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8.築いた歴史が足をひっぱるわけで
しおりを挟む「で、どうする?」
テーブルに置かれたシルバーピンクの機体を前に、腕組みした印南が問い掛ける。
なにこの尋問体制。
「どうって……」
「俺の経験上、こういった輩は、いくら話しても日本語がわからないのかと思うくらい、こちらの意図が通じない」
「うん、すでに通じてないよね……」
トホホな気分で印南の言葉に同意する。
しかし、あんたも困ったちゃんと付き合ってたことがあるの? え、違う? ああ、同じような相談を受けたことがあるのね、それはそれはご苦労さんです。
脳天に手刀を落とされ、よそに向いた意識が元に戻る。
「子ども時代からなあなあに付き合ってきたお前に、決然と関係を絶つことができるのか?」
ぐうの音も出ない。
それは私自身懸念していたからだ。
和馬とはもう恋人関係には戻れない。これは確実。情よりも不快感の方が強い。
だけど、家族同然だったあの子にすがられたら、完全に突っぱねることが出来るか、と問われたら――その情が、邪魔をする。
怒りもまだ燻っているのに、どうしようもない。
答えない私に向けられる印南の無言が怖い……。
「――よし、わかった」
こっちは何が何やら、一人わかって頷いた印南に眉をひそめる。
その物わかりの悪い子を見るような眼差しはやめてほしいわ。
コツコツと携帯の表面をノックする指先に、責められていると感じるのは私の被害妄想だろうか。
あらぬところへ視線をさ迷わせる私にため息を一つついて、印南は当座の荷物が詰まった私のキャリーケースを一瞥する。
「とりあえず、俺ん家な」
その意味がわからないほどには、察しは悪くない。
おうちに帰れない私を印南宅にお持ち帰り、という意味ね。
というか。
「ナニがナンでナニユエに」
昨夜の情事は昨夜だけのことのはずでしょう。とズバリ言うのは藪蛇になりそうだったので、疑問だけを投げかける。
当然に返された。
「お前、流されるだろ」
予言ヤメテ―! 当たるからヤメテ―!
耳を塞ぎたい私に向かって、さらに図星を突く印南に遠慮や気遣いという言葉は無縁だった。
見下す眼差しのまま、ふっと鼻で笑う。
「見えるようだな。あの言いぐさを延々繰り返されて、会話のループに面倒になったお前が、説得も拒否も諦めて元鞘に戻る姿」
「やめてー! ほんっとに自分でも五分の確率でそうなるって思えるからヤメテー!」
「半分もあるのかよ」
「あるのよ……」
がっくり項垂れて、己の不甲斐なさを嘆く。
カーッと来ているときはいいのよ。感情そのまま行動できるから。
でも、こうして時間を置いて冷静になると、理性が大人げない自分の行動を諌めちゃって、思うままに出来なくなるんだ。
これも甘やかしの一端になるのかな。
和馬が子どもな態度を取ればとるだけ、こちらが大人になってその場を納める癖がついてる。
昔から、そう。
和馬の我が儘に、しょうがないなあって許しちゃう私。
今回も同じだと、和馬がそう思っていることは間違いない。
同じ現場に遭遇するたび取る道もまた同じだというのにな!
「だから俺が後押ししてやるって言ってるんだろうが。お前と男二人だけだったら、押し切られてほだされて終わり、でもってまた浮気されて切れてループ、だろ」
「いや、さすがにほだされても元鞘だけは無理」
ほとぼりが覚めたら、和馬はまた同じことを繰り返す。断言できる。
決別した後でも、印南と勢いで寝てしまった私が後ろめたさを感じているのに、和馬は他の女と寝ても何とも思わないのだ。
状況上は浮気だとわかっているけれど、気持ちは浮気だと思っていないから、私に対する後ろめたさはない。
ここでズレが生じる。
相手がいるのに他のオンナに突っ込める神経が私には理解できない。
理解できないことを理解できない和馬は、私と別れることには納得しないだろう。
『遊びだから』『好きなのはまり奈だから』
――そう言ってるのに、どうしてまり奈は怒ってるの?
元鞘は無理、だけどその『無理』をどうやってわからせるか。
悩みだした私に、またも印南が千里眼を発揮する。
「第三者が居れば、千葉は見栄っ張りだから他人の目が気になって、この“僕ちゃん”に厳しくできると俺は思うんだが?」
「……お見通しやめてくれない……」
印南の言うことは正しい。
こうして事情を知られて、的確に判断してくれる彼が居れば、別れる意志を揺るぎなく遂行できるだろう。
後ろで目が光ってるのに、グダグダで終わらせるなんて私のプライドが許さないからね。
こいつにその程度かと思われるのは我慢ならない。
が、しかしだ。
私は頭を抱えた。
「ああああッ! あんたと寝たのは失敗だった……!」
「はあ? あれだけ乱れておいて」
「言うなサドエロ! だからでしょー! 別れた直後に別の男と寝るとか和馬(ひと)のこと言えないじゃない!」
説得力ないことこの上ない。
昨夜のことは「和馬だけが男じゃない」と知る上で私にとって必要な出来事だった。「浮気された女」という、傷ついた女心を癒すという意味でも。
でも。
和馬がこれを知れば、おあいこだねと開き直りに躊躇いがなくなるに決まってる……!
「だから」
テーブルに額をぶつけて苦悩する私に、出来の悪い生徒に対する声音でもって、印南が続けた。
――俺とのことを利用しろよ、と。
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