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【中編】魔人と嘘の力
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「復讐なんてしません」
私はきっぱりと提案を断ります。腐っても私は聖女。復讐なんてできるはずがありませんから。
「あらら、振られたか……」
「当たり前です。私を誰だと思っているのですか?」
「僕の好きな人だね」
「ま、また、あなたはそういうことを言う。軽い気持ちでそんな言葉を口にしてはいけませんよ」
「本気なんだけどなぁ」
ただの子供の戯言です。しかし傾城の美少年に好意を示されると、意識せずとも気恥ずかしさで頬が朱に染まってしまいます。
「それに私は傷を癒すことしかできません。人を傷つける力を持ち合わせていないのです」
「力なら心配ないよ。僕がとびっきりの能力をプレゼントするからね」
「玩具の軍隊でもくれるのですか?」
「また僕のことを子供扱いして……世が世なら不敬罪で打ち首拷問だよ」
「はいはい、ケインくんはこの国の王子様なんですよね」
ケインの年齢は外見から察するに私よりも年下です。そしてこの国の王子は二人しかおらず、もし彼が第一王子だとするのならハラルド王子よりも年上ということになります。
私はジッとケインを見つめます。
彼が本当に第一王子なのであれば、大人の色気を放つハラルド王子の兄ということになります。ありえません。子供の戯言だと、一笑に付しました。
「もしかして僕の外見で判断しているのかな? でもそれは早計だよ。なにせ僕は魔族の血を引いているからね。普通の人間とは歳の取り方が違うのさ」
「……また嘘ですか?」
「いいや、これは本当さ。僕は正真正銘の魔人だよ」
魔人。それは人間と魔族の混血児で、世界に七人しかいない魔物たちの支配者だと噂されています。
しかしそれはあくまで噂だけ。実在すると証明されたことはありません。子供がヒーローに憧れるように、ケインもまた自分のことを特別だと信じたいのでしょう。
「どうやら僕が魔人だと信じていないようだね」
「私は常識を知る大人ですから」
「なら証明してみせるよ」
ケインはニンマリと笑うと、『君の視界は真っ暗だ』と囁きました。すると夜の帳が落ちたかのように光が消えさり、突然の暗闇に包み込まれます。
「これはなんですか……」
「僕は偽証を司る魔人なのさ。だから嘘が誰よりも得意。どんな荒唐無稽な嘘でも真実だと思い込ませることができるほどにね」
「……早く元に戻してください」
「僕のことを子供扱いしないかい?」
「しませんから」
「素直でいい子だ」
「私のことを子供扱いするのは止めてください」
「君がそれを言うか……でもまぁいいや。元に戻っていいよ」
合図と共に私の視界が光を取り戻します。このようなことをされては、ケインが魔人だと認めざるをえません。
「嘘は人間が使っても他人の人生を終わらせることができるほどに強力だ……それを魔人の僕が使えば、視界を真っ暗にしたり、人を猫だと信じさせることもできる」
「あの猫さんはあなただったのですか……」
どこに消えたのかと心配していたので一安心です。
「どんな嘘でも、真実へと変えられる力。これさえあれば、君はこの世すべてを支配する悪役聖女になれるんだ」
「…………」
「さぁ、僕の手を掴め。そうすれば契約は成立する」
右手を輝かせたケインが私に手を差し伸べます。この手を掴めば復讐する力が手に入ります。ですが私はその手を払いのけました。
「もう一度言います。私は復讐なんてしません……裏切られたとしても、命尽きるその瞬間まで私は聖女ですから」
「意思は固いようだね。なら仕方ない。実力行使といこうか」
ケインは机の上に置かれた果物ナイフを手に取ります。銀色の刃が私の怯える顔を映し出します。
「そのナイフで私を脅す気ですか? 無駄ですよ。私は脅しに屈したりしません」
「ひどいなぁ~僕が大切な君を傷つけるはずないだろ」
「なら何を?」
「こうするのさ」
微笑んだケインは自分の手にナイフを突き刺します。白銀の刃が白い手を貫通し、赤い血をポタポタと垂れ流します。
「その手を貸してくださいっ!」
私は触れなければ、癒しの力を使うことができません。即ち、契約が成立すると分かっていても、手に触れなければ彼を癒すことができないのです。
ですが私の行動に迷いはありませんでした。傷ついた人を放っておけるなら、聖女になどなっていませんから。
「暖かい輝きだね」
ナイフで斬られた傷は最初から存在しなかったように消え去りました。しかし彼との契約はしっかりと成立したのか、私の手甲には魔法陣の模様が刻まれることとなりました。
「あなたは卑怯者です!」
「よく言われるよ。でも感謝して欲しいな。これで君は嘘を真実に変える力を手に入れたのだから。そして……君の人生は僕のものだ」
ケインが合図すると、私の両手は自分の意思と反して万歳します。まるで自分が操り人形になったかのような錯覚さえ覚えます。
「わ、私に何をしたのですか!?」
「宣言通り、君の人生は僕のものだ。嘘を真実に変える力が無料なはずないからね。代償として君のすべてを頂いたのさ」
ケインは再び合図を送ります。すると私の足は自分の意思に反して動き始めました。
「あ、あの、私はどこへ向かっているのですか?」
「王の間だよ。決まっているじゃないか」
「決まっているのですね……ちょ、ちょっと待ってください。王の間で何をするつもりですか!?」
「もちろん。ハラルドにガツンと復讐するのさ。あいつの無様な顔を見るのが楽しみだね」
「え、ええええええっ!」
私は叫びますが歩みは止まりません。婚約破棄された当日に復讐するなんて。私の人生はこれからいったいどうなってしまうのか。自分でも正体の分からぬ感情が胸を高鳴らせるのでした。
私はきっぱりと提案を断ります。腐っても私は聖女。復讐なんてできるはずがありませんから。
「あらら、振られたか……」
「当たり前です。私を誰だと思っているのですか?」
「僕の好きな人だね」
「ま、また、あなたはそういうことを言う。軽い気持ちでそんな言葉を口にしてはいけませんよ」
「本気なんだけどなぁ」
ただの子供の戯言です。しかし傾城の美少年に好意を示されると、意識せずとも気恥ずかしさで頬が朱に染まってしまいます。
「それに私は傷を癒すことしかできません。人を傷つける力を持ち合わせていないのです」
「力なら心配ないよ。僕がとびっきりの能力をプレゼントするからね」
「玩具の軍隊でもくれるのですか?」
「また僕のことを子供扱いして……世が世なら不敬罪で打ち首拷問だよ」
「はいはい、ケインくんはこの国の王子様なんですよね」
ケインの年齢は外見から察するに私よりも年下です。そしてこの国の王子は二人しかおらず、もし彼が第一王子だとするのならハラルド王子よりも年上ということになります。
私はジッとケインを見つめます。
彼が本当に第一王子なのであれば、大人の色気を放つハラルド王子の兄ということになります。ありえません。子供の戯言だと、一笑に付しました。
「もしかして僕の外見で判断しているのかな? でもそれは早計だよ。なにせ僕は魔族の血を引いているからね。普通の人間とは歳の取り方が違うのさ」
「……また嘘ですか?」
「いいや、これは本当さ。僕は正真正銘の魔人だよ」
魔人。それは人間と魔族の混血児で、世界に七人しかいない魔物たちの支配者だと噂されています。
しかしそれはあくまで噂だけ。実在すると証明されたことはありません。子供がヒーローに憧れるように、ケインもまた自分のことを特別だと信じたいのでしょう。
「どうやら僕が魔人だと信じていないようだね」
「私は常識を知る大人ですから」
「なら証明してみせるよ」
ケインはニンマリと笑うと、『君の視界は真っ暗だ』と囁きました。すると夜の帳が落ちたかのように光が消えさり、突然の暗闇に包み込まれます。
「これはなんですか……」
「僕は偽証を司る魔人なのさ。だから嘘が誰よりも得意。どんな荒唐無稽な嘘でも真実だと思い込ませることができるほどにね」
「……早く元に戻してください」
「僕のことを子供扱いしないかい?」
「しませんから」
「素直でいい子だ」
「私のことを子供扱いするのは止めてください」
「君がそれを言うか……でもまぁいいや。元に戻っていいよ」
合図と共に私の視界が光を取り戻します。このようなことをされては、ケインが魔人だと認めざるをえません。
「嘘は人間が使っても他人の人生を終わらせることができるほどに強力だ……それを魔人の僕が使えば、視界を真っ暗にしたり、人を猫だと信じさせることもできる」
「あの猫さんはあなただったのですか……」
どこに消えたのかと心配していたので一安心です。
「どんな嘘でも、真実へと変えられる力。これさえあれば、君はこの世すべてを支配する悪役聖女になれるんだ」
「…………」
「さぁ、僕の手を掴め。そうすれば契約は成立する」
右手を輝かせたケインが私に手を差し伸べます。この手を掴めば復讐する力が手に入ります。ですが私はその手を払いのけました。
「もう一度言います。私は復讐なんてしません……裏切られたとしても、命尽きるその瞬間まで私は聖女ですから」
「意思は固いようだね。なら仕方ない。実力行使といこうか」
ケインは机の上に置かれた果物ナイフを手に取ります。銀色の刃が私の怯える顔を映し出します。
「そのナイフで私を脅す気ですか? 無駄ですよ。私は脅しに屈したりしません」
「ひどいなぁ~僕が大切な君を傷つけるはずないだろ」
「なら何を?」
「こうするのさ」
微笑んだケインは自分の手にナイフを突き刺します。白銀の刃が白い手を貫通し、赤い血をポタポタと垂れ流します。
「その手を貸してくださいっ!」
私は触れなければ、癒しの力を使うことができません。即ち、契約が成立すると分かっていても、手に触れなければ彼を癒すことができないのです。
ですが私の行動に迷いはありませんでした。傷ついた人を放っておけるなら、聖女になどなっていませんから。
「暖かい輝きだね」
ナイフで斬られた傷は最初から存在しなかったように消え去りました。しかし彼との契約はしっかりと成立したのか、私の手甲には魔法陣の模様が刻まれることとなりました。
「あなたは卑怯者です!」
「よく言われるよ。でも感謝して欲しいな。これで君は嘘を真実に変える力を手に入れたのだから。そして……君の人生は僕のものだ」
ケインが合図すると、私の両手は自分の意思と反して万歳します。まるで自分が操り人形になったかのような錯覚さえ覚えます。
「わ、私に何をしたのですか!?」
「宣言通り、君の人生は僕のものだ。嘘を真実に変える力が無料なはずないからね。代償として君のすべてを頂いたのさ」
ケインは再び合図を送ります。すると私の足は自分の意思に反して動き始めました。
「あ、あの、私はどこへ向かっているのですか?」
「王の間だよ。決まっているじゃないか」
「決まっているのですね……ちょ、ちょっと待ってください。王の間で何をするつもりですか!?」
「もちろん。ハラルドにガツンと復讐するのさ。あいつの無様な顔を見るのが楽しみだね」
「え、ええええええっ!」
私は叫びますが歩みは止まりません。婚約破棄された当日に復讐するなんて。私の人生はこれからいったいどうなってしまうのか。自分でも正体の分からぬ感情が胸を高鳴らせるのでした。
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