あやかし古書店の名探偵

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第一章 ~『霧崎とバナナオーレ』~

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「霧崎さん、どこに行ったのかしら?」

 傷つけてしまった霧崎に謝罪するべく、研究棟を探し回っていた。一階、二階と順番に巡ると、廊下のベンチで一人俯く彼女を見つける。

「霧崎さ――」

 声をかけようとするも、近寄りがたい雰囲気に気圧されて、躊躇してしまう。

(何か話すためのキッカケがあればいいのに……ってあれは!)

 美冬はベンチの傍に自販機が置かれていることに気付く。紅茶、カフェオレ、コーヒーなど多々ある選択肢の中から、バナナオーレを選択する。

 自販機の取り出し口にジュースが落ちる音で、霧崎は顔を上げる。二人の視線が交差して、気まずい空気が流れた。

「霧崎さん、さっきはごめんなさい」
「わざわざ謝りに来たのね……」
「そうなの。これ、お詫びの印♪」
「ふん。受け取っておくわ」

 取り出し口からバナナオーレを取り出して霧崎に手渡す。彼女は受け取った飲み物の冷たい感触を手の平に感じながら、パッケージを確認して目を見開く。

「……落ち込んだ私にバナナオーレを渡してくるなんて、もしかして喧嘩を売られているのかしら?」
「でも美味しいわよ」
「だとしてもカフェオレとか優しい感じの飲み物を選ぶでしょ、普通!」
「まぁまぁ、騙されたと思って飲んでみてよ。このバナナオーレ、絶品なのよ」
「仕方ないわね……」

 バナナオーレのプルタブを外した霧崎は、渋々といった表情で口を付ける。

「あら、悔しいけど美味しいわね」
「でしょ。私の大好物を霧崎さんにも気に入って貰えて嬉しいわ」
「ふん。私はあなたのような泥棒猫と好みが同じで最低の気分よ」
「だから誤解なのよ」
「しらじらしい。どうせあなたも隼人狙いに決まっているわ」
「ないない。山崎くんは私の好みじゃないもの」
「ならどんな男が好みなのよ?」
「浮気しなくて、チャラくなくて、恋人を馬鹿にしない人ね」
「……それ暗に隼人のことを馬鹿にしているわよね」
「とにかく、私と山崎くんの間には何もないから」
「信じられないわね」
「でも本当のことなの」
「なら好きな人を教えなさい。それを教えてくれたら、信じてあげるわ」

 好きな異性を訊ねられ、美冬の脳裏に西住の顔が思い浮かぶも、すぐにそれを否定するように頭を振る。

(西住くんは格好良いけど、これは恋ではなく憧れに近い何かよ。うん。きっとそうに違いないわ)

「ほら、みなさい。答えられないじゃない」
「うっ」

 美冬の迷いを山崎が好きだと言い出せない躊躇いだと受け取った霧崎は、眉間に皺を寄せる。

「私も馬鹿じゃないわ。隼人がどれだけ魅力的かは誰よりも知っているの」
「霧崎さん……」
「テニスサークルのメンバーもほとんどが隼人に惚れているの。例えば明智、あの女もそうね」
「由紀は態度に現れているものね……」
「私は隼人に手を出す女を絶対に許さない。もしあなたがこれからも彼に色目を使うのなら覚悟しておくことね」
「肝に銘じておくわ」
「賢明な判断ね」

 霧崎は立ち上がると、飲み終えたバナナオーレの缶をゴミ箱に捨てる。

「ジュース、ありがとう。美味しかったわ」

 お礼を残して霧崎はその場を後にする。

(霧崎さんは山崎くんのことが好きなだけで、性根は悪い娘ではなさそうね……)

 不完全ながらも霧崎との仲が修復された喜びで、口元に小さな笑みを浮かべるのだった。

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