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四年目◆ 【はた迷惑な彼女と彼】

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「課長ッ! 俺が今月トップに立ったら俺のこと彼女に紹介してくださいっ!!」
「仕事を取引の材料にするな、このアホが」
 間髪入れずの拒否、頭をはたかれ、返された結果に撃沈する新人山田。
 ホントにアホだな、あいつ。よりによって南条課長にあの娘との仲介を頼むだなんて、消してくださいって言っているようなものじゃないか。
 勤務四年目、事情通の俺たちは、不服そうにしている山田を生温かく眺めていた。

 我が来生商事には、受付に他社にも評判のいいマスコット娘がいる。
 いつも元気な笑顔で明るく跳ねるような挨拶をしてくれる、気持ちのよい人柄をもつ木内鈴鹿嬢がそれだ。
 特にルックスが優れているわけではなく――というか、どちらかと言うと綺麗どころが揃う受付で、ただ一人平凡な容姿の彼女はヘタをすれば周りの引き立て役になりそうなくらいなんだが――少しでも話してみれば、そんなことは気にもならなくなる。
 くるくる変わる、生き生きした笑顔が基本で、ハキハキした性格。ちょっと天然愉快なキャラクター。
 一緒にいると、なんとなくこちらも笑顔になるのだ。
 小柄な体躯はふにっとしていて抱き心地がよさそ――いやいや、まだ死にたくありませんからね、今のは聞かなかったことに。
 その鈴鹿嬢、南条課長とは六歳年齢が離れているものの、同期入社で仲が良い。
 我が社の次期社長と目されている立場からか、常に動じることなく冷静天下不敵な南条課長がただ一人、柔らかい表情を見せる相手だ。
 見たらわかりそうなものなんだがなー。

 光速却下を喰らったというのに懲りない山田は終業時間後もまだブツブツ言っていた。
「だって彼女、俺に挨拶するときビッミョーに違うんですよ、笑顔が! 脈あると思うんス!」
「あー、そりゃなあ、」
 違う笑顔の理由をよくわかっていた俺が残酷にも真実を教えてやろうとしたのに、それを遮るように千葉が無責任な発言をする。
「そう思うんなら自分で直接行ってみれば? 他人に頼るより、その方が印象いいよー?」
 女からすればね! なんて、耳に良いことを吹き込んで。
隣を歩く女を肘で小突いた。
(オイ、哀れだろ、煽んなよ)
(いやあ、しっかり現実ってものをわからせなきゃ)
 ひっひっひ、と魔女めいた笑いを漏らす千葉は完璧に面白がっている。俺よりよっぽどあの二人の関係を理解してるくせに。
 社内で当たり年だと言われた俺たちが入社した年、その中で更に有望株が集まったと言われている南条組は、それに比例してイイ性格の奴らが揃っている。と思うのは俺だけか?
「あっ」
 弾んだ声を上げた山田につられ、前方を見ると、受付の制服からラフな私服に着替えた鈴鹿嬢がそこにいた。
 山田のマヌケな声が聞こえたのか、こちらを振り返り笑顔を向けてくる。
「お疲れ様ですー」
「おつー。どしたの、こんなとこで」
 南条組メンバーでもある千葉がハイタッチを交わして挨拶する。
 どうしよう、声かけようか、今がチャンス? と挙動不審にウズウズしていた山田が、意を決して一歩踏み出し――たのだが。

「木内」

 不意打ちに、蜜のような甘い響きをもった声が背後から投げられ。
 名を呼ばれ、俺たちのさらに後ろに視線を向けた鈴鹿嬢が、その場がパッと明るくなるような笑顔になった。
 すぐに拗ねるように唇を尖らせて。
「おっそいよ、なんじょーさんっ、自分で誘っといてー! お腹すいたっ、もぉー」
「悪いな、片付けに手間取った」
 俺たちを一瞥し、その場を通りすぎる課長。ぷりぷりとじゃれるように文句を言う彼女に手を伸ばし、その頭を掻き回した。
 ぎゃわーと奇声を発し騒ぐ鈴鹿嬢は、しかし嫌がっているわけではない。
 その笑顔を見ればすぐわかる。
 やっぱりとびきり可愛いなぁ、南条課長と一緒のときの鈴鹿嬢は。
 そして。
 そろりと目を動かし、だがすぐに逸らした。
 思わず、半目で彼方を見てしまう。同じような表情になっている千葉と、アイ・コンタクトで同意を求めた。
(メロ通り越してデロ)
(あれで自覚なしなのが始末が悪いでしょー)
 この目で見たあとも幻かと思うぐらい、ありえなく緩んだ課長の顔。
 あんな蕩けるような愛しそうな笑みを向けておいて、日頃あの男は彼女のことを、
 “ただの世話の焼ける同僚”
 “妹のようなもの”
 “恋愛対象外”
などと言っているのだ。
 たちが悪い。
「じゃあ、おつかれ」
「お先に失礼しますー」
 チラリとこちらに流し目をくれて、所有権を主張するかのようにさりげなく彼女の背に手を回し、課長は去って行く。

 ――あいつ知ってるか?
 ――知ってるよー。千葉ちゃんと印南さんー。と、あと名前知らないけど南条さんとこの新しい人ぉー。
 ――教えてやろうか。
 ――なんで? 別にいいよ。

 途切れ途切れに聞こえる会話が、立ち尽くす山田にトドメを刺した。
 ……そう、彼女が山田に向ける、『ビッミョーに違う笑顔』。
あれは、南条課長の下で働いているものだけに向けられるもので。
 かくいう俺だって毎朝見ることが出来る。

 “ お早うございますっ ”
(なんじょーさんの部下さん!)
 なのだ。
 ここだけの話、俺だってグラついたことがあるし、そして同じように誤解をした奴らを多数知っている。
 ガクリと項垂れた山田の肩を励ますように叩き、魔女笑いをする千葉を捕獲し帰宅の途についた。
 山田、明日から使い物になるだろうか。組んで仕事をしている都合上、かなり切実に奴の早急な復活を祈る。
 ……これ以上哀れな誤解をする奴が増えないように、早くくっついてくれないかなぁ、あの二人。

 そんな俺のささやかな願いが叶うまで、さらにあと三年の月日を要するのだった――。


(初出:2010/01/17・拍手お礼文)
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