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第三部 宰相閣下の婚約者

702 姐さんの真骨頂(ホンキ)(後)

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「まあ、ボードストレーム商会の件はラヴォリ商会の商会長代理が来てからまた改めて話し合うとしよう」

 王都商業ギルドにおけるボードストレーム商会の見方と言うのは、あくまでラヴォリ商会の商売敵的立ち位置と言うことらしい。

 もちろんレイフ殿下直轄領を中心に商売をしていると言うことと、銀が主要取り引き材料であることは把握をしているだろうけれど、さすがにアルノシュト伯爵家と懇意かどうかまでは、認識の外にあるようだ。

 私自身は伯爵夫人の実家縁者がいると聞いたものの、王都商業ギルドからすれば、実際にその人が商会長であったりギルドに出入りしたりするような幹部だったりしなければ、それ以上従業員の一人一人までは把握をしていないのかも知れない。

 私としても、それ以上をここで話して良いことなのかが判断出来かねるので、今はそのままリーリャギルド長が話をするのに任せるしかなかった。

「もう少しタイミングが早ければ、カプート子爵にさえ連絡を入れれば流通の入口で押さえられたんだろうが……ここまで内地に入ってしまうと、寄り親であるナルディーニ侯爵を無視することは出来なくなるからね。領都のギルドに探りを入れるのがせいぜいと言う話になる」

 基本的に子爵と男爵は、領地はあっても侯爵あるいは伯爵の傘下に入っての納税と報告の義務を背負っている。

 侯爵あるいは伯爵家が、その傘下の下位貴族の報告をとりまとめて、常に各所属公爵へと報告している。
 
 アンジェスの高位貴族と下位貴族はそのように分類をされており、カプート子爵領がナルディーニ侯爵領下にあるとなれば、もともと定められた自治の範囲を超えるような振る舞いは、よほどのことがなければ上から潰されてしまうのがオチらしい。

 王都商業ギルドが、元ブラーガ領都商業ギルド長だった現カプート子爵に対しすぐさま連絡を入れなかったのには、その後ろにナルディーニ侯爵家の影が見え隠れしているからに違いなかった。

 もちろん確証さえあれば、基本は王以外に折れる必要のないリーリャギルド長は今すぐにでも動き出すのだろうけど。

「でも、タイミングが早ければ――とまで仰るからには、そのブラーガ領都商業ギルドというのはそれだけアンジェス国内の中でも力があるんですね」

 あるいはそれだけカプート子爵が優秀なのか。

 リーリャギルド長は「まあそうだね」と、どちらとも取れる言い方をした。

「アンジェスには、いずれ王都商業ギルド長を目指す者が一度は赴任をする三大地方商業ギルドがあってね」

 香辛料を扱うクヴィスト公爵領内クリストフェル子爵領の領都商業ギルド。
 海産物を扱うコンティオラ公爵領内カプート子爵領の領都商業ギルド。
 そして羊皮紙をはじめ羊毛製品を扱うスヴェンテ公爵領内ミクラーシュ子爵領の領都商業ギルド。

 この三つの商業ギルドは国内でも別格と見做されているらしい。

 何故ならクリストフェル子爵領はソヴェスラフ侯爵家を寄り親とし、カプート子爵領はナルディーニ侯爵家を寄り親とし、ミクラーシュ子爵領はヘルマン侯爵家を寄り親としている――すなわち下手なギルドより後ろ楯が大きく、扱う額もそれだけ大きいのだ。

 各侯爵の直接運営では権力が集中しすぎることに繋がりかねないからと、トーレン・アンジェス先代宰相の代に、侯爵家の次男あるいは三男を独立させて子爵家を立ち上げたのが、そもそものきっかけなんだそうだ。

 今の代になっても、寄り親たる侯爵家から非後継者がそこに婿入りをすることも珍しくはないらしい。

 実際一大羊産業を抱えるヘルマン侯爵家は、領内でもっとも多くの養羊場を抱えるミクラーシュ子爵領への婿入りの話も以前からあるらしく、一時期フェリクス・ヘルマンの名が挙がったこともあるのだと、私は後からエドヴァルドに聞いたくらいだ。

 そしてコニー・クリストフェル子爵令嬢が当時、いくらギーレンの国王に見初められたとは言え、大国の愛妾ではなく側室夫人たりえたのも、クリストフェル子爵家自体が元を辿ればソヴェスラフ侯爵家の血を持っていて、高位貴族として最低限の教育は為されていると見做されていたからだ。

 もちろんエヴェリーナ妃のや本人の努力によるところも大きかっただろうけど。

 閑話休題それはさておき
 今問題なのは、カプート子爵と領都ブラーガの商業ギルド、そしてナルディーニ侯爵家との関係であり、話だ。

「カプート子爵はシロだ。これは間違いない。問題は、領都商業ギルドとナルディーニ侯爵家が裏で手を組んで子爵を欺いてやしないか、ということを確認しないといけないね」

 そんな風に言葉を紡ぐリーリャギルド長に、私はちょっとだけ驚いた。

「リーリャギルド長は元領都商業ギルド長だったカプート子爵の方を、今のギルド長よりも信用されていらっしゃるんですね?」

「まあねぇ……そこまで器が小さいとは思いたかないが、今のギルド長は、同じギルド長だったはずが子爵家の婿に取り立てられたカプート子爵をちょっと妬んでいたフシがあったからねぇ……」

「お金なり地位なりに目が眩む可能性はゼロじゃない、と」

 返事の代わりにリーリャギルド長は軽く肩を竦めていた。

「今のカプート子爵とは、別の土地で一緒に仕事をしたこともあるしね。確かアズレートもそうさ。あのお人の有能さはアタシらもよく知っていてね」

「何かしら弱みでも握られて、今回のことに手を貸した可能性もゼロではないだろうが、あの人は多分そんなことをするくらいなら潔く身を引く人だ」

 隣でアズレート副ギルド長も頷いているからには、そのカプート子爵と言うのはかなり有能な人格者だと言うことなんだろう。

 婿入りの話がなければ、カプート子爵領のギルド長からいずれは王都に出てきたかも知れない人、ということにもなる。

「で、ユングベリ商会長。コイツはちょっと相談――と言うか、宰相閣下に持ちかけて貰いたい話になるんだけどね」

 トントン、と机に広げられた地図の上を指で叩きながら、リーリャギルド長がじっとこちらを覗き込んで来た。

「王都商業ギルドとして、この地図に書かれた流通路は責任を持って全て潰させて貰う。その過程で、カプート子爵やフラーヴェク子爵なんかの、ギルドと関わりのある爵位持ちおきぞくさまを何人か巻き込ませて貰いたい。目は瞑っておいて欲しい、とね」

「それは……」

「何をするのかは、ここでは伏せさせて貰うよ。知りたければ自らの足で聞きに来て貰いたいモンだね。まあ……結果として、一部の子爵男爵含め領主交代が必要になるかも知れんが、それも自業自得だろうし、そのあたり覚悟しておいてくれ、とね」


 商人には商人の戦い方があるのさ、とリーリャギルド長は不敵に微笑んだ。
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