信じて待っていてください」
「は、はい」

 審判役のロゼが二人に視線を巡らせる。闘いの準備は整ったと、凛々しい顔が伝えていた。

「では恨みっこなしの魔術戦を始めるよ。覚悟はできているかい?」
「もちろん」
「はい」
「では決闘開始ッ!」

 高らかに叫ばれた勝負の合図を受け、先に動いたのはノエルだった。空中に炎の球体を浮かべ、エリスに向けて発射する。

「私に歯向かった自分の愚かさを後悔するのですわ」
「炎の魔法に対するなら水の魔法ですね」

 エリスの周囲を水の球体が浮かび、炎の弾丸と衝突させる。最小限の魔力で、相性の良い魔法をぶつける。多種の魔法を操れる彼女だからこそ、できる芸当だ。

 炎の熱によって水は水蒸気へと変化する。霧に包み込まれ、視界が白に染まる。

「この視界では攻撃ができませんわね。でもそれは相手も同じ」

 決闘の合間の一時の休息だと、ノエルは息を漏らす。しかしその油断はあまりにも甘い。

 白い霧を複数の影が走る。それが水の弾丸だと気づいた時、ノエルの身体は吹き飛ばされていた。

 地面を転がるノエルは全身を傷だらけにしながら、想定外の事態に頭を混乱させる。

「どうして私の位置が分かりましたの。ありえませんわ」
「索敵の魔法を使いました」

 水蒸気が晴れた先には、優雅に佇むエリスがいた。彼女は呪文を唱えている。マズイと直観が危機を伝えるが、ダメージのせいで身体が動かない。

「捕縛魔法、発動です」

 魔法の糸が放たれ、ノエルの身体をグルグルに縛り上げる。身動きを完全に封じられた彼女は地面を這うことしかできない。

「どうして私が基礎しか使えないあなたに負けるんですの!」
「基礎でも数が多ければ、それは武器になるということです。例えば索敵の魔法。視認できる距離しか探れないため、覚えるだけ時間の無駄だと馬鹿にされています。ですが私は習得しました」
「…………」
「捕縛魔法もそうです。詠唱を必要とし、その間に逃げられてしまう残念魔法だと馬鹿にされています。ですが私は学びました。地味な努力だけが私の強みでしたから」

 才能があれば、華麗で派手な魔法を極めても良かった。だがエリスは悔しいくらい凡人だった。彼女にできることは時間さえかければ習得できる基礎魔法を広く浅く学ぶことだけ。だがその力はエリートを打ち破るほどの威力を発揮した。

「ははは、見事だぞ、エリスよ」
「レオナード様……」
「改めて命じる。俺の専属魔術師になれ。そして恋人としても可愛がってやろう」

 負け犬には興味がないと、レオナードは転がるノエルを足蹴にする。

 エリスへの仕打ちを忘れたかのように、彼は手の平を返す。一歩近づくごとに嫌悪が増し、息遣いの聞こえる距離まで近づいた瞬間、エリスは意識しないままに、頬にビンタを打ち込んでいた。

 レオナードの白い頬に赤い手形が刻まれる。それと同時に、彼の顔が怒りで赤く染まる。

「き、貴様あああっ!」

 レオナードは怒りに身を任せて拳を振り上げる。だがその拳が下ろされることはなかった。駆け寄ってきたクラウスが、彼の顔を殴りつけたのだ。

「うぐっ」

 痛みで地面を転がるレオナードは信じられないと、表情を歪める。温和で臆病だったクラウスが勇気を絞り出し、エリスを守ったことに驚愕させられたのだ。

「レオナード、君は王子失格だ」
「あ、兄上……」
「え、お兄様なのですか?」

 エリスは兄と呼ばれたクラウスに驚く。レオナードは第二王子だ。第一王子がいるとは聞いていたが、それがまさかクラウスだとは知らなかった。

「僕は臆病で力のない男だ。王座に座るのも弟の方が相応しいと思っていた。だから正体を秘密にし、人前にも姿を現さなかった。しかし考えを変えた。弟に国を任せてはいられない。僕が次期国王になる」
「兄上!」
「君は王宮から追放だ。ノエルと共に自由に生きるがいい」

 クラウスの宣言にレオナードは肩を落とす。顔を伏せながら泣く彼はどうしてこんなことになったのかと後悔するしかなかった。

「エリスさん、悪かったね。君たちは恋人同士だったのだろ?」
「いえ、構いません。私の心は既にレオナード様から離れていましたから」

 二人はジッと見つめ合う。ロゼはそんな二人の光景を微笑まし気に見守る。

「若者の恋はいいねぇ」

 しみじみとした言葉を残し、ロゼは立ち去ろうと背を向けた。

「あ、あの、ロゼ様……いえ、師匠! ありがとうございました!」
「どういたしましてさ」

 背中を向けながら、ロゼは手を振る。隠居した大聖女は、心の中で弟子の幸せを祈るのだった。

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