ベルベット・ムーン

深月織

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Ⅳ.真価

045.どないな治癒力

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 リーリィは、クリストフェルの命約者という立場とその能力のこともあって、襲撃してきた奴らとは別に拘束されていた。
 他にもう一人、アレイスト自ら捕らえた人も居たのだが、アレイストの負傷と私の危篤一歩手前(ええ、そうなん!?)というの混乱した状況のドサクサでそいつにもうひと暴れされて―― 一緒に逃げられてしまったらしい。
「ムルデンをこちらで押さえているから、どうせまた現れるだろうけど。とんだ失態だ」
「クリストフェルを糾弾するに、一番証人になりそうな者を二人とも逃がしてしまったわけですから。やっかいですね、申し訳ありません」
 アレイストと二人してなんともいえない顔をしていると、ティーセット片手にロルフが、こちらも苦い顔で現れる。
 いや、ロルフも大概な怪我しとったやん。
「動けるもの総出で捜させていますが、どこに潜伏したものか全く見つからないんです」
「アイツはノーマークだったからなあ……」
 アイツって逃げたもう一人?
 リーリィはその人と一緒なんやろうか。
 今頃どないしとるんやろう。

 私が彼女のことを気にするのは、リーリィが見せていた無邪気な少女の姿が、全部が全部、演技だったとは思えないから。
 クリストフェルの隷族者、命約者という面を抜きにした、リーリィがそこには居たと思うんだ。
 ――好きな人がいる、と言ったリーリィ。
 私を、害したいほど憎んでいる理由。
 どうしてお前だけと、あのとき叫んだ言葉の意味。

 知りたいと思ってはいけないだろうか。
 次にまみえたとき、話すことは出来るだろうか―――

 考え込んで、うつむいた私の額をアレイストがつつく。
「今悩んでも仕方がない。あの女がしたことは腹立たしいが、クリストフェルの被害者とも言える。手は打つよ」
 うん、と頷く。
 とりあえず私はそれまでに頑張ってちゃんと会話できるようになっておこう。

『……そういやあたし学校どないなっとんの』
 無断欠席! 単位がっ! それまでのしょんぼりを投げ捨てて叫んだとたん、呆れ顔のアレイストが私を見た。
「病欠にしてあるよ。単位のことは気にしなくていい」
 そうゆうわけにはいかんっつうの!
 言葉についていくのに精一杯で、一般教養の成績ギリギリやねんから! 寝てる場合やあらへんやん!
「……変なトコ真面目だよね、ミツキって。それに、もう休みに入るよ」
 がーん!!!
 え、そうか、クリストフェルのアホンダラに襲われたんが休みに入るちょい前でえ……一週間あたしがバタンキューしとったということは、あああ。
 ショックでぺしゃんこになった私に、アレイストはニッコリ微笑む。
「だから大丈夫だってば、ミツキ。うちの学校の出資者、誰だと思ってるんだい?」

 は……?

『……ジャンシール卿……、まさかもしや、』
「代表は父だけれど、俺も一応理事席持っていたりするんだよね」
 こいつ思いきり権力使う気やーーー!!
「ミツキ様は充分一族のせいで迷惑を被っているんですから、その慰謝料だと思っておけばいいんですよ」
 ロルフが爽やかな笑顔で黒いことを言う。茶器を受け取りながらアレイストも頷いて。
「病欠なのは間違いないんだから、甘受すべきだよ」
 あああ、ううう、まあ、それはそうやけど~……、
『問題なんは勉強の方やん。絶対休み明けついて行けへん~~。てゆか、冬休み中の課題とか……っ!!』
 休み明けにある試験とかっ。
 留学生は別に試験内容組まれとるけど、誰かにノート写さしてもらえるやろか。
 みんなあたしのこと遠巻きにしとるから、言い出しにくいなー。
「その辺は俺が面倒見てあげよう。とりあえずミツキの今の仕事は、体調をなるべく早く整えることだからね」
 むー。確かにこやって話しとるだけでスッゴい眠いんやけど。起きたばっかやのに。

「アレイストとロルフは? 私と同じ、以上、怪我、大丈夫?」
 二人とも今見る限りケロリとしているからうっかりしていたけれど、と私は改めて彼らの具合を探った。

 アレイストはあんなんなっとって。
 ロルフは脇腹その他、えらいズタボロやったし。
 一週間の間に治るものでもなかったと思うんや、人外アレイストはともかくロルフは。
 お茶をサーブする姿には乱れがないけど。

「そういえば、私の怪我、治ってるのは何故でしたか?」
 今だゲンコツが作れないぷるぷるする手を持ち上げて、訊く。
 アレイストが塞いだって言ってたけど、どうやって?
 自分でやっといて何やけど、こう、肩口から手首まで一直線ズバーってしたし。
 神経とか血管とかの損傷を全く気にせず。

 ……うん、考えなしでした、そこは認める、あとで覚えとったら、さっきの言い合いのことは謝ったる。
 せやから教え。

 チラリ、と二人が顔を見合わせる。
 まずアレイストが軽く袖口を捲って怪我の場所を示した。
 言うても、ぐずぐずになってた跡なんかまるきりなくてツルツルやったけど。
「ミツキの無茶のお蔭で、跡形もないよ。――あの量で足りるはずもなかったのが、どういうわけか」
『ああ、それ後で教えたる。内緒の秘密やねん』
 内緒の秘密? と怪訝に首を傾げるアレイストに頷く。
 うん、内緒の秘密。誰に教えてもろたんか忘れたけど。
「アレイストは私のお蔭ー、と。ロルフは?」
「ルーシアに舐めてもらったんだよな?」
 王子のクセに、ニヤニヤと品のない笑みでアレイストがロルフに確認する。
 ピキリとロルフの笑顔が固まったような気がした。

 ……てか、なめ?
 ルーシアは知っとる、城のメイドさんの一人で、ふわふわしたかいらしーお姉さんや。
 なめ??

 疑問の眼差しを向けた私にロルフがニッコリ微笑む。
「そうですね、ミツキ様が我が君に治して頂いたのと同じ方法で」
 瞬間、笑顔を向けあうロルフとアレイストの間に火花が見えた。何故に。
 アレイストと同じ方法?
 今度はアレイストに視線を向ける。それを受けて怯んだ彼に、更にロルフが重ねた。
「ミツキ様。ルーシアは末端ですが一族だということはご存じでしたか?」
「うん? ハイ、最初に紹介してくれました」
 一族である自分がメイドとして側にいるのが厭なら、今のうちに言って下さいとか、遠慮しいなこと言ってたかな。
「我が君に精血を捧げたあと、傷が残らないことには?」
 へ……? それもうん、まあ、気づいてたっちゅうか、何やアトはうっすら付くけど、ガブリといかれた牙のあととかはないなあ、と思ってたけども。
 話の展開がよくわからないままウンウン頷いて先を促すと。
「ロルフ!」
 どことなく焦ったような制止の声をアレイストが上げた。
 それを笑顔のままロルフは無視して言う。
「一族の者の唾液には治癒効果があるんです。吸血のあと塞がらない傷口から失血しないように、でしょうね、上手く出来てますよね、不思議ですよねぇ」
 そうやなぁ。転んで怪我したときとか唾つけといたら治るわ~とか言うてたけど、そういう迷信めいたこととは別で、マジで治るんか、スゴいな~………あ?

 なめ――舐め?
 って、そういうことーーーっ!?
 え、ロルフとルーシアさんてそないな仲なんっ? いやほらだってロルフが刺されたん脇腹やったしソンナトコな、舐め……って、ただの間柄やないやんな!? 全然そんな風に見えへんかったで、うっはー、ええなーロルフ、ルーシアさんもちょっと好みやねん、あたし。今度からかったろ~……いやそうじゃない。

 “ミツキ様が我が君に治して頂いたのと同じ方法で”

 ――同じ、方法で?
 ジトリ、と私はロルフと睨み合っているアレイストに冷たい目を向けた。
「……アレイスト……」
 ハッとこちらの視線に気づき、ヤツは慌てて首を振る。
「治療だよ、ミツキ! ヤマしいことは何もしてないよ?!」

 何やヤマしいことって。
 つうか、そういう反応する言うことは、やっぱり。

 舐めたんか。

『ヘンタイ……』
 エンガチョー、なんて思いながら私は布団の中に身を隠すようにしてアレイストの目から逃れた。
「って、その反応何だい!? 意識されて喜んでいいの、それとも逆?! だってそうしないとミツキの腕、何針も縫わなきゃいけなかったし、傷も残るし、神経だって、――ロルフ、貴様……!」
「言い出したのはそちらが先ですよ?」
 にやにやにやにや。
 ホンマ、ここの主従関係なんや間違っとらんか。
 形勢逆転。
 ロルフをからかうために持ち出されたネタが、今度はアレイストを窮地に陥らせているようだ。

 まあ、あたしも本気で「イヤッ!」とか思てるわけやあらへんけどな。
 緊急措置やっちゅうのはわかっとるし。
 一文字に傷残るのいくら覚悟の上や言うてもやっぱり嫌やしな。
 ただ、意識のないときにされたんゆうのがな~。

 布団のはしっこからじぃ、と見つめる私に気づいてアレイストが恐る恐る呼び掛けてくる。
「……ミツキ? 怒ってる?」

 ううん。でもな。

『ヘンタイ』

 ガクリ、アレイストはベッドの上に突っ伏した。
 
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