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幕間9.5
しおりを挟む薄紅色の小柄な少女を、誰の目にも触れさせたくないとその背に回した腕が言っている。
少し呆れながらそれを見送っていると、すぐ傍でくぐもった笑い声がした。
「……ローダリア」
「ちょ、やだもうおっかしい! 閣下ったら牽制し過ぎ、しかもハスミには通じてないしっ。愉快すぎるわあの二人!!」
笑いの発作に襲われた妻が、ぶるぶると震えながら身を折る。
「ハスミったら、閣下の名前を呼ぶ権利を与えられているのがどんなに特別なことか知らないのね?」
「それはそうでしょう。誰も教えていませんし」
なまじ私やマシアスという“ディレイの特別”も傍にいるから、余計かもしれない。
アースヴァルド・ディレイ・シス・リーグレン・クロイツヘルム。
ハスミの常識的には“長ったらしい呪文”のような、彼の名。
王家と魔術と立場に縛られた彼の名前の中で、ただひとつ彼自身を表す名。
“ディレイ”
そう呼ぶことを許している相手は、ほんのわずかだということを。
我々と異なる律に生きてきた少女は無邪気なまでに、知らない。
「うちの養女にして、こうしてお披露目して、別に後ろ楯も用意して――皆に自分が閣下の“何”だと認識されたのかなんて、全く気づいてもないのねぇ」
確信犯ですから、あの男は。
周りを固めて本人が気づかないうちに引き返せないところまで誘い込んで。
――もし、彼女がもといた場所に帰ることが出来る日が来ても。
彼が彼女を手放すことなどないだろう。
彼がどういった者なのか、その血脈も力も立場も理解していながら縛られない、異郷の娘。
無邪気に言葉を紡ぎ、理知の光を煌めかせ、他者を真っ直ぐに見つめる強さと、庇護を必要とする弱さを持つ――彼が放っておけない乙女。
縛られない彼女を、縛られた彼が求めるのは必然だったのかもしれない。
よくぞあの男のもとへ迷い込んでくれたものだ。
「……リンドウ、腹黒いわよその笑顔」
「ふふ。ねえローダリア、あの二人に子どもが生まれたら、一人くらい私たちの養子に頂ければと思いませんか」
私の裏も表もよくわかっている妻の言葉には応えず、別の話を持ちかける。
とたん、今までもこれからも子を持つ望みを絶たれていた妻が、瞳を輝かせた。
「いいわね! 出来ればハスミに似た女の子が欲しいわー」
「ああ、それは難しいかも……似ていれば更に渋るでしょうし」
「それを言うならハスミとの間の子だもん、かなり拒否しそうよ。よおっし、はりきっちゃお」
勝手な人さらい計画を嬉々として語る我々夫婦に気づいたものか、一瞬不審そうな視線をこちらに向けた、主君で世話のやける友人に受け流すような笑みを向ける。
ますます深くなった彼の眉間のシワに、愉快な思いが込み上げるのを抑えきれなかった。
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