あやかし古書店の名探偵

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第一章 ~『山崎と西住の敵対』~

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「今日の講義はここまで」

 立川による講義が終わる。講義の時間そのものは短いが、いつ質問が飛んでくるか分からない緊張感があるため、終わりの合図と同時に糸が切れたように身体を弛緩させる。

 リラックスしている彼女に近づいてくる人影があった。

「なぁ、東坂さん」
「な、なんでしょうか、先輩」

 大学院生の男子生徒が美冬に話しかけてくる。ほとんど接点のない人から声をかけられたことに戸惑っていると、続くように他の男たちも集まってくる。

「東坂さん、俺とも話いいかな」
「いいや、俺の方が先だ」
「抜け駆けは許さないぞ。東坂ちゃんに目を付けたのは俺の方が先なんだからな」

 一人、また一人と、蜜に群がる蜂のように取り巻く男の数が増えていく。

(なんだか凄くモテている気がする……)

 しかし美冬は立川の言葉を思い出す。

(勘違いしては駄目ね。この人たちもきっと、私のことを動物園のサルを見る可愛さで集まっているだけなんだから)

 調子に乗ると痛い目を見る。それを証明するように、研究室で最も調子に乗り、周囲から軽蔑されている男が美冬の元へと駆け寄ってくる。

「どけどけ、凡夫ども。山崎様のお通りだぜ!」

 大学一のプレイボーイ、山崎が他の男子生徒を押しのける。ジッと美冬の顔を眺めていると、色素の薄い唇で円弧を描いた。

「へぇ~美冬ちゃんのことノーマークだったけど、よく見ると、ありだな」
「あ、ありがとう」
「なぁ、今度俺とデートしないか?」
「デ、デートって、そんな……私たち、そこまで仲良いわけじゃないし……それに山崎くんは霧崎さんと付き合っているでしょ」

 山崎には霧崎舞という名の恋人がおり、はっきりとした顔立ちと引き締まった肉体は息を呑むほどに美しく、ミスコンで優勝するほどの美女だった。将来はアナウンサーに就職間違いなしと目されている。

「いいの、いいの。舞は俺に惚れているから」
「でも……」
「いいから、いいから。さっそくアドレスの交換を――」
「私がいるのにいい度胸ね」

 気づくと、鬼の形相を浮かべる霧崎が山崎の傍で仁王立ちしていた。彼女もまた『日本文化研究室』の一員であり、女子生徒たちのリーダー的な存在でもある。

 背後には付き従うように取り巻きの女子生徒たちが並び、美冬を威圧するように鋭い視線を向けている。

「あんたね、ちょっと可愛くなったからって調子に乗るんじゃないわよ!」
「調子になんて、そんな……」
「私の彼氏にも色目を使って。本当、最低ね!」
「だから私は何も――」
「うっさい!」

 それだけ言い残して霧崎は研究室を飛び出してしまう。

(霧崎さんには悪いことしたわね……怒るのも当然だわ)

 目の前で恋人が別の女性を口説く光景を喜ぶ人はいない。傷つけてしまったと、追いかけて謝りに行こうとするも、行く手を阻むように山崎が立ちふさがる。

「あいつのことは気にするなよ。顔は美人だけど、性格が最悪なんだよ」
「……霧崎さんは山崎くんの恋人よね?」
「そうだぞ」
「うん。私、山崎くんのこと嫌いかも」
「は?」
「最低だって言ったの」

 強い言葉に場の空気が凍る。山崎は美冬らしからぬ発言に呆気に取られたが、侮辱されて黙っていられる性格でもなかった。眉間に皺を寄せて、怒りを爆発させる。

「ちょっと可愛いからって調子に乗りやがって! 俺に恥をかかせたらどうなるか教えてやろうか!?」
「な、なによ、あ、あんたなんか、怖くないんだからね」

 絞りだした勇気で何とか立ち向かう美冬だったが、凶暴な男に怒りを露にされると、反射的に身体が震えてしまう。目尻には涙も浮かんでいた。

 もう一押しされると、振り絞った勇気も崩れてしまう。恐怖の限界を察したのか、彼は掴みかかろうと手を伸ばした。

 しかしその手は宙で止まる。隣の席に座っていた西住が山崎の腕を掴んだのだ。

「おい、西住。この手はなんだ!?」
「やめておくんだね」
「それは俺と喧嘩するってことかよ!」
「いいや、僕じゃない。もし東坂さんを傷つけると、君、あやかしに呪い殺されるよ」
「あ、あやかし?」
「忠告はしたよ」

 呪い殺されると忠告した西住が手を離すと、山崎はゴクリと息を呑む。普段なら呪いなんて言葉は笑い飛ばす彼であるが、西住の口にした言葉にはどこか強い重みがあった。

 もしかすると本当に呪われるかもしれないと、頭に可能性が過り、山崎は悔しそうに舌打ちしながら研究室を飛び出してしまった。

「西住くん。助けてくれてありがとう」
「気にしないでよ。僕はただ本当のことを言っただけさ」

 喧嘩になる危険を顧みず助けてくれたというのに、彼は普段と変わらない爽やかな笑みを浮かべる。

(西住くん、カッコイイなぁ……残念イケメンなんてとんだ風評被害よ)

 外見だけでなく、内面まで凛々しい西住に胸を高鳴らせる。それが恋だと、この時の彼女はまだ気づいていなかった。

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