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第三部 宰相閣下の婚約者

715 運命の輪は巡る

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 王宮護衛騎士を装う〝鷹の眼〟フィトからの報告を聞いていたエドヴァルドの表情かおが、みるみる険しくなっている。

 しかもその視線がこちらを向いているのだから、半端なく居心地が悪い。

「……レイナちゃん、何かやらかしたのかな」

 イル義父様がそんな風に聞いてきたのも無理からぬことな気がした。

「……特に今、エドヴァルド様に秘密にしていた話はないはずなんですけど」

 商会に絡んで特許権案件を積み重ねていることなんて今更のはずだ。

「と言うかイル義父様、私がやらかした前提なんでしょうか」
「うーん……まあ私もよくエドヴァルドを怒らせるからねぇ……」

 こっちを見ているだけで、私とは限らないのでは? と言葉の裏に籠めてみたところ、存外イル義父様も否定をしなかった。

 どうやら、昔からしょっちゅう揶揄からかっていた自覚はあるらしい。

 いっそ暢気な会話を交わす義理の父娘おやこに、隣のダリアン侯爵はちょっと唖然としていた。

 何故あの視線と空気が平気なのか、と顔に書いてある。

 うん。慣れです。

 そうこうしている内にフィトがエドヴァルドの傍を離れ、そのタイミングで爬虫類トカゲ――ごほん、アルノシュト伯爵がエドヴァルドの方へと近寄って、挨拶を交わしていた。

「!」

 一言二言程度何かを話した後、二人ともの視線がこちらを向き、エドヴァルドが手招きではないものの、左手を少し動かしながら「おいで」とでも言うような仕種を見せた。

 え、ちょっとイヤかも? なんて思ってみても拒否権なんてあるはずもなく。

「イル義父様……」
「うん、これは行くしかないんじゃないかな」

 自分じゃなかったらしい、と言う安堵を僅かに滲ませたイル義父様からもダメ押しをされる。

「あー……別にと言うわけじゃなくてね? 恐らくあの護衛騎士がエドヴァルドから何か伝言を持たされているみたいだ。レイナちゃんを迎えに行くていでこちらに来ようとしているよ」

「え?」

 言われてみれば、フィトが一瞬だけ後ろのエドヴァルドを見つつも、こちらに歩いて来ようとしている。

「そう言う意味でも、行っておいで」

 どうやら周囲に気取られない範囲で何かを伝えるために、フィトを動かしてきたようだ。

「わ、分かりました」

 そう言うことなら――と、ダリアン侯爵にも「失礼致します」と声をかけながら、入口の扉近くに向けて歩き始める。

「お嬢さ……ま、宰相閣下がお呼びですのでご案内致します」

 さっきから「お館様」だの「お嬢さん」だの言いかけては、ここが王宮内であることを思い出してギリギリ修正をしているフィトは、基本的にこう言った場を苦手としている。

 ただ〝鷹の眼〟においては、腕っぷしだけならファルコの次くらいの実力があるため、いざと言う時に駆り出されることは多いのだ。

 今回は、アルノシュト伯爵の迎えと領地邸宅やしきの捜索に行くにあたって、冷静になれないかも知れないファルコの代わりにと派遣されていたのだ。

「ええ、ありがとう」

 なるべく自然な形で先導を受けるようにしながら、そんなフィトに付き従って歩く。

「……何かあったんだ?」

 出来るだけ小声でそう聞いてみると、フィトも短く「ああ」と頷いていた。
 多分他には聞こえないだろうと、フィトの口調は既に普段の通りに崩れている。

「時間もないので要点だけ――まずアルノシュト伯爵邸にも、は保管されていた」

 元々アルノシュト伯爵は、がっつりレイフ殿下派の人だ。

 ナルディーニ侯爵家主導で、殿下に献金するための政治資金を稼ぐべく〝痺れ茶〟を利用しようとしていたのであれば、同じ派閥の他の家にだって当然、本格流通を待つ状態での在庫くらいはあっただろう。

 そこは「でしょうね」くらいにしか私も思わなかった。
 その疑いがなければ、そもそも今日のお茶会になんて呼ばれない。

「こっそり回収した茶葉はさっきサタノフに渡したから、今頃どこか『しかるべき所』に回されているだろう」

 私の脳裏に一瞬どこかのサイコパスな国王陛下の顔がよぎったけれど、もちろん口には出さない。

 とりあえずアルノシュト伯爵領出身でも何でもないフィトが行ったことで、第三者としての証言にも説得力が増しているに違いない。

 それよりも、と話を続けるフィトの声に、逸れかけた思考を元へと戻す。

「実は困った問題が発生していた。俺では判断出来なかったから、とりあえず密かにお館様には伝えたが……お嬢さんにも伝えろと言われたからな。こう言う変則的な手段を取らせて貰った」

 不自然にならない程度に歩く速度を落としながら、フィトが呟いている。

 多分私がここで何かを聞く時間はないだろうなと、ここは目線でそのまま続きを促すことにした。

「アルノシュト伯爵邸には隠された病人がいたんだよ。衰弱して、何かの痛みに耐えている――そんな感じだった。息子じゃないかと言う気もしたが、詳しく調べている時間がなかった」

「病人……?」

「まあ……コレは実は皆暗黙の了解的に黙ってたし、あくまで俺が見た主観として聞いて欲しいんだが」

「うん」

「――お嬢さんとファルコとが話してた、ファルコの姉貴が亡くなったって言う病状にそっくりな気がした。とても放置しておいていいようには見えなかった」

「……っ⁉︎」

 私がファルコと話をした病状――それは私が知る「鉱毒」の被害者の症状だ。

 そもそもその場には、私とファルコの他にはエドヴァルドとセルヴァンしかいなかったはずだった。

(いや、でもイザクも私とファルコが何らかの契約をしたって最初から知ってたし……もしかしてあの時邸宅おやしきの中にいた〝鷹の眼〟の面子は皆、知っていて何も言わなかった……?)

 何だかんだ、皆ファルコを長として認めて、その下に付いているのは見ていて分かる。

 だから今回も、ファルコをアルノシュト伯爵領の「迎え」に行くことはさせずに、フィトがその役目を二つ返事に引き受けていた。

 証言の公平性なんて話は、きっと後付けだ。

「まだファルコには伝えてない。どうするかお館様と相談してくれないか?」

 フィトがそう言葉を結んだ瞬間、ちょうど私はエドヴァルドとアルノシュト伯爵の前に立っていた。

「……義理とは言え父親と歓談中だったところすまないな、レイナ。今日は陛下の用事で来て貰ったが、アルノシュト伯爵がせっかくだからと私たちに祝いの言葉をくれると言うので呼んだんだ」

「「…………」」

 税の申告に来た時のやりとりを考えれば、これほど寒々しいセリフもないだろうにと思う。

 一瞬無言で目を合わせてしまったけれど、そこはやはり一筋縄ではいかない伯爵様だ。

「ここに来る途中で耳にしました。本格的な婚約の儀が整われたとか。これでイデオン公爵領も安泰。謹んでお祝い申し上げます」


 ――私はとっさにどう反応すべきか分からずに、エドヴァルドを見上げてしまった。
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