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第三章 ~『一年後の黄金畑』~
しおりを挟む和平を結んでから一年が経過した。平和を維持する約束の期間は終えたが、王国は平穏を保ち続けている。
「うわぁ~、小麦が黄金色に輝いてますね!」
クレアの目の前には、一面の小麦畑が広がっている。稲穂は陽光で光り輝いており、大地を眩しく照らしていた。
「これもすべて女王陛下の協力おかげです」
腰の曲がった老人が声をかけてくる。この辺りの農家を束ねる豪農であり、彼自身も畑仕事に従事する農夫でもある。
「この痩せた大地にこれほどの麦が実るとは思いませんでした。いやはや、近衛の魔法使い様たちは凄いものです」
「私の自慢の精鋭たちですから♪」
水魔法で雨を降らし、土魔法で大地を耕す。火を起こして雨乞いをしたり、鍬で土を耕したりするのとは効率が大違いだ。改めて、魔法使いの重要性を実感する。
「小麦の質も素晴らしく、是非、女王陛下にも味わっていただきたいとパンを用意しました」
「美味しそうなパンですね♪」
バスケットには小麦色に焼かれたカンパーニュのパンとブールパンが詰められていた。カンパーニュはクルミとレーズンで鮮やかな見た目をしている一方で、ブールパンはシンプルな丸まった形状をしていた。
「では頂きますね」
まずはカンパーニュを口にする。噛み応えは抜群で、噛めば噛むほどクルミとレーズンの味わいが広がっていく。
「王国のパンがこんなに美味しくなるとは驚きです!」
「ははは、そうでしょうとも。では次は小麦本来の味を知るためにブールパンを試してください」
カンパーニュはクルミやレーズンの味が小麦よりも強かった。現状の王国の麦の質を知るためにも、ブールパンを一口齧る。
噛めば噛むほど旨味が舌の上で広がる一方で、麦の表皮の混ざりが多いためか、ゴワゴワとした食感が不快感を生んだ。
「カンパーニュでは分かりませんでしたが、この味は……」
「さすが、女王陛下。気づかれましたか。食べられないほど不味くはありませんが、帝国産のパンと比べると味は落ちてしまうのです」
「これは製粉技術の違いですね」
「ご明察です」
小麦の製粉作業は石臼で引いて、振るいにかけていくが、網の目を表皮が通り抜けると、味の劣化に繋がってしまう。
ようやく小麦を作れるようになった王国では、パンが完成するまでの知見が溜まっていない。帝国の後塵を拝しているのが現状だった。
「状況は把握できました。でも悲観する必要はありませんよ。技術はいずれ追いつけますし、果実を混ぜたり、ジャムを塗ったりの工夫をすれば美味しくできますから」
「女王陛下は前向きな方ですね」
「ふふ、良く言われます」
「なら私たちも前向きに生きるとしましょう。食料危機の時に森の中で木苺が実っている場所を発見していますから。ジャムとセットにして売りだします」
「その意気です」
困難はあれど、立ち向かっていく意思さえあれば王国は安泰だ。
安心したクレアは改めて視線を麦畑へ向ける。すると一部のエリアが踏み荒らされていることに気づいた。
「あの荒らされているところは……」
「おそらく魔物の仕業でしょう。山から下りてきて、麦を貪っていくのです」
「討伐隊を派遣した方が良いですか?」
「いえ、それは……目撃者によると、魔物は見上げるほど大きな狐だったそうで、もしかすると稲荷の神が下山してきたのかもしれませんから」
「稲荷の神がですか⁉」
農耕や稲作を司る神であり、豊穣を願う農夫たちに信仰されてきた神である。狐の姿をしており、山の中の祠に住むとの伝承が残っている。
「もし稲荷の神なら討伐するわけにはいきません。しばらくは様子を見ようと思います」
「でも困っているのですよね」
「本音を言えばそうですね」
「なら私が頼んでみましょう」
「女王陛下がですか⁉」
「王家と稲荷の神は密接に結びついてきた歴史がありますから。きっと無下にはされないはずです」
祀られている祠へ赴く約束をしたクレアは、安心させるように微笑む。頼り甲斐のある女王に、彼は恭しく頭を下げるのだった。
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