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閑話 ミモザ

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 ルクスとの出逢いは王都の学園でしつこい子爵令息に言い寄られて困っているのを救って頂いた時です。優しくて素敵な1年先輩のルクスに私は一目で恋をしてしまいました。

 その後もルクスは私が困っていないか何度も声を掛けてくれて、いつしか親しい友人となっていました。

 もちろん叶わない恋だと諦めていました。でも卒業が近づくとルクスは私に愛を告白してくれたのです。
 それからは人目を避けて二人で逢瀬を重ね、私達は離れられない運命だと互いに自覚しました。

『フィーナは可愛い妹としか思えないんだ。愛しているのは君だけだ、養父母も話せば分かってくれる。説得してみせるよ』
 私はルクスを信じてアンギナス侯爵家を訪れました。

 しかしフィーナ様の逆鱗に触れてルクスは養子縁組は解消、王太子殿下の執務補佐も辞めさせられました。

 しかもルクス様のライバルであるノアール様がフィーナ様の婚約者となって、ルクスの落ち込みは相当なものでした。
 私の為に彼は全てを捨てました。その全てを手にしたのがノアール様だという事実を受け入れられず自暴自棄になっていました。

 そんなルクスを彼の両親は他国に婿養子に出そうとし、私は商家の後妻に出されそうになりました。この時点で漸くルクスは立ち直り私の手を取って駆け落ちをしたのです。

 ルクスとならどんな困難も厭わない、家を捨てて平民になっても構わない、そう決心して王都から遠く離れた大きな港町に私達は逃げてきました。

 二人共お金と宝石を持ち出していたので『平民なら数年は生活に困らないだろう。まずは結婚して夫婦になろう』とルクスに求婚されて教会で結婚式を挙げ、港町の高級ホテルで1週間蜜月を過ごしました。

 海に浮かぶ豪華客船を見つめて『いつかあの船に乗って旅行をしよう』と二人で誓いました。この時が私達の幸福の絶頂だったと思います。

 家はなんとか見つかりましたが紹介状のない流れ者の夫婦に良い仕事先は見つからず仕事の斡旋所で『平民が営業する店でさえ半年は住み着いた者でなければ信用されず雇って貰えない』と言われました。

 ルクスは『半年無職で住めばいい、そのうちに良い仕事先を見つける。私の能力を買ってくれるところが必ずあるはずだ』と楽観していましたが生活費が不安な私は職場を探して、やっと場末の酒場で接待係として働き始めました。

 ルクスは夜になると私の働く店に来てはお酒を飲み、酔いつぶれるルクスを支えて朝方帰宅する日が続きます。それでも彼を愛する私は不幸だとは思っていませんでした。

 私はお客に口説かれる事が多くなり、それは美丈夫のルクスも同じで女性客や踊り子に大層彼は人気がありました。彼女達に抱き着かれて飲酒する夫を私は嫌な気持ちで見ていました。

 半年過ぎてもルクスの仕事は見つからず怠惰な生活を続けていましたが、新聞の一面を飾った記事を見た時に変化が訪れました。

 新聞にはフィーナ様とノアール様の豪華絢爛な婚姻式の様子が書かれており、ルクスは新聞を破り捨てて外に飛び出し1週間戻って来ませんでした。


 やっと帰ってきた夫は高価な服を着て『執事の仕事が見つかったんだ、ミモザももう働かなくて大丈夫だよ』と言って私を抱き締めました。
 彼からは良い香りがして『どこで働くの?』と尋ねると『君は知らなくていい、2年の契約だ。その後は高位貴族の屋敷に仕事を斡旋してもらう約束なんだ』と詳しくは教えてくれませんでした。

 ルクスは週に一度家に戻り生活費を置くとまた仕事先に帰っていきます。説明の無い夫を信じたい、でも漠然と不安でした。

 酒場を辞めて斡旋所で紹介を受け裁縫が得意な私は、平民の富裕層が相手の高級ブティックでお針子として働きだしました。

 仕事にも慣れてきたある日、ルクスはブティックに美しい中年女性をエスコートして現れ、驚いた私は商品棚の陰に身を隠しました。

 女店長は饒舌に中年女性にあれこれ商品を勧めて、待っている夫は虚ろな様子でテーブルに出されたコーヒーを飲み────
『ルクスこれどう?』
 試着した女性が声を掛けると『とてもお似合いです、女神のようだ』と女性の手を取りキスをしました。
 夫は執事になったと言いましたが、これではまるで・・・

『新しい愛人見つけたのね。彼女も貴族の愛人だけどね』
 二人が帰ると店長は高級ドレスを買上げて貰い上機嫌で話し出しました。
『あれで四十過ぎてるのよ、若い男好きで有名なの』

 母親のような年の女性の愛人になった・・・『嘘・・・』
『本当よ?でも外で余計なことは言わないでね。さぁ仕事に戻りなさい。』

 二年間彼女の愛人をして、その見返りに仕事の口利き頼むのだと思いました。

 駆け落ちの結果がこれ・・・平民でもいいから二人で愛し合って一緒に暮らせたら幸福だと思っていたのに。
 愛する夫が他の女に触れていると想像しただけで胸が苦しくて辛くて嫉妬に狂いました。

(ああ、フィーナ様もこんな気持ちだったのかしら。私が身を引けばルクスには輝かしい未来が約束されていたのに)

 愛人の仕事などやめて貰おうとルクスが帰るのを待ちました。

 胸に別離の予感を秘めながら・・・


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