聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第三部 宰相閣下の婚約者

712 いざ戦場へ⁉

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 陛下主催のお茶会当日。

 お茶会自体には不参加なものの、時間を見計らって王宮には行く予定だとエリィ義母様は言った。

 イル義父様の執務室でダリアン侯爵兄弟と会うつもりらしい。
 ダリアン侯爵兄弟――すなわちエリィ義母様にとっても兄と弟にあたり、私にとっては義理の伯父と叔父になると言うことだ。

ダリアン侯爵おにいさまレンナルトと、が必要ですからね。レイナちゃんも少しだけ顔を出して貰える? 多分お茶会で簡単な紹介はあるでしょうけれど、改めてわたくしからも紹介しておこうと思うのよ」

 ……コクコクと、頷く以外に何が出来ただろう。
 エリィ義母様から怖い効果音が聞こえた気がしました、ハイ。

 どうやら当初は招待客リストにはなかったらしいところ、コデルリーエ男爵家とヤードルード鉱山に関しての監督不行き届きと言う点で事情を聞きたい、と言うか聞くべきとエリィ義母様がイル義父様に直訴したそうだ。

「聞き届けて下さらないなら、わたくし、明日にでもダリアン侯爵領へ向かわせて頂きましてよ」

 極めつけはエリィ義母様のこの一言で、イル義父様がエドヴァルドに「招待客」の追加をねじこんだらしい。

 エドヴァルドはエドヴァルドで、イル義父様がそれを言われた直後に「いい機会ですから、レイナちゃんも連れて行ってダリアン侯爵家で紹介してきますわね」と、エリィ義母様が続けたと聞いて、そのまま何も言わずに国王陛下フィルバートのところに人数追加の話をねじ込みに行ったと言う。

(それはエリィ義母様のためにダリアン侯爵を陛下に売ったと言うことではないでしょうか、イル義父様、エドヴァルド様)

 ただのお茶会ではないことが分かりきっているのに呼べと言っているのだ。

 そもそもは、一連の騒ぎに対するダリアン侯爵家の対応に思うところのあったエリィ義母様が原因とは言え、侯爵がで済まないだろうことは明らかだ。

 ただ、現当主である兄はともかく弟にはさすがに、こじつけにしろ参加の理由がないのでは?

 なんてことを思ったのは、どうやら私だけではなかったらしく、どこかの国王陛下が「弟は兄にのことがあった時のためにも、フォルシアン公爵の執務室ででも待機しておいたらどうだ」とのたまわったらしい。

 そして誰もそこに反対をせず、本丸のお茶会が終わるまで、ダリアン侯爵の弟さんとエリィ義母様は、イル義父様の執務室でお茶を飲みながら待つ――と言うことに決まったんだそうだ。

「じゃあまた後でね、レイナちゃん」

 イデオン公爵邸に限らず、各公爵邸には〝転移扉〟の小型版が設置されていて、公務などの理由がある際には期間限定での使用が認められている。

 この時もフォルシアン公爵邸内、イル義父様の執務室の奥に設置されている小型の〝転移扉〟を使って迎えに来たエドヴァルドにエスコートされる形で、王宮へと向かう手筈になっていた。

「…………ああ、よく似合っている」

 私がフォルシアン公爵邸でお世話になるようになってから注文されたドレスは、当然そんなにすぐには出来上がらない。

 なので当然、私が着るドレスと言うのは〝ヘルマン・アテリエ〟製の紺青色のドレスだ。

 主賓ではなく観客ギャラリーだからと言うことで、全体的には装飾の少ない落ち着いた雰囲気になってはいたものの、金の刺繍が胸元から腰の少し下あたりにかけて薔薇の蔓のごとく縫い巡らされているため、充分に品と高級感は醸し出されていた。

 惜しむらくは本人が負けているのでは? と言いたくなってしまうくらいだ。

 ただ、王宮から迎えにやって来たエドヴァルドは、色に満足しているのかデザインに満足しているのか、似合っている――と口元を綻ばせたところで、私の手をスッとすくい上げて唇を落とした。

「……っ」

 何ですか、イル義父様仕込みですか⁉

「ああっ、あのっ、エドヴァルド様も――」

 マナーとしてもちろん、エドヴァルドを褒めなくちゃいけないことは分かっていたけど、今日のエドヴァルドの衣装は完全に公務用、羽織るマントがやや豪奢だろうか、と言ったレベルだ。

 本人もそれをよく分かっているのか、言いかけた私の言葉を「私はいい。仕事だ」と遮りながら、苦笑いを浮かべていた。

「どうせ貴女が褒めてくれるのであれば、もっと違う場で聞きたい」

 いつともどことも言わないあたり微妙なプレッシャーは感じたものの、今日の私はあくまで観客ギャラリー。参加することに意義がある。

 自分の中で「今日は観客ギャラリー……」とブツブツ言い聞かせながら、私は〝転移扉〟を通り抜けるために、エドヴァルドの半歩後ろに寄り添った。

「ちなみに、ここはフォルシアン公爵邸だ。だからここにある〝転移扉〟はイルの執務室に繋がっている」

 なるほど、やたらめったら〝扉〟を使用されないように、限定的な使用が許可されたと言うことなんだろう。

 そこから改めて茶会会場に隣接している控えの間に案内されて、茶会の前にイル義父様が私をダリアン侯爵兄弟へ簡単に紹介しておく話になっているんだそうだ。

 また後でと軽く手を振ったエリィ義母様を置いて、私はエドヴァルドの支えを受けながら〝転移扉〟を通り抜けた。




「やあ、レイナちゃん! 我が邸宅やしきの侍女たちの支度も、イデオン公爵邸には負けていないんじゃないかな?」

 エドヴァルドにエスコートされる形で〝転移扉〟を抜けた先で、イル義父様のそんな声に私は出迎えられた。

「今日はすまないね」

 そう言って、執務中の机から離れたイル義父様は、こちらに近付いてくるとやっぱり私の手をとって、軽く唇を落と――すまでには至らなかったものの、落とそうとする仕種までは見せた。

「キレイだよ、私の義娘むすめ
「……っ!」

 隣でエドヴァルドのこめかみにピシッと青筋が浮かんだ気はしたものの、冷風をギリギリ抑え込んだあたり、やっぱり一連の行動はイル義父様の指示かと、私の中での疑惑は密かに膨らんでしまった。

「ボードリエ伯爵令嬢は少し前に正門の方に、父親のエスコートで馬車で来ているとの報告を受けているよ。そのまま誘導されて歩いて来るとなれば、ちょうどいい時間帯に控えの間の方で合流出来るのではないかな」

 そんな私の内心の葛藤をお茶会への不安と取ったのか、イル義父様が間もなくシャルリーヌも来ると微笑わらって教えてくれた。

「ただ、すまないがボードリエ伯爵令嬢と合流する前に、そこでエリサベトの兄であるダリアン侯爵とその弟に紹介させて欲しい。一応これからは親戚関係が生じるわけだからね」

 一応、と微妙な表現になっているのは、ダリアン侯爵家の今後が今現在とても不安定なためだろう。
 兄が領主に留まるのか、弟がその座に新たに就くのか。

 いずれにせよ現時点での私は「分かりました」としか言えなかったわけなんだけれども。
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