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12.終わって、始まる
しおりを挟むこれで終わったの。和馬は納得したの。
虚脱感に支配されて、ちゃんとものが考えられない。
極度の緊張から解放されて、床にへたり込んだ私の元へ、印南が戻ってくる。
律儀に和馬を見送っていたらしい。――それとも、本当に退いたか確認していたのだろうか。
苦虫を六匹くらい噛み潰した顔で足元の私を一瞥してから、ぐるりと部屋を見回した。
「持っていくのは最初に持っていた荷物だけでいいのか?」
印南の言葉に瞬いて玄関先のキャリーを見て、クローゼットの中身を考える。
持っていきたいもの、思い出と一緒に捨てるもの、今、取捨択一するのは難しくて。
じっと黙って考え込んでいる私に焦れたのか、印南が「まあいい」とこちらの肘を持って立ち上がらせた。
「解約までの間に取りに来られるだろ。それまで考えておけ」
冷たく聞こえるくらいにそっけなく言って、こちらが何か言う間も与えられない。常にない強引さに面食らう。
引っ張られるようにして、部屋を出た。
大通りを流していたタクシーを素早く拾って、乗り込む。
不機嫌丸出しの印南に、タクシーのおっちゃんもビビってるし。
私も面倒をかけた分、いつもみたいに馬鹿を言って雰囲気を変えるなんて真似は恐ろしくてできなかった。
これってやっぱり謝るべき? 面倒に巻き込んで不愉快な思いさせちゃって、せっかくの連休が台無しになっちゃって……
「そういえば」と私は印南に向き直る。
「ミナガワのクリスマスパーティーどうだったの? 急に印南に代わっちゃって、アチラさんなんか言ってた?」
仕事の話なら何とか気分を変えられるんじゃないか――なんて思った私がアサハカでした!
並みよりちょっと上、くらいだった印南の不機嫌がさらにパワーアップする。
ええ、どうしてさー!
「……それもあったな……。お前のアンテナの偏り具合について、じっくり話し合う必要がありそうだ」
おどろしい気配を醸し出した印南におののいている私を見捨てるように、おっちゃんが「着きましたよ!」と私たちを追い出しにかかった。
この怖い印南と二人きりにしないで―!
と、言っても無情にタクシーは去る。
「三階」と無表情に告げる印南に、腕を捕まえられたまま目の前のマンションに連行された。
部屋の詳細を観察する暇もなく、奥の部屋に引っ張り込まれる。
えーと……ベッドがあるな!
脱いだままその辺にほったらかしにされているパジャマもあると!
読んだあと片づけてない書物の散らかり具合からして、ここは印南の寝室だ!
考えるまでもない。
そして、私をここに連れ込んだ印南の思惑も。
この状況を打破するには、などと悠長に悩んでいることもできなかった。
「ミナガワの部長が、うちの課長を通さずお前をパーティーに誘って、何を考えていたか教えてやろうか? ――こういうことだよ」
あれよという間に四つん這いにされ、背中から覆い被さる形で抑え込まれて、印南に貫かれる。
堪えられなかった苦鳴がシーツの上にこぼれて跳ねた。
「普段は憎たらしいくらいに気が強いくせに、こういうことだけ疎いと来ている。課長が気づかず、そのまま出席していたら今頃お前にこうしていたのは俺でもあのガキでもなく、腐ったエロジジイだったかもな」
顔が見えないまま、後ろからされた行為を、印南でも和馬でもない相手に――一瞬の思考の混迷に、ぞっとした。
「そん、なの、知らなっ……!」
「ったく……人の気も知らないで」
それも、知らないっていうの。
憤りをぶつけるように強引に繋がれた身体は間違いなく苦痛を訴えたのに、印南が私を呼ぶ声に二呼吸もしないうちに、奥の奥から痺れるような快楽が駆け上がる。
数度の抽挿で、どろりと溶けた。
呼気を私の耳元に落として、印南が身体を起こす。
座った膝の上、抱きかかえられて。
深く銜え込まされ、揺すり上げられる。
「ッふあ、んやあぁ」
自分の声じゃないみたいな、甘えるような嬌声が鼓膜を震わせる。
一夜ですっかり印南は私を知り尽くしたってこと?
それとも、私が淫乱に目覚めてしまったのか。
無理矢理なんて好きじゃないのに――どうしてか、許してしまっている私がいた。
印南的に、まんまとオオカミの巣に誘い込んだってとこ?
カモネギ? 火に入る夏の虫? いま冬だけど、って違う。
ついてきたのは私だし、印南の家に厄介になるって決まったときから、こうなることを予期していた気がする。
でも、反対に何もない気もしていたのよ。
――少なくとも、私が和馬のことを振り切って、印南との関係をちゃんと考えるようになれるまで、待ってくれると思ってた。
それくらいの余裕は、あると、そう――
「印な、……っ」
拒まないけれど、ちょっと待って。
言いたいのに、うねる快感に邪魔されて言葉が紡げない。
「っあ、あん……!」
ずり上げられたニットと下着から、胸がこぼれる。印南が腰を動かすたびにたぷんと揺れて、己の淫らさを思い知らされる。
ろくに触られてもいないのに、赤く硬く主張して。いやらしくオンナの形を見せつけている。
印南と繋がったナカは、おかしいくらいに泥濘んで悦楽に溺れていた。
締め付けていても緩んでいても、どういうことか印南はぴったりはまって私に充足を与える。
――自分の内の女が悦んでいる、とわかる。
相性がいいって、こういうことか。
そのまま我を忘れて、いってしまいたい。
だけど、(それでいいの?)と、なけなしの理性がストップをかける。
気持ちいい、で流されて、印南との仲まで曖昧に続けてしまってもいいのか、と。
印南は、信頼できる仲間で、気が置けない友人で……
だから、今までの関係を壊したくなくて。
なのに。
「……どうし、てっ……」
昨夜の傷を塞ぐような慰めとは違う。
こんな性急に。強引に。
私にとってはいきなりの、印南の男としての行動を、荒い息の合間に問いかける。
「――惚れてる女が粗末に扱われて、怒らない男がいるか」
それがお前であってもだ、と低く唸られて、ばちんと心臓が弾けた。
ああダメ、言わないで。
だって――
「気のせいとか方便で誤魔化すなよ。好きだ」
ムカつくことにな。と付け足した一言が余計だっての。
無駄な抵抗を、諦める。
グダグダと理屈を捏ね回しても、私の気持ちが印南に傾いていることは否定できない。
まだ和馬に想いを残しているくせに。
一日しかたっていないのに。
こんなに簡単に、私の中の和馬と印南の位置が入れ替わるとか、信じられない。
和馬の不実を責められない――けれど。
「……あ、だめ、だめ、印南……ッ」
腰に足を絡ませて自分から離れられないようにしているくせに、勝手なことを訴える。
「――わかってる。けど、すまん」
堪えるためか印南が深く息を吸って、吐く。その吐息にぞくりと背筋が泡立った。
呼吸の合間に熱に浮かされた声を漏らす。
内側を埋められたまま陰核を指先でつぶされて、跳ねた足のつま先が、乱れたシーツを掻いた。
啼き声を上げて、男の欲を受け止める。
は、は、と苦しい呼吸をさらに口づけで塞がれて、呻く。
散々に舌を嬲ってから、開放して、酸欠に喘いでいる私に構わず、印南はどういうことか抜かずに復活した。
「……すぐに取り返す、って冗談じゃないっての……、どいつもこいつも」
「ん、なに、なにが? あ、もう、終わってぇ……っ」
目尻に浮いた涙を舐めとられる。
残滓の残る虚をまた掻き乱され、過ぎる快感に泣きじゃくった。
でも、イイんだろう? なんて訊かないで。
応えられるほどまだ素直な気分じゃないの。
和馬との行為は、ひたすら甘くて、楽しかった。
印南とのこれは、なんだろう、恋とか、愛とか、幸せな言葉で表すのはなんだか違う。
苦いものを含んだ、サティスファクション。
誰にも甘えられないなら俺に甘えろって言葉の通り、耳の奥に、痛みを伴うクリスマスソングが残るうちは。
私の胸の中、天秤の両端に、別々の男がバランスを取っている間は。
この感情がどこに行きつくか、それがどんなものなのか、探りながら、求めてみようか――
end.
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