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第三部 宰相閣下の婚約者
707 お義兄様の悔悟(後)
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「ど……っ、どうしたんですか、いきなり⁉」
正直、ヤンネほどではないにせよ紆余曲折が多々あるだけに、いったい今、何に対して頭を下げているのかが理解出来ない。
何か悪いモノでも食べたのか――ともさすがに聞けず、私は芸のない言葉でどうしたと聞くくらいのことしか出来ずにいた。
「王宮で最初に顔を合わせた時から……私は父と母に言われたからと頭を下げただけで、結局今まで謝罪らしい謝罪を口にしてこなかった……礼すらも、あの鳥に言った方が先だった」
「……ああ」
リファちゃんがお義兄様に礼と共に撫でられて満足げだったので、私も一緒に満足していて、言われるまで思い至りもしていなかった。
「リファちゃんが先に部屋に飛び込んで行って、飛び蹴りしたのは事実ですよ? なら、順番としては間違ってないと思いますけど」
気にしていない、と言うことを言外に匂わせてみたけれど、お義兄様はまだ下を向いたままだった。
「そうするように言ったんだろう? サタノフと言うあの王宮護衛騎士に聞いた」
いつ、どこで話をしたんだか。
あるいはキーロ経由だろうか。
「……まあ、本来の飼い主は彼ですけど」
「ちょっと目を離したら勝手に遊びに行くようになった、と」
……どうやら言ったのはレヴらしい。
今後またフォルシアン公爵邸に飛んで行った時のための予防線を張ったんだろうか。
確かにそうそう私が「迷子」ばっかり口にするわけにもいかないとは思うけど。
「飼い主の次くらいには愛を注いでますからね」
私がちょっとドヤ顔で胸を張って見せたからか、お義兄様は一瞬横を向いて「ふっ……」と笑いを溢していた。
「そんなにか。ああ、いや、話が逸れたな。つまり私は私の狭い世界の中でしか相手を見ることが出来ておらず、助けられた相手に礼のひとつも言えない男だったわけだ」
「ええっと……」
さすがに「そんなことはない」と大嘘はつけない。
ただ、困ったような表情になった私を見て、お義兄様も察してはいるのか、むしろ苦笑いになっていた。
「それどころか、キヴェカス事務所に途切れさせることなく案件を持ち込んでいて、イデオン公爵邸の護衛たちに関してもイデオン公の指示を待たずに動かせていて、領防衛軍の幹部からも支持と信頼を得ている。公爵家の地位や財産に目が眩むヒマもないように見える。極めつけが『商会長』としてギルドからも認められている。私の目が節穴でなくてなんだ、という話にしかなるまいよ」
「お義兄様……」
「確かに祖母は領政に深く関わっていたし、妹もアムレアン侯爵夫人となるために人一倍の努力を重ねてきた。ただし、それが少数派であることもまた確かだ。権力や宝飾品の前には無力で、すぐに翻る程度の主義主張しか持たぬ者も多い。クヴィスト家の令嬢に始まって、直前までサレステーデのあの王女に追いかけ回されていたこともあって、家族以外の女性に対する私の印象は、限りなく悪い方向に凝り固まっていたんだ。……今更何を言っても言い訳にはなるがな」
そう言えば、今はサレステーデの公爵家の側室になっているらしい元クヴィスト公爵令嬢は、お義兄様にこっぴどくフラれたと言う話だったか。
そもそもが、イル義父様を若くしただけ。どこかのアイドル事務所所属の様な容貌の持ち主だ。
家族の努力を無にするほどの肉食女子の突撃に遭い、女性観が拗れに拗れていたんだろう。
公爵家の令息、それも長子と言う立場からすれば、むしろヤンネよりも酷かったんじゃないかとすら思う。
「……いったい、何がお義兄様をそんな心境に」
「信用出来ないか」
「何か裏によからぬ企みでも、と」
さすがに拾い食いとまでは言わないにしても、何があったと聞くことくらいは大丈夫かと、私は一歩踏み込んでみた。
「…………まあ、そのくらいの警戒心がある方がいいのか」
若干複雑そうな表情にはなったものの「自業自得だしな」と、お義兄様は緩々と首を横に振った。
「ここ数日の騒動で、私よりもよほど今回の件に深く入りこんでいるのを見ていれば充分だと思うがな。到底普通の貴族令嬢に出来ることではない」
「そもそもが、異国出身の非貴族令嬢ですから」
押そうが引こうが、それが事実だ。
そう言って私は肩を竦めたけれど、お義兄様はすぐには頷かなかった。
「全てイデオン公とイデオン公爵領の為だと断言した時点で、私は謝罪をしなくてはならないと思ったんだ。この目は曇っていたんだ、と。たかが公爵令息、それも勘当寸前の身で何が出来るとも知れないが、少なくとも万一何かあれば、フォルシアン公爵家を実家と頼っていいと言っておく。いつでも門戸は開けておく。両親は反対しないだろうからな――現状、それが今の私が持つ唯一の手札だ」
「それは……私のことも義妹として認めて下さる、ということですか……?」
「断言してもいいが、ユティラとは気が合うだろう。私はなかなか帰るのもままならないだろうが、母と三人で交流を深めてくれ」
「――――」
いざと言う時の逃げ込み先にしてくれていいい、とユセフが言っているのは分かる。
帰るのをままならなくしている本人を目の前に言わないで欲しい……。
居心地悪そうに身じろぎしたのを見ていた所為か、お義兄様はしてやったりとばかりに口元を歪めていた。
「何せ、まだまだ抱えている案件はあるのだったか? 当面キヴェカス事務所は不眠不休くらいの勢いになりそうだな……」
「よ、よろしくお願いします、お義兄様……」
返事の代わりにお義兄様が軽く苦笑交じりの息を吐き出したところで、ガクンと馬車の速度が落ちた。
どうやら馬車は、フォルシアン公爵邸へと戻って来たらしかった。
正直、ヤンネほどではないにせよ紆余曲折が多々あるだけに、いったい今、何に対して頭を下げているのかが理解出来ない。
何か悪いモノでも食べたのか――ともさすがに聞けず、私は芸のない言葉でどうしたと聞くくらいのことしか出来ずにいた。
「王宮で最初に顔を合わせた時から……私は父と母に言われたからと頭を下げただけで、結局今まで謝罪らしい謝罪を口にしてこなかった……礼すらも、あの鳥に言った方が先だった」
「……ああ」
リファちゃんがお義兄様に礼と共に撫でられて満足げだったので、私も一緒に満足していて、言われるまで思い至りもしていなかった。
「リファちゃんが先に部屋に飛び込んで行って、飛び蹴りしたのは事実ですよ? なら、順番としては間違ってないと思いますけど」
気にしていない、と言うことを言外に匂わせてみたけれど、お義兄様はまだ下を向いたままだった。
「そうするように言ったんだろう? サタノフと言うあの王宮護衛騎士に聞いた」
いつ、どこで話をしたんだか。
あるいはキーロ経由だろうか。
「……まあ、本来の飼い主は彼ですけど」
「ちょっと目を離したら勝手に遊びに行くようになった、と」
……どうやら言ったのはレヴらしい。
今後またフォルシアン公爵邸に飛んで行った時のための予防線を張ったんだろうか。
確かにそうそう私が「迷子」ばっかり口にするわけにもいかないとは思うけど。
「飼い主の次くらいには愛を注いでますからね」
私がちょっとドヤ顔で胸を張って見せたからか、お義兄様は一瞬横を向いて「ふっ……」と笑いを溢していた。
「そんなにか。ああ、いや、話が逸れたな。つまり私は私の狭い世界の中でしか相手を見ることが出来ておらず、助けられた相手に礼のひとつも言えない男だったわけだ」
「ええっと……」
さすがに「そんなことはない」と大嘘はつけない。
ただ、困ったような表情になった私を見て、お義兄様も察してはいるのか、むしろ苦笑いになっていた。
「それどころか、キヴェカス事務所に途切れさせることなく案件を持ち込んでいて、イデオン公爵邸の護衛たちに関してもイデオン公の指示を待たずに動かせていて、領防衛軍の幹部からも支持と信頼を得ている。公爵家の地位や財産に目が眩むヒマもないように見える。極めつけが『商会長』としてギルドからも認められている。私の目が節穴でなくてなんだ、という話にしかなるまいよ」
「お義兄様……」
「確かに祖母は領政に深く関わっていたし、妹もアムレアン侯爵夫人となるために人一倍の努力を重ねてきた。ただし、それが少数派であることもまた確かだ。権力や宝飾品の前には無力で、すぐに翻る程度の主義主張しか持たぬ者も多い。クヴィスト家の令嬢に始まって、直前までサレステーデのあの王女に追いかけ回されていたこともあって、家族以外の女性に対する私の印象は、限りなく悪い方向に凝り固まっていたんだ。……今更何を言っても言い訳にはなるがな」
そう言えば、今はサレステーデの公爵家の側室になっているらしい元クヴィスト公爵令嬢は、お義兄様にこっぴどくフラれたと言う話だったか。
そもそもが、イル義父様を若くしただけ。どこかのアイドル事務所所属の様な容貌の持ち主だ。
家族の努力を無にするほどの肉食女子の突撃に遭い、女性観が拗れに拗れていたんだろう。
公爵家の令息、それも長子と言う立場からすれば、むしろヤンネよりも酷かったんじゃないかとすら思う。
「……いったい、何がお義兄様をそんな心境に」
「信用出来ないか」
「何か裏によからぬ企みでも、と」
さすがに拾い食いとまでは言わないにしても、何があったと聞くことくらいは大丈夫かと、私は一歩踏み込んでみた。
「…………まあ、そのくらいの警戒心がある方がいいのか」
若干複雑そうな表情にはなったものの「自業自得だしな」と、お義兄様は緩々と首を横に振った。
「ここ数日の騒動で、私よりもよほど今回の件に深く入りこんでいるのを見ていれば充分だと思うがな。到底普通の貴族令嬢に出来ることではない」
「そもそもが、異国出身の非貴族令嬢ですから」
押そうが引こうが、それが事実だ。
そう言って私は肩を竦めたけれど、お義兄様はすぐには頷かなかった。
「全てイデオン公とイデオン公爵領の為だと断言した時点で、私は謝罪をしなくてはならないと思ったんだ。この目は曇っていたんだ、と。たかが公爵令息、それも勘当寸前の身で何が出来るとも知れないが、少なくとも万一何かあれば、フォルシアン公爵家を実家と頼っていいと言っておく。いつでも門戸は開けておく。両親は反対しないだろうからな――現状、それが今の私が持つ唯一の手札だ」
「それは……私のことも義妹として認めて下さる、ということですか……?」
「断言してもいいが、ユティラとは気が合うだろう。私はなかなか帰るのもままならないだろうが、母と三人で交流を深めてくれ」
「――――」
いざと言う時の逃げ込み先にしてくれていいい、とユセフが言っているのは分かる。
帰るのをままならなくしている本人を目の前に言わないで欲しい……。
居心地悪そうに身じろぎしたのを見ていた所為か、お義兄様はしてやったりとばかりに口元を歪めていた。
「何せ、まだまだ抱えている案件はあるのだったか? 当面キヴェカス事務所は不眠不休くらいの勢いになりそうだな……」
「よ、よろしくお願いします、お義兄様……」
返事の代わりにお義兄様が軽く苦笑交じりの息を吐き出したところで、ガクンと馬車の速度が落ちた。
どうやら馬車は、フォルシアン公爵邸へと戻って来たらしかった。
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