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第三部 宰相閣下の婚約者

693 淑女による淑女のための紅茶教室(後)

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「え、ギーレンは違ったの?」

 シャルリーヌやシーグが私とほぼ同じリアクションを見せているので、ちょっと意外に思って聞いてみると、二人は一瞬だけ顔を見合わせていた。

 ベクレル伯爵令嬢として王妃教育を受けていたシャルリーヌはもちろん、エドベリ王子の侍従として王宮に居たからには、シーグはシーグでお茶を飲んだ経験はあるのかも知れない――十中八九毒見役になる為だった気はするけど。

「私の場合はもう種類がありすぎて、どの産地の茶葉にどのお茶請けが合うかって言う組み合わせを覚えるのでいっぱいいっぱいだったのよ。超有名な高級茶区の四つの茶葉は絶対押さえておくにしても、少しグレードの落ちる品種まで加えたら50以上になるのだもの」

「私も……ことのある邸宅おやしきで好まれていた茶葉を事前に調べておくのでいっぱいいっぱいでした」

 シーグの説明に含みを感じたのは、裏稼業を知っている私とシャルリーヌだけだろう。

 それよりも、シャルリーヌの「50種類以上の茶葉」の方に意識を持っていかれたのも、きっと理由としては大きいはず。

 翻ってアンジェスの場合、ヨンナが説明をしてくれたハユハ以外でも、同じ産地の茶園ではなるべく争わないようにと、それぞれの茶園における旬の時期は少しずつずらしてあるそうだ。

 そうすると、学び始めたの旬の時期から、まずは知って行けば良いと言う話になり、取っ掛かりとしては随分と楽なのかも知れない。

 エリィ義母様は、テーブルに置かれた茶葉入りの瓶を、22個の中からまず7個ピックアップしていた。

「まずは、今がちょうど旬の茶葉と、少し前が旬だった茶葉から飲んでみましょうか」

 いくらなんでも紅茶を一人22杯も飲むのは非現実的だ。
 料理用の小鉢サイズの容器に2~3口で飲める量を淹れて試飲していこうと言う話になった。

「この辺りがストレートティー向き、この辺りがミルクティー向きと言われているかしらね。もしイオタちゃんが『ロゼーシャ』入りのフレーバーティーにしたいのなら、渋みの少ないストレートティー向きの茶葉が良いんじゃないかと思うんだけれど……」

 そして既に全部の味を知るエリィ義母様は、シーグのヘルプに入って薔薇に合いそうな茶葉を考える方に回るつもりらしかった。

 私とシャルリーヌは、とりあえず全部飲む一択だ。

「まあ最初のうちは『味が違う』『渋い』『クセがあまりない』あたりから区別がつけば良いのかしらね」

 柔らかい、弾けるような爽やかさ、優しいコク……などと言い始めると、上級者のように思われて紅茶談義になだれ込む可能性が高いので、しばらくはおススメしないとエリィ義母様は苦笑いだった。

「イオタちゃん、このクヴィスト産のトゥシュとカシュヴァ、あとウチのミュクラとでまずは試してみない? きっと同じ『ロゼーシャ』の花では合わないと思うから、組み合わせを色々と試すことにはなるけれど……」

「あっ、はい、お願いします!」

 クヴィスト産の茶葉のうち「トゥシュ」が最も多くの茶園を抱えて、王都中心街での流通もポピュラーなものらしい。
 栽培、製茶含めての手間も少なく、年間を通じてそれなりの品質を保って出回る言わば汎用品。
 下位貴族層や富裕層市民がアンジェスの茶葉として何を挙げるかと言えば、そのトゥシュをまず挙げるのだそうだ。

 逆にカシュヴァは、高度の高い地域で収穫される、収穫量もあまり多くはない希少な品種。
 国内で最も高い値付けがされる茶葉になるらしい。

 そしてエリィ義母様お勧めのミュクラ。
 これらが茶葉の中でもストレートティー向きの、渋みの少ない品種と言うことらしい。

「えっと、じゃあ私が〝アンブローシュ〟でいただいた茶葉だともしかしてカシュヴァかも知れないってことですか?」

 高級な茶葉と聞けばアンブローシュで出されると勝手に認識してしまうのも、ある種の偏見あるいは弊害なのかも知れない。

 エリィ義母様は「そうとも違うとも言えるわね」と、若干言い方が曖昧だった。

「確かにカシュヴァの茶葉がメインではあるでしょうね。けれど他にも何かブレンドされているはずよ? そう何度も行ったわけではないし、細かい配合は私には分からないけれど、まず確実にハウスワインと同じ葡萄の香りづけはされてるわ」

「…………」

 予想よりも上な回答をいただきました、はい。さすが諸々手がこんでいます。

 だからこそ「カシュヴァ」の茶葉に『ロゼーシャ』と合う可能性があると言うことらしい。

 トゥシュの茶葉はベーシックであるが故に色々なブレンドの下地にもなっていること、ミュクルの茶葉も、好みが分かれがちなハユハの茶葉の味を和らげる組み合わせなため、フレーバーティーとしても合うかも知れないとのことだった。

 言われてみればフォルシアン邸の紅茶は、イデオン邸のそれよりも口当たりが柔らかかった気はする。
 なるほどチョコレートを引き立てるためのブレンドと言っていたのは、そういうことかと理解が進む。

 私やシャルリーヌはまずそれぞれのストレートの味から確かめている中、シーグとエリィ義母様は早速三種に『ロゼーシャ』を入れて蒸らすところから始めていた。

「レイナちゃんとシャルリーヌ嬢は、そのまま他の茶葉も試飲していきましょう。イオタちゃんは、今の三つと『ロゼーシャ』が合わなければ、そこで次にいきましょうか」

 これは、一口ずつにしてもお腹が膨れてしまいそうだった。
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