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プロローグ ~『追放された旅行者1』~

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 勇者は魔王と戦う英雄だ。始まりの街、スターティアで生まれ、闘いを重ねるごとに強くなり、魔王城へと辿り着く頃には最強の戦士へと成長している。

 人類の期待の星だからこそ、勇者は温室で育てられる。魔王討伐の旅に出たばかりの彼らは、スライムやゴブリンとの優しい闘いで実践を経験するのだ。

 ジンはそんな勇者と共に戦うパーティの一員だった。魔法使いのエリスと共に、勇者であるクリフを支えていた。

「やあああっ」

 クリフの雄叫びがダンジョンの岩壁に反響する。

 金髪赤眼の美しい容姿と勇者の称号のおかげで、彼は生まれた時からヒーローだった。剣を振るう姿は凛々しさを感じさせる。

「私がサポートしますわ」

 燃えるような赤い髪と瞳に反応するように、エリスの魔力が火花を散らす。《身体強化》の魔法を発動させ、クリフの能力値を引き上げたのだ。

 見事なコンビネーションによりスライムを一刀両断する。

 まさに二人は勇者パーティに相応しい活躍だ。だが一人だけ足手纏いがいた。ゴブリンの棍棒を受け止めきれず、吹き飛ばされたジンである。

「痛いっ」

 ジンは黒髪黒目の冴えない顔をしていた。中肉中背で、目立った長所もない。棍棒を剣で受け止めていなければ、死んでいても不思議ではないほどに身体も弱い。

「ジンは相変わらず役立たずだな」
「仕方ありませんわ。ジンさんは無能ですもの」
「クククッ、違いねぇ」
「生まれてきたことが間違いだったのですわ」
「最強武器の《銅の剣》も無能に使われて泣いているぜ」

 《銅の剣》、それは始まりの街スターティアで活動する冒険者にとって、憧れの武器だった。

 これには違和感を覚えるかもしれないが、最強である理由があるのだ。

 この世界は危険度に応じて、一から九でランク分けされている。言うまでもなく、最も安全なエリア一こそ、ジンたちのいるスターティア地区だ。

 商品は需要と供給で決まる。敵が弱いからこそ、売られている武器も弱い。スターティアで買える最強の武器こそが《銅の剣》なのだ。

「最強武器を手にした俺様は無敵だぜ」

 クリフは《銅の剣》に魔力を込める。刃物の切れ味を増大させるスキル《先鋭化》が発動したのだ。

 強化した刃をゴブリンに振り下ろす。棍棒で防御するが、鋭さを増した刃を受け止めることはできず、身体は二つに分かれた。

「やっほおおっ、ゴブリン討伐!」

 ゴブリンを討伐したクリフは飛び跳ねて勝利に歓喜する。ゴブリンでも魔物は魔物だ。倒すことで経験値が手に入るし、レベルが上がれば、能力値も向上するからだ。

「さすがはクリフさんですわ。それに比べてジンさんは……」
「無能のことなんて放っておけよ」
「そうはいきませんわ。ジンさんに反省の色がありませんもの」
「うぐっ……」

 お荷物になっている悔しさを耐えるように唇を噛む。だが二人の同調圧力に耐えきれず、ゆっくりと口を開く。

「ごめん。僕が悪かったよ」
「謝るよりもさぁ、もっとやることがあるだろ。剣も駄目、魔法も駄目。さらにはスキルまで使い道のない《旅行》だ。お前、生きている意味あるのか?」
「――――ッ」

 スキルは各個人に与えられる特別な力だ。能力は人それぞれで、クリフの《先鋭化》のように戦闘で役立つ力もあれば、《炊事》や《掃除》のような日常生活でしか役立たない力もある。

 ジンのスキルはどちらかといえば後者だ。

 《旅行》。このスキルは『訪れたことのない場所に移動できる』力だ。

 一見便利に思える能力だが、移動先はランダムであり、自由に選択することができない。以前に発動した時は、川底に飛ばされ、危うく溺れるところだった。

「なぁ、ジン。正直、お前は足手纏いなんだよ。そろそろパーティから出ていってくれないか?」
「……で、でも、僕は……」
「反論するつもりか? だが互いのステイタスを見れば戦力差は明らかだ。お前の存在意義がないこともな」

 クリフは自分の力を誇示するように空中にステイタスを描き出す。透明なスクリーンに彼の能力値が並んだ。

----------------------------------------
『クリフ・ゼノアード』
 職業:勇者
 レベル:2
 身体能力:評価D
 魔力:評価E
 スキル:《先鋭化F》
 魔法:なし
 装備:《銅の剣E》
----------------------------------------

 クリフのステイタスは駆け出し勇者としては十分に立派である。ゴブリン相手なら通用するだけの力を秘めていた。

「なら私もお見せしますわね」

 ジンを煽るように、エリスも空中にステイタスを描いた。そこに記された数値はクリフに負けず劣らずの力だ。

----------------------------------------
『エリス・ロッテルダム』
 職業:魔法使い
 レベル:2
 身体能力:評価F
 魔力:評価D
 スキル:《魔力強化F》
 魔法:《身体強化F》 
 装備:《銅の杖E》
----------------------------------------

「二人共、凄いステイタスだね」

 ジンのステイタスは二人と比較すると、明らかに劣っていた。脳裏に自分のステイタスを思い浮かべる。

----------------------------------------
『ジン・トーマス』
 職業:旅人
 レベル:1
 身体能力:評価E
 魔力:評価F
 スキル:《旅行F》
 魔法:なし
 装備:《銅の剣E》
----------------------------------------

 ジンは悔しさで下唇を噛む。高レベルの猛者からすれば、どんぐりの背比べなステイタスだ。しかし当の本人であるジンは、同じパーティの仲間である彼らに対し、強い劣等感を覚えた。

 その悔しさが諦めの言葉を口にさせる。

「僕は……追放を受け入れるよ……」
「ふん。ならここからは別行動だ。死なねぇようにな」
「ジンさんを追放できて、清々しますわ」

 嘲笑するクリフたちは、背を向けて去っていく。悔しさで奥歯を噛み締めるが、実力差は明白なのだ。二人を呼び止める資格は今の彼にはない。

「スターティアの街に戻るとしようかな」

 ゴブリンにさえ通用しない実力でダンジョンに潜り続けるのは危険だ。来た道を戻ろうとした瞬間、悪寒が奔った。

「いま、何か嫌な予感がしたような……」

 悪寒は勘違いではなかった。岩陰からオークが姿を現したのだ。緑肌の巨人が、牙を剝き出しにしながら唸り声をあげる。

「どうしてここにオークが……」

 スターティア地区ではゴブリンかスライムしか魔物は出現しない。オークのような強力な魔物はエリア二以上の地区にしか存在しないはずだ。

「まさかゴブリンが進化したのかっ」

 魔物は魔物同士で争うことがある。敵を倒した魔物は成長し、レベルアップを果たす。ゴブリンの先にいる成長体こそ、巨大な筋肉の化け物であるオークだ。

「か、勝てるわけがない」

 逃げようとするが、足は震えて動かない。一歩、また一歩と近づいてくるオークに立ち向かう勇気が湧かない。対峙した恐怖で涙が止まらなくなった。

「グオオオオッ」

 雄叫びと共に、オークは大きく口を開いた。

 食われる。死を覚悟したジンは、最後の望みに賭け、《旅行》のスキルを発動させる。

「頼むから。安全な場所に飛ばしてくれよ」

 祈りを捧げて瞼を閉じる。視界からオークが消え、耳に飛び込んできたのは人で賑わう喧噪だ。瞼を開けると、見事な街並みが広がっていた。

「良かった……オークからは逃げられた。でもここはどこの街だ……知らない場所だ……」

 スターティアの街ではない。ならどこの街に飛ばされたのかと、ふと、目線を上げる。そこの看板にはこう記されていた。『ようこそ終末の街へ』と。

「嘘だろおおおおっ」

 転移した先は魔王城が目と鼻の先にある戦争の最前線――終末の街エデンであった。
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