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余暇
しおりを挟む自分が仕事を休んだだけで、未処理の書類が溜まるのは如何なものかと思う。
置き忘れた本を取りに入った執務室、卓上に積み上げられた決裁待ちの紙の束を見て、うんざりした。
自分がいなければ何も決められない、無能な部下を持った覚えはないのだが。
彼でなくとも判断がつくだろう案件だというのに、判を押すのを躊躇う阿呆がいることに軽く頭痛を覚えた。
――俺の顔色をいちいち窺ってどうする。
宰相位に就いてから、少々独善的に仕事を進めすぎたのかもしれない。
当初はそれくらいしなければ回らないほど政務状況がガタガタだったのだが、今は後進も育ち、落ち着いてきている。
ざっと目を通した書類から、重要なものだけ抜き取って、あとは「手を煩わすな」という伝言を残し放置した。
――これで意味がわからないようなら全員降格してやる。
思いながら本を手に、執務室を後にする。
宰相府の棟続きに私邸を設置したのが悪いのか、休みの日も移動するだけで仕事が目についてしまう。
それを鬱陶しい、と思ってしまうくらいには、皆が言うほど仕事中毒でもない。
サボりたいときくらいあるのだ。
すぐに私室に戻る気にもなれず、本を読むにふさわしい場所を探し、あてもなくさまよっていると、聞きなれた足音が近づいてくる。
「閣下かっかー!」
勢いよく背中に飛びついてきた物体に、眉を上げた。
「なんだ」
問いかけに、背中をよじ登っていたハスミが、キリリと凛々しい顔で宣言する。
「ベタベタしたい気分なのですっ」
意味不明。
言動および行動がおかしいのは最初からなので、背中に虫のように貼り付いた小娘はそのまま放置した。
首に腕を絡み付かせてぶら下がる娘は、正装時に纏う上衣の重さとさほど変わらないため、行動に支障はない。
こちらが足を進めるたびに揺れるのか、奇声を上げ騒ぐのは喧しいが。
「どこ行くんですかー」
「さあ」
「さあ、ってめずらしくいいかげん」
何が楽しかったのか笑い声を上げてしがみついてくる。
適当に歩いて辿り着いたのは、あまり使っていない草木に埋もれた四阿だった。
背中から滑り降りたハスミは、物珍しそうに柱や絡み付いた蔦を観察し出す。
長椅子の埃を払い、腰掛けて本を開いた。
特に今すぐ読みたいものでもなかったが、他に時間のつぶし方を思いつかない。結局サボると言ってもこんなものだと自分に呆れる。
没頭してしばらく、気がついたら側でハスミが本を覗き込んでいた。
「読めるのか?」
「読めますよー。意味はさっぱりですけど!」
それは読めていると言わない。
ハスミはこちらの膝に乗り出すように身を預け、書物の記述を指でなぞっていく。
「ていうか羽純がこれ読めてるの、ノーミソが閣下とつながってるからだと思います。魔術文言なんてお勉強してませんもの」
閣下の知識にアクセスしている感じですかねー、と、あちらの言葉混じりに呟く。
目覚めた頃こそ、言葉を通じあわせるために言語知識を共有していたが、ハスミがこちらの言葉を覚えてからは意識することはなかった。
常時小娘の思考を感じていると、疲れるばかりだったからだ。
そもそも術はハスミ側が受動するためのものなので、こちらがそう意識しなければ読むことは出来ない。
ハスミはハスミで、“コンセントは差し込んでるけどけど普段はスイッチオフにしてますから!”という。よくわからんが。
術式自体短期間で組んだもので解き方を考えていなかったため、半永久的にこれとつながったまま。
特に困ることもないので、新しく解術式は作っていない。
「羽純に魔力がないのが残念です。閣下の知識で魔女っ娘になるチャンスだったのに」
「阿呆か。牢に繋ぐぞ」
唇を尖らせて不満を呟く小娘に警告を発する。害がないから放置しているというのに、妙な考えを起こさないでもらいたい。
まあ、読めても読み解くことができなければ魔術など使えないのだが。
「羽純、えすえむ趣味には付き合いませんよ!」
何を飛躍したのか、ぎょっと慌てて身を離した娘を反射的に捕まえた。
色気のない悲鳴を上げて騒ぐ身体を担ぎ上げ、四阿を出る。
「まだ共有状態でしたことはなかったな。術者連中の間で流行っていたとき、何が楽しいのかよくわからなかったが――」
なんでも、閨での感覚が倍になるらしい。
無防備に他人と繋がることは好ましくなかったが、コレと試してみるのは面白そうだ。
「暇つぶしに付き合え」
「なんだか激しくいやなヨカン! たあすうけえてええええええええ!!」
そのまま寝室に連れ込まれた宰相閣下の侍女は、主に暇があるとろくなことにならないと、その身を持って思い知ったのだった。
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