魔女とお婿様

深月織

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秘密篇

第一話 お婿様は突然に

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 ありえない。
 ありえないから、ソレ。
「カノンちゃ~ん、お土産だよ! お・ム・コ・さ・ん ☆ 」
 と、一ヶ月の外交出張から帰ってきた父があたしの目の前に押しやったもの――もとい、人物は。
「……初めまして、カノン殿。 ふつつか者ですが、これから宜しくお願いします」
 …………ありえない。
 少し屈んで、手に取ったあたしの指先に口付ける所作も堂にいった――銀髪紫眼の、美青年。
 ていうか王子。
 比喩でも何でもなく、王子。
 あたしが住むこの国、ブランシェリウム王国の、王太子。
 正真正銘王太子殿下が今、あたしの目の前に、お婿さんとして立っていた――――
 
 

 
 
「……ぅわぁあビックリしたぁあ、もぉ、殿下もお父様も真面目な娘をからかわないで下さいよぅ、王子様がお婿さんなんてカノンうっれしーい!
 ……――で、何の遊びなわけ、コレ」 
 前半は棒読み、最後の一言は親父を睨み付けて言う。
 目の前に、式典の時や週に一度のバルコニーでのお顔見せでしか見たことがない(しかも豆粒サイズ)キラキラした青年がいることは置いといて、頭を振れば必ず『チャランポラン』と音がするに違いないと確信している実父に詰め寄った。
 親父の表情筋がヘラリと緩んで、到底無視できない言葉を耳にした。
「もう届け出も提出済みだもん、結婚オメデト~~我が娘!!」
 
  パ ァ ア ン !!
 
 どっから取り出しやがったのかまったく気取らせず宴会小道具パーティクラッカーを打ち放った父を見つめ、あたしは無言でインナースペースから魔法杖を呼び寄せた。手のひらに現れた杖を掴むと同時に、意思の力で大気成分を因って練り上げ生成する。
 撒き散らされた紙吹雪まみれになりつつも、狙いは外さない。
 雷撃を――放つ!
「今なんつった、くそボケ親父! もっぺん言ってみな、冥界に突っ込んでやっからもっぺん言ってみなッ!!」
 あたしの繰り出す攻撃をヒョイヒョイと猿のように身軽に避ける五十六歳。
 くっ……、いつものことながら、常人のクセに親父のあの身体能力は何事だ。
「安心してよカノンちゃん、君は一人娘だから、パパと離れるのはイヤだろう? ちゃんと婿養子に来てもらったよ~。今日から殿下は我が息子! イーディアス・グラム・永和トーワ・ラシェレットくんだーー!!」
「“ くんだ ”じゃねえええぇぇ!!」
 振りかぶった杖が親父の頭にヒットする。
 永和・ラシェレットだとぅ?! こともあろうにあたしの魔女名を入れて届け出やがったのか、バカ親父っ!
 あああああヤバイ長に連絡しなきゃどやされる黙って婿とりなんて――
 いや違う、
 どう考えても無効、無効だ。
 王子が婿養子ってどんな無茶すればそんなこと成立するのよっていうか意味わかんない。
 伯爵家の娘とは名ばかり、どちらかというと生業の特殊さで有名なはずのあたしと王子が結婚する意味が、わかんない。
 普通王族の結婚てもっと前から宣伝して盛大に式を開いて外貨を集める……ってんなこたどうでもいい、なんだってよりにもよってあたしが王子と結婚なのよ? しかも、当人であるあたしが知らない間に!!
「カノン姫」
 地面に倒れ伏した親父をヒールの踵でもってゲシゲシ踏みつけていると、躊躇いがちに、青年の声。
 はっ、とあたしは我に返る。
 殿下の前で親子喧嘩だなんて品のないことしちゃったわ。
 乱れた髪と衣服を直しつつも、しかし親父から足は退けない。
 激しい親子喧嘩に退いているかと思いきや、王子は憂いを増した瞳であたしを見つめ、麗しい声で哀しげなささやきを落とされた。
「姫は、私が夫ではご不満だろうか……」
 は、はいいっ?!
 あたしの杖を握っていない方の手を取り、両手で包み込むように握ってくる。
 あ、剣ダコ。王子といっても、軍務に就いてたっけ、このひと。この固さから言って、お飾りじゃない技量があることが窺えた。
 そんな今さらな発見をしていると、ぐっと間合いを詰められる。
 けぶる銀の睫毛から覗く宵闇色の紫紺の瞳が、じっとあたしを見つめて。射ぬかれたように、その視線から逃れることが出来ない。
 お、王子は魔眼保有者じゃなかったわよね? このあたしが抵抗できないなんて……いや、あの、ええと。
「誠心誠意、貴女を愛すると誓います。どうか、わたしを夫としてくれませんか……?」
 ぎゃーーーーーーッ!!
 なに、何なの、そんな瞳で見つめるのはヤメテエエエエッッ!!
 こういうのに免疫ないのよこっちはあぁあ!!
「……二十六にもなるのに魔術にばかりうつつを抜かしているからだよ、カノンちゃ、ぐえ」
 余計なことを口走る親父のみぞおちの辺りを力を込めて踏みつけ、黙らせてから、あたしの手を握ったままの王子に向き直る。
「あのですね、殿下」
「イディと」
 …………、
 眩いばかりの笑顔を惜しげもなく振りまく王子にツッコむのはあとにして、あたしは冷静に言葉を紡いだ。
「――イディ様、貴方がイヤとかではなくてですね、大体、初対面の女と見合いもデートも求婚もすっ飛ばして結婚て本気ですか。うちのバカ父の悪ふざけに付き合う必要なんてないんですから、傷が浅いうちに王宮へ戻られた方が」
「初対面の女性と結婚なんて良くあることです。うちの両親もそうでした」
 ……しまった王侯貴族。政略結婚の温床だ。常識が通用しない。
「いや、ええと、ですが陛下や他の方々が納得されないでしょう? 殿下世継ぎじゃないですか、いくら何でも、結婚しましたー、そうですかー、で済まされるわけないし」
「王位継承権は放棄してきました。父の許可も得ています。他の者の意見など関係ありません」
 イケイケ殿下ー、とか煽る親父をもう一度踏み、あたしは今耳にした到底信じられない言葉に、はあぁ? とスットンキョーな声を上げる。
 まて今なんつった。
 王位継承権を?
 放棄?
 
「――はああああッ?!」
 
 ひたすら面食らって頭上を見上げるあたしの頬に、指を触れ、王子が清々しく華やかに微笑まれた。
「貴女の夫になるには、王位など邪魔なだけでしたから。幸い、兄弟は多いので問題はありません」
 いやあるだろありまくりだろ! ダメだ、この王子話が通じない、少なくとも王宮仕えの文官である親父になんとか言ってもらおうと、足下を見る。
「ちょっと親父! 臣下として諌めるべきところじゃないの、ここは!」
「だってお婿さんとしては申し分ない相手だもん。お父様は早く孫の顔が見たいんだもん。殿下がどうしてもって言うなら、僕には逆らう権利ないもん。ただでさえカノンちゃん嫁き遅れだし」
 だ・れ・が・い・き・お・く・れ・だ!!
 憤りのままグリグリ親父の背中を踏みつけていると(親父は、あ、そこそこもうちょっと右、などとマッサージだと思ってるんじゃないかな発言をしていたが)、フワリ、と身体が浮く。
 あたしは小さな子どものように、王子に抱き抱えられていた。
 いや、確かにあたしは母親似でこの辺りの人々よりちょっとけっこうかなり小柄ですけどね? この抱っこのされ方は、二十六歳妙齢の乙女としては屈辱的……、
「その様にしては舅殿がお可哀想ですよ。私が無理に話を進めたのですし」
 王子は至近距離でその美貌を曇らせて、言う。
 ちょ、顔が近い近い近い近い!! 額を合わせようとするな! 
 ……って、んん? 今、変なこと言わなかった?
「私が是非にと願ったのです。貴女の夫になることを」
 柔らかいものが額に押しあてられて。
 デコチューされたっ、とこちらに理解する間を与えず、乙女の夢から現れた王子様、それそのものの青年が、目も眩む微笑みをあたしに向けた。
 
「カノンどの、貴女に私の一生を捧げます」
 
 ………だから、何で?
 どうして、王子様が、あたしのお婿様になるのよおおおっっ!!!?
 
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