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第三部 宰相閣下の婚約者

704 若旦那の意地(ホンキ)(後)

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商会長ちちはどうやら歩行補助器具の件でユングベリ商会のことを『かった』ようで……さすがにこの販路全部とは思っていないようですが、バリエンダールへの出店もお考えのところからいって、とりあえずはカプート領周辺の現ボードストレーム商会が持つ販路と取引先を受け継いだらどうかと考えているようですよ」

 あくまでこちらからは、挨拶代わりの手土産だったつもりの歩行補助器具くるまいす改良案が、わらしべ長者の如くグレードアップされようとしていた。

 ボードストレーム商会に関しては、レイフ殿下直轄領であるブラード領で銀を中心に扱っているイメージがあったのだけれど、殿下の派閥貴族の領地複数をまたいで、思ったよりも手広い商売をしていたようだ。

 なるほど、もしバリエンダールでナザリオ王都商業ギルド長が海産物の冷凍技術を本格化させれば、その輸入にあたってカプート子爵領内に店舗があると言うのは悪い話じゃない。

 バリエンダールで開業予定の支店から北方遊牧民族の雑貨などを輸入する場合にも、港町であると言うカプート子爵領、特に領都ブラーガ周辺はちょうど良い拠点になる。

「他にもボードストレーム商会の販路をお渡しした方が良いと思っている理由ですが、イデオン公爵領は銀の街シュタムを抱えているでしょう? ボードストレーム商会とアルノシュト伯爵家との取引に関しては既にイデオン公爵が手を回して停止させていらっしゃるようですが、細工職人や販売店などはまだそれまでの取引額の平均額を補填している状態で、あくまで一時的なもの。もしも彼らが日頃から取引をしていたと言うのであれば、そこは新たに提携して差し上げても良いのではないかと思いましてね」

「……なるほど」

 さすが大商会と言うべきか、情報をよく把握している。
 それとも不俱戴天の仇の様に見えるボードストレーム商会相手だからこその情報収集なのか。

 カールフェルド商会長代理の表情からは、すぐさまそこまでは読みにくい。

「ユングベリ商会が、あくまでイデオン公爵領内の特産品を広めることを目的として設立された商会だと言うのは、こちらも把握をしています。それであれば、少なくともボードストレーム商会の販路をそっくり渡すことに関しては、そちらの趣旨にも反しないのではと考えたのですよ」

「それは……」

 一瞬、本格開業前の準備段階の商会に対して〝痺れ茶〟で潰す販路を全て引き継ぐとか、どんな無理ゲーかと思ったけれど、カールフェルド商会長代理曰く、たまたまこの〝痺れ茶〟が通ったことで販路が繋がっているように見えるだけで、もともとはカルメル商会やフラーヴェク商会など、元からある商会がそれぞれの商売圏に応じてやっていたことだから、それをまた元に戻すだけと言うことらしい。

「まあこの際なのである程度の相互提携は考えていますし、何も返す先は以前と同じ商会である必要もないわけですが」

 シャプル商会は詐欺のためのペーパーカンパニー、ブロッカ商会は詐欺以前に〝痺れ茶〟を引き受けるために立ち上げた商会だったと言うことで、実態はあってないようなものだった。

 ただ、その他の関係している商会は、昨日今日立ち上げられた商会ではなく、一定の販路と商売圏がある。

 潰してしまうよりは経営者なかみだけを新しくすれば良いのでは――とカールフェルド商会代理は考えているらしく、リーリャギルド長たちの方でも、それに反対をするつもりがないように見えた。

 その中のボードストレーム商会の「器」を利用しませんかと問われてしまえば、あながち理不尽な話とは言えないのかも知れない。

「正直なところラヴォリ商会だけに任せてしまうと、なまじ今でも国内最大の商会なだけに、これ以上は王都商業ギルドさえも蔑ろにして強引な商売を進める悪徳商会であるかのような印象を周りに与えちまうからね。どの商会、個人の商売人にもチャンスがある、これはあくまでギルド側からの主導だと言うことを大声で主張するためにも、新品の看板が少なくともひとつは必要なのさ」

 そう言ってニヤリと笑うリーリャギルド長に、私はすぐさま「新品の看板」の正体を察した。

ユングベリ商会ウチですね……」

「悪い話じゃないと思うんだよ。新興の商会はどうしたって生産者や仲買人たちからの信頼を得るのに時間がかかる。それがラヴォリ商会と共に今回の件で崩れた販路の再構築を図るとギルドを通して知られれば、格段に商売しやすくなるはずだからね」

 特に今回は、マキシミリアン・ラヴォリ商会長直々にその参画を認めている。
 そのインパクトは、アンジェス商業界の中でもかなり大きいはずだと言う。

 リーリャギルド長の話に、カールフェルド商会長代理も頷いていた。

「マノン女史の眼鏡の話でさえ、王都から近い位置にある領地にはあっと言う間に噂が広がりましたからね。それはもう、商会長ちちが出てくるほどに。今回の件でボードストレーム商会に代わってその商売圏を引き継ぐとなったところで誰も驚かないかも知れません」

 商売人たちの情報収集能力の高さは、場合によっては王宮の〝草〟を上回るのではないだろうか。

 ちょっとそんな風に考えさせられてしまうくらいに、目の前のこの地図も、聞かされる話も、無視出来ないものだった。

 お義兄様ユセフがどうするんだと言いたげにこちらを見ているけれど、元々今日は〝痺れ茶〟の情報がどこまで確認出来たのかを知るために来たのだ。

 思うところはあれど、即答など出来るはずもなかった。

「お話はよく分かりました。個人的にはお受けしたい話だとは思いますが……今、このルートに書かれている商会と販路の話はとても繊細な話になっているはずです。このことで無意味に王宮側を刺激したくはないので、一度預からせていただけませんか」

 彼らは未だ知る由もないだろうけど、もうすぐ今回の当事者たちを集めてのお茶会(?)だ。

 迂闊に引き受けてしまって、何かしらの影響が出てしまうと大変だ。
 エドヴァルドへの報告は必須だ。

 果たして決断力のない商会長と思われるだろうかと、おずおずと周囲の皆を見やれば、ありがたいことに誰もそれを指摘することはなかった。

 むしろカールフェルド商会長代理などは「もちろん、当然ですね」と賛意を示してくれたほどだ。

「どのみち、この地図ごと宰相閣下には報告をなさるのでしょう? 今回はただの取引話だけではなく、刑事事件も絡んでいますからね。前向きにご検討いただいているだけでも僥倖だと思っていますよ」

「有難うございます、カール商会長代理。その……報告前に伺っておきたいんですが、もうボードストレーム商会が商会でなくなるところは確定なんですね?」

 さっきからどう聞いても、ボードストレーム商会が販路どころか存在そのものを失くそうとしているのは明らかだ。

「……ええ」

 恐る恐る確認をしたその瞬間、カール商会長代理の口元に浮かんだ愉悦の笑みを、私は確かに見た。

「もともと銀相場の乱高下で財産を吐き出させるだけでは生温いと思っていたんですよ。あの商会には何度も煮え湯を飲まされましたし、なまじレイフ殿下と言う後ろ楯が見え隠れしていただけに、ロクなも出来なかった。今回我々ラヴォリ商会が協力をする唯一の条件が、ボードストレーム商会の生殺与奪の権利をこちらに与えて貰うこと。イッターシュギルド長にはお認め頂きましたからね」

 ――ぜひ宰相閣下にもそのようにご報告下さい。

 そう念押しされた私は、コクコクと頷くことしか出来なかった。
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