聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
658 / 804
第三部 宰相閣下の婚約者

674 その花束に愛はない

しおりを挟む
 コンティオラ公爵家の護衛ウリッセの義妹は、アジーラと言う名前らしい。

義兄にいさま……!」

 ウルリック副長やベルセリウス将軍の傍をすり抜けた儚げ美女が、ウリッセの胸に飛び込んで、その胸にしがみついていた。

義兄にいさま、義兄にいさま、どうして私なんかのために……!」

 しかも両手でドンドンと、ウリッセの胸を叩いている。

「アジーラ……怪我は?」

「ありません! ちょっと疲れただけです! 私は義兄にいさまにとっての人質だからと、ずっと閉じ込められていただけでしたわ! ……ちょっと一瞬、何言ってるのか分からない方が部屋にいらして気持ち悪かったですけど、それもあちらの方々が助けて下さいましたし!」

「「「…………」」」

 何を言っているのか分からない?
 気持ち悪い?

 もしかして、そこで項垂れている男のことだろうか……と、ウルリック副長に目線で問いかけてみたら、なかなかにステキな笑顔を返された。

「ちょうど我々がセルマの宿に踏み込んだ時に、二階の一室で滔々と三流舞台俳優の如く演説をぶっていた声が聞こえましてね」

 もともとアンジェスには、高位貴族向けの芝居文化はあまり根付いておらず、むしろ定期的に、王都の噴水広場を利用しての大道芸や旅一座による公演が開かれているんだそうだ。

 主に彼らはアンジェス国内を巡っており、市民層向けの娯楽要素が強いと言う。

 確かに一流もいれば二流三流もいるだろう。
 
 で? と思ったのが顔に出たのかも知れない。
 ウルリック副長は、その時の様子を詳しく思い出そうとするかの様に、口元に手をやって考え込んだ。

「正室はもう決めているが、キミのような清楚な美人も私は大歓迎だ……でしたか。私の家はそれなりに高位だし、何不自由のない暮らしをさせてあげられるぞ! とも言ってましたかね。まあ……花畑在住令嬢でなければ、普通に聞けば『コイツ何言ってんだ』になるのでは? 自分の功績で稼いだ金ではなく、親の地位と金とコネで出来た花束をドヤ顔で差し出しているようなものですし」

 前半の、恐らくはナルディーニ侯爵令息の発言と思われるそのナルシーな中身にもドン引きだけど、後半のウルリック副長のぶった切りにも驚いた。

「……そ、そうなのね」

 と言うかウルリック副長の方が、劇作家にでもなれそうな表現力を持ってはいまいか。

 どうやらウリッセの義妹アジーラさんは、しばらく捕まっていたからと言って、偽勇者ナルディーニに対して「吊り橋効果」を覚えるようなことにはならなかったらしい。

「くそっ……私はナルディーニ侯爵家の嫡男だぞ……私は……」

 親指の爪を嚙みながらブツブツと呟いているナルディーニ侯爵令息には、果たしてこちらの声は届いているのだろうか。

「副長……、壊れてませんか?」

 言外に「話が聞けるのか」と仄めかす私に「大丈夫ですよ」と副長は微笑んだ。

「ああいう手合いは、ちょっと本人のプライドをくすぐれば、すぐに意識がこちらに向きますから。今は好きなだけ落ち込ませておけば良いですよ」

「……ソウデスカ」

「レイナ嬢、深く追求せぬ方が良いぞ! ケネトのやることをイチイチ気にしていたら、胃に穴があくからな」

 私とウルリック副長のやりとりを聞きながら「ははは……!」と笑うベルセリウス将軍に「将軍は気にして下さい」と副長はピシャリと返していた。

 もっとも双方特に含むところはなく、これが通常運転ではあるのだが。

「――要はアジーラ嬢にとっては、ナルディーニ侯爵令息の言動はいちいち気持ちが悪かったと言うことです」

「あはは……」

 おかっぱワカメ。
 肩までの長さのワンレンウェーブ。

 形容詞は何でも良いけど、どうやらアジーラ嬢にとっては、その容姿は魅力的には映らなかったらしい。

「アジーラ……」

 そんなこちらのやり取りは、いやでも耳に入る。

 困惑も顕わに義妹を見下ろすウリッセを、アジーラ嬢はキッ!と見上げた。

義兄にいさま! もちろん、捕まってしまった私が言えたことではないのですけれど、どうして邸宅おやしきに許可のない者を引き入れてしまわれたのです⁉ お義母かあさまは、あれほど真摯に奥様にお仕えしていらしたのに……!」

 アジーラ嬢の血縁上の母親は、先代エモニエ侯爵の後妻だと言う話だけれど、どうやらアジーラ嬢にとっての「母」は、ヒルダ・コンティオラ公爵夫人の乳母を長年務めていた、ウリッセの実母にあたる女性の方であるらしかった。

「相手の立場が上だと思われたなら、もっと周りの方々を頼れば宜しかったのでは⁉ 義兄にいさまの周りには、知恵でも力でも、貸して下さるような方は一人もいらっしゃらなかったのですか⁉」

「それは……」

 グッと唇をかみしめるウリッセに、近くにいたヒース君が、その通りだと言わんばかりの視線を向けていた。

「そうだな、ウリッセ。私はここ何年も学園の寮にいた。邸宅やしきに誰か間者がいるかも知れないと思って話しづらかったのなら、私に話してみて欲しかったと思うよ。母が乳母を信頼していたのは、私の目からも明らかだった。来てくれれば最善の策を考えただろうと思うが……遅きに失したな」

「……っ」

 護衛の立場からすれば、主家の人間に相談を持ち掛けると言うのは、実際にはそう簡単なことではない。

 だけど今回は、どう考えても軽い人生相談レベルで済む話じゃなかった。

 ヒース君の器があれば、ちゃんと正面から向き合ってくれたのではないだろうか。

 それは多分、昨日今日顔見知りになった私なんかよりも、よほどウリッセが分かっていなければならなかったことだ。

 唇をかみしめて俯いたウリッセから、アジーラ嬢は静かに離れた。

 離れてそして――こちらに向かって深々と頭を下げた。

「実際の血のつながりはどうであれ、私の家族は兄ウリッセと亡き母の二人です。兄の罪は私の罪。亡き母に将来顔向けの出来る生き方を貫くためにも、私は兄と共に裁かれることを覚悟しております」

「‼」

 ウリッセと乳母が家族だと断言をするアジーラ嬢は〝カーテシー〟の礼を取らなかった。


 だけどその姿はこの場の誰よりも誇り高く、輝いて見えた。
しおりを挟む
感想 1,417

あなたにおすすめの小説

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

病弱な愛人の世話をしろと夫が言ってきたので逃げます

音爽(ネソウ)
恋愛
子が成せないまま結婚して5年後が過ぎた。 二人だけの人生でも良いと思い始めていた頃、夫が愛人を連れて帰ってきた……

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。