Open Sesame 余録

朧月夜

　

　気が付けば小娘はいつも何やら歌っている。
　ときには能天気な意味のない戯れ歌。
　またときには、ただの鼻唄だったり。
　だが時折――こちらの心情に訴えて来る音律を口ずさむことがある。

　俺がハスミに掛けた言語変換の魔術は、簡単に言うと知識の共有だ。
　俺の頭にある全てを繋げると、小娘のちっさい脳の中身が弾けるだろうから、それは言葉の分野のみに限っているが。
　最初は混乱して大変だったようだが、怪我を治す間、やることもなく暇だった小娘が学びに集中したおかげで、今では繋げた知識をあまり使うことなく会話は成立しているらしい。
　ハスミの話す日本語とやらが我々に通ずるのは、言葉を伝えようとする意識があってこそ。
　戯れ歌は半分ほど意味がわからない。
　鼻唄は言わずもがな。
　今、目の前で歌われているものは――

　自然を歌う。
　喪われたものを歌う。
　郷愁を誘う。

　封印された記憶の中に、その光景があるのか。
　ハスミはここではない何処かを見ている。
　窓の欄干に腰掛けて、月が淡く傾いた夜空を眺め。
　不意に目の前にいる娘が夢まぼろしのように消えてしまいそうで――俺は手を伸ばした。
　子どものような身体を掬い上げ、腕の中に抱き込む。

「ぉわ！　何ですか閣下、いきなり現れないでくださいよっ」
「さっきからいたが」

　パチパチ瞬く瞳が、自分を写すのを確認して――その唇を塞ぎ。
　何処にも行くなと身勝手に、胸のうちで呟いた――。