あやかし古書店の名探偵

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第二章 ~『鬼のあやかしと頭痛』~

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第二章『鬼のあやかしと食われた首』


 事件が起きてから数日が経過したとある休日、美冬はカップに注がれた紅茶をダイニングで啜っていた。

「私に相応しい優雅な朝ね」
「姉ちゃんに優雅は無理があるだろ」
「ふふふ、以前の私ならそうね。でも今の私は違うわ。ガサツさを捨てることに決めたのよ」
「それ、ゴリラが猿人類止めて、鳥類になるようなもんだからな」
「ひどっ」

 休日は大学の講義もないため、弟と雑談を楽しむ余裕もある。慌てることのない朝は美冬に幸せを実感させた。

「姉ちゃんっていつ見ても暇そうだよな」
「家事全般は優秀な弟様がしてくれますから……」
「姉ちゃんに家事をされると、余計な仕事が増えるから構わないんだけどさー、折角の休日だろ。何かした方がいいと思うぞ」
「その辺りは抜かりないわ。私に考えがあるの」
「無計画な姉ちゃんらしからぬ言動! 頭でも打ったのか?」
「いくらなんでも私のことを見くびりすぎよ!」
「ならその計画とやらを教えてみろよ」
「まずは読書ね。積んでいる漫画を読破するの。それから録画したドラマを見て、おやつにバナナを楽しむの。最高の休日が始まるわね」
「やっぱり暇人じゃねぇか」

 夏彦は美冬のカップが空になったのを察し、紅茶のおかわりを注ぐ。ハーブティの良い香りが彼女の鼻腔を擽《くすぐ》る。

「どこか遊びに行く予定はないのか?」
「一人でどこかへ行くのは味気ないし、由紀はバイトでいないから……」
「暇なら姉ちゃんもバイトすればいいだろ」
「バイトね……親の脛って美味しいわよね♪」
「やりたくないことは十二分に伝わったよ」

 誤魔化すように美冬は再度紅茶に口を付ける。独特の苦みが口の中に広がった。

「そういや姉ちゃんは彼氏作らないのかよ?」
「か、彼氏!」
「何を驚いてんだよ。年齢的にも彼氏の一人や二人、いてもおかしくないだろ」
「二人いたらオカシイでしょ!」
「……で、どうなんだよ?」
「いないわよ」
「まぁ、そうだよな。ガサツな性格の姉ちゃんに彼氏なんてできるはずがないもんな」
「……やっぱりそうかな?」
「え?」
「ガサツだと男の子って嫌がるのかな?」

 訊ねる美冬の眼は真剣だった。夏彦も冗談で返すわけにはいかないと、真摯に答える。

「人によるんじゃねぇかな。少なくとも俺は姉ちゃんの性格、嫌いじゃないぜ」
「私も夏彦の性格は好きよ……生意気なところがたまに傷だけど……」
「うるせぇ」

 美冬はさらに紅茶に口をつける。強い苦味が舌を刺激した。そんな時である。舌だけでなく、頭にも刺激が奔る。

「あ、あれ、いたたたっ……急に頭痛が……」
「どうしたんだよ。らしくもない真剣な話をして、脳がショートしたのか?」
「私の頭はそんなに弱くないわよ! あ、あれ、次は足が勝手に……」

 金縛りにあったように身体のコントロールを奪われ、足が自分の意思とは無関係に動き始める。

(まさか、あやかしの仕業!?)

「姉ちゃん、大丈夫かよ?」
「任せて。こういうことには慣れっこだから」

 美冬の足は本宅から土蔵《どぞう》へと向かう。身体が求めるままに階段を昇り、祖父の残したあやかし本の山へと辿り着く。

「やっぱりここに到着するのね……善狐さんは私に何をさせたいのかしら?」

 疑問符を頭に浮かべていると、一冊の本が風で飛ばされ、美冬の元へ届く。本の表紙には『伊勢物語』と記されていた。

「伊勢物語は歴史の授業で習った気がするけど……内容はまったく覚えてないわね」

 本の中身も確認してみるが、これまた崩し文字で書かれており、美冬にはチンプンカンプンであった。

「うっ……また痛みが……ねぇ、この本を使って何をすればいいの!」

 美冬は傍にいるはずの善狐に訊ねるが答えは返ってこない。

「もしかして善狐さんとは違う本物の悪霊の仕業なの?」

 西住は『宮川舎漫筆《きゅうせんしゃまんぴつ》』に善狐が憑いていると話していた。本に対してあやかしが憑くのなら、『伊勢物語』には別のあやかしがいてもおかしくはない。

「な、何とかするから、この頭痛を止めて!」

 美冬の願いが通じたのか痛みが止む。

「西住くんなら何か分かるかも……うん。そうよね。相談するのが一番よね」

 あやかしに詳しい西住に相談することを決めて、本を手に取る。頭痛に悩まされていたというのに、彼女はどこか嬉しそうに笑みを浮かべていた。
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