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第三部 宰相閣下の婚約者
645 報・連・相は必須です
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コンティオラ公爵家の令嬢とナルディーニ侯爵の弟夫人が、ヒース君と顔を合わせた後は、ナシオ調合の「朝まで深く眠れるお香」で眠っていると言うところは聞いた――と私が言うと「そうなのか」と、フィトが鼻を鳴らした。
「護衛の妹が人質にとられていることも?」
「うん」
「弟夫人が眠る前に何を言ったのかは?」
「あ、それは聞いてない」
聞けばそこは、ルヴェックがお香を焚いている中で催眠術よろしく話を聞きだしたらしい。
『誰も彼も、ヘタな特殊部隊員より優秀だ。それはレヴが白旗を上げるワケだ』
ぼそりとキーロが呟いたのがギーレンの地方言語だったので、理解出来たか出来なかったか、フィトもグザヴィエもそれには取り合わなかった。
私も「それで、何て?」と、話を進めることにした。
「ナルディーニ侯爵の弟って言うのが、領地と言うか兄侯爵の邸宅で、何者かに毒を盛られたと言ってる。死んじゃいないが、起き上がれる状態にはない、と」
「え、まさか〝痺れ茶〟説はホントの話?って言うか、なぜその話が王都にも来ず、しかも領地で放置なの」
普通、侯爵邸で侯爵本人ではないにしろ、庶子でもない弟に毒が盛られたとなれば、次は侯爵自身か跡取りか、あるいは犯人かも知れないと、大騒ぎになる筈だ。
フィトは「それな」と、頷いた。
「毒って夫人は言ってるが、そもそも〝痺れ茶〟自体を知らないんだから、動揺して付け込まれるのは無理ないと思うぜ?政略結婚でないなら、ダンナが倒れて動けなくなった時点で冷静にはなれねぇだろうし、王都まで来てどこかに訴え出るなんて頭も回らなかったんじゃねぇか?」
「実際に〝痺れ茶〟なのかどうかも、まだ確かなことは言えない。ただ夫人曰く夫が倒れる直前に、エモニエ侯爵領にある商会から、バリエンダールのとある公爵家との伝手があって珍しいお茶が手に入ったと勧められた……とかって会話があったらしい。だからまず間違いないだろうなって、こっちが判断している段階だ」
フィトの横から、グザヴィエもそう補足した。
情報は放置じゃなくて、抑え込まれてると考えた方が良いのか……。
少なくとも私には、そう思えた。
「そうなると、侯爵か息子か、どっちにしても味方じゃなく、むしろ首謀者の疑いが濃い……?」
口元に手を遣りながら呟いた私に「ちょっと違うぞ、それ」と、フィトが再び続けた。
「濃いもなにも、そこは侯爵が夫人に『症状を抑える薬が手に入りそうだが、高価な上に危ない橋を渡らないといけない。薬の入手は侯爵家でやるから、別のところで手を貸して欲しい』って言ったらしいぜ」
その、手を貸して欲しい「別のところ」とは、コンティオラ公爵家から薬の代価となる資金を引き出すこと――だったそうだ。
どうしてもお嬢様には資金を出していただかないと――と、夫人はうわ言のように言っていたとか。
そんな話なら、ホタテ漁場の話など持ち出さずとも、夫の昏倒と薬代を出して欲しいことを素直に告げた方がよほど良い筈なのに、恐らくはそんなところにまで頭が回らず、言われるがままに動いてしまっているんだろう。
「じゃあ、どこをどうしたって、今回の脚本書いた内の一人はナルディーニ侯爵だって話になるね」
ブロッカ商会は、商会長夫人が元エモニエ侯爵令嬢。
先代エモニエ侯爵の後妻は、バリエンダールのベッカリーア公爵家派閥の元伯爵令嬢。
護衛の妹は、実はエモニエ侯爵の後妻とナルディーニ侯爵との間に生まれた子。
もしかしたら元エモニエ侯爵令嬢は、思うようにお金を使えない今の生活が不満で、元の地位に戻りたいのかも知れない。
先代エモニエ侯爵の後妻は、自分の娘すなわち護衛の妹を使って、ベッカリーア公爵家派閥のとある伯爵家を潰したいと思っていると言う。
ベッカリーア公爵家とナルディーニ侯爵家は、密かに流通させる筈だった〝痺れ茶〟がストップしている現状を何とかして、開発や購入に使った資金をそれぞれに回収したいと考えている。
今不確かなところは、バリエンダール側でこの件に関わっている、ベッカリーア公爵家関係者が誰かと言うことだけなんじゃないだろうか。
「えぇ……これ、ベルセリウス将軍たちを動かしたいって言うだけじゃ、エドヴァルド様に『報・連・相』が不足してるって怒られるよ……」
「ほうれんそうって何だ?」
エドヴァルドに怒られる、のところでピクリと反応したフィトがこちらへと聞いてきた。
私が「報告・連絡・相談の省略形」と答えると「なるほど」と三人ともが納得の表情を見せた。
「バリエンダール側の〝痺れ茶〟の道に関しては、向こうのナザリオギルド長に話を通せば、多分一発で釣り上がる筈なのよ。フォサーティ宰相令息とかミラン王太子とかとの繋がりもあるから、何とでも出来る立ち位置にいる人だし……ただタイミングを考えないと、ミラン王太子の思惑を阻んでしまう可能性があるのよね」
ナザリオギルド長が独断で動いた結果、ベッカリーア公爵家の本丸に辿り着く前に消火されてしまったりしては、恐らく三国会談中のミラン王太子の「大掃除」は失敗に終わってしまう。
宰相名や国王名でいきなり手紙を届けようとすると、バリエンダール王宮内で誰の目に触れないとも限らない。
「一番良いのは、エドヴァルド様に『バリエンダール側の〝痺れ茶〟ルートを潰すのにも役立つであろう証言者が、アンジェスにいる』と言う手紙を書いて貰って、それをユングベリ商会からナザリオギルド長宛出して、他言無用でミラン王太子に届けて貰うことだよね……」
ナルディーニ侯爵なり先代エモニエ侯爵の後妻なり、ブロッカ商会の商会長なり、バリエンダール側にとっても証人になり得る人間は複数存在している。
それを国王に報告するか、国王がアンジェスに向かうまで伏せるか――判断するのはミラン王太子と言うことになり、国としても次期国王に貸しが作れることになる。
「なら、ゲルトナーを邸宅からお館様のところに行かせれば良い」
どうしたものかと思っていたそこへ、グザヴィエがそんなことを言い出した。
「俺とゲルトナーなら会話が可能だ。ここと王宮くらいの距離ならば、わけはない」
「ああ、それで時間差ナシに会話が出来ると……」
どうやら〝鷹の眼〟の謎の霊媒師的連絡能力は、ここにも保持者がいたようだ。
じゃあ頼もうかな……と私が言いかけたところに、フィトの冷静なツッコミが入った。
「そこで自分が行ってゲルトナーをここへ来させると言わないあたり、万一宰相室が吹雪いたら、ゲルトナーを生贄にしようって思惑が透けて見えるな、グザヴィエ」
「なら、おまえが行けば良い、フィト」
「残念、俺には『念話』の能力はねぇんだよな」
「結局行きたくないのは同じだろう」
で、どうする?と言わんばかりに二人の視線がこちらを向いた。
「あ、ヒドイ!それって最終的に私の所為ってコトになるじゃん!」
私は思わず抗議をしていたけれど、普通に考えれば、ゲルトナーがここへ来るのを待ってグザヴィエが王宮に行くよりも、ゲルトナーがイデオン邸からそのまま王宮に向かう方が早い。
今頃はトーカレヴァがリファちゃんからのお手紙を受け取って、宰相室で話をする頃だろうから、そこに加われるなら、それに越したことはない。
(……うん、ゲルトナーごめん!)
結局私はグザヴィエの案を呑んで、ゲルトナーに王宮に向かって貰うことにした。
「護衛の妹が人質にとられていることも?」
「うん」
「弟夫人が眠る前に何を言ったのかは?」
「あ、それは聞いてない」
聞けばそこは、ルヴェックがお香を焚いている中で催眠術よろしく話を聞きだしたらしい。
『誰も彼も、ヘタな特殊部隊員より優秀だ。それはレヴが白旗を上げるワケだ』
ぼそりとキーロが呟いたのがギーレンの地方言語だったので、理解出来たか出来なかったか、フィトもグザヴィエもそれには取り合わなかった。
私も「それで、何て?」と、話を進めることにした。
「ナルディーニ侯爵の弟って言うのが、領地と言うか兄侯爵の邸宅で、何者かに毒を盛られたと言ってる。死んじゃいないが、起き上がれる状態にはない、と」
「え、まさか〝痺れ茶〟説はホントの話?って言うか、なぜその話が王都にも来ず、しかも領地で放置なの」
普通、侯爵邸で侯爵本人ではないにしろ、庶子でもない弟に毒が盛られたとなれば、次は侯爵自身か跡取りか、あるいは犯人かも知れないと、大騒ぎになる筈だ。
フィトは「それな」と、頷いた。
「毒って夫人は言ってるが、そもそも〝痺れ茶〟自体を知らないんだから、動揺して付け込まれるのは無理ないと思うぜ?政略結婚でないなら、ダンナが倒れて動けなくなった時点で冷静にはなれねぇだろうし、王都まで来てどこかに訴え出るなんて頭も回らなかったんじゃねぇか?」
「実際に〝痺れ茶〟なのかどうかも、まだ確かなことは言えない。ただ夫人曰く夫が倒れる直前に、エモニエ侯爵領にある商会から、バリエンダールのとある公爵家との伝手があって珍しいお茶が手に入ったと勧められた……とかって会話があったらしい。だからまず間違いないだろうなって、こっちが判断している段階だ」
フィトの横から、グザヴィエもそう補足した。
情報は放置じゃなくて、抑え込まれてると考えた方が良いのか……。
少なくとも私には、そう思えた。
「そうなると、侯爵か息子か、どっちにしても味方じゃなく、むしろ首謀者の疑いが濃い……?」
口元に手を遣りながら呟いた私に「ちょっと違うぞ、それ」と、フィトが再び続けた。
「濃いもなにも、そこは侯爵が夫人に『症状を抑える薬が手に入りそうだが、高価な上に危ない橋を渡らないといけない。薬の入手は侯爵家でやるから、別のところで手を貸して欲しい』って言ったらしいぜ」
その、手を貸して欲しい「別のところ」とは、コンティオラ公爵家から薬の代価となる資金を引き出すこと――だったそうだ。
どうしてもお嬢様には資金を出していただかないと――と、夫人はうわ言のように言っていたとか。
そんな話なら、ホタテ漁場の話など持ち出さずとも、夫の昏倒と薬代を出して欲しいことを素直に告げた方がよほど良い筈なのに、恐らくはそんなところにまで頭が回らず、言われるがままに動いてしまっているんだろう。
「じゃあ、どこをどうしたって、今回の脚本書いた内の一人はナルディーニ侯爵だって話になるね」
ブロッカ商会は、商会長夫人が元エモニエ侯爵令嬢。
先代エモニエ侯爵の後妻は、バリエンダールのベッカリーア公爵家派閥の元伯爵令嬢。
護衛の妹は、実はエモニエ侯爵の後妻とナルディーニ侯爵との間に生まれた子。
もしかしたら元エモニエ侯爵令嬢は、思うようにお金を使えない今の生活が不満で、元の地位に戻りたいのかも知れない。
先代エモニエ侯爵の後妻は、自分の娘すなわち護衛の妹を使って、ベッカリーア公爵家派閥のとある伯爵家を潰したいと思っていると言う。
ベッカリーア公爵家とナルディーニ侯爵家は、密かに流通させる筈だった〝痺れ茶〟がストップしている現状を何とかして、開発や購入に使った資金をそれぞれに回収したいと考えている。
今不確かなところは、バリエンダール側でこの件に関わっている、ベッカリーア公爵家関係者が誰かと言うことだけなんじゃないだろうか。
「えぇ……これ、ベルセリウス将軍たちを動かしたいって言うだけじゃ、エドヴァルド様に『報・連・相』が不足してるって怒られるよ……」
「ほうれんそうって何だ?」
エドヴァルドに怒られる、のところでピクリと反応したフィトがこちらへと聞いてきた。
私が「報告・連絡・相談の省略形」と答えると「なるほど」と三人ともが納得の表情を見せた。
「バリエンダール側の〝痺れ茶〟の道に関しては、向こうのナザリオギルド長に話を通せば、多分一発で釣り上がる筈なのよ。フォサーティ宰相令息とかミラン王太子とかとの繋がりもあるから、何とでも出来る立ち位置にいる人だし……ただタイミングを考えないと、ミラン王太子の思惑を阻んでしまう可能性があるのよね」
ナザリオギルド長が独断で動いた結果、ベッカリーア公爵家の本丸に辿り着く前に消火されてしまったりしては、恐らく三国会談中のミラン王太子の「大掃除」は失敗に終わってしまう。
宰相名や国王名でいきなり手紙を届けようとすると、バリエンダール王宮内で誰の目に触れないとも限らない。
「一番良いのは、エドヴァルド様に『バリエンダール側の〝痺れ茶〟ルートを潰すのにも役立つであろう証言者が、アンジェスにいる』と言う手紙を書いて貰って、それをユングベリ商会からナザリオギルド長宛出して、他言無用でミラン王太子に届けて貰うことだよね……」
ナルディーニ侯爵なり先代エモニエ侯爵の後妻なり、ブロッカ商会の商会長なり、バリエンダール側にとっても証人になり得る人間は複数存在している。
それを国王に報告するか、国王がアンジェスに向かうまで伏せるか――判断するのはミラン王太子と言うことになり、国としても次期国王に貸しが作れることになる。
「なら、ゲルトナーを邸宅からお館様のところに行かせれば良い」
どうしたものかと思っていたそこへ、グザヴィエがそんなことを言い出した。
「俺とゲルトナーなら会話が可能だ。ここと王宮くらいの距離ならば、わけはない」
「ああ、それで時間差ナシに会話が出来ると……」
どうやら〝鷹の眼〟の謎の霊媒師的連絡能力は、ここにも保持者がいたようだ。
じゃあ頼もうかな……と私が言いかけたところに、フィトの冷静なツッコミが入った。
「そこで自分が行ってゲルトナーをここへ来させると言わないあたり、万一宰相室が吹雪いたら、ゲルトナーを生贄にしようって思惑が透けて見えるな、グザヴィエ」
「なら、おまえが行けば良い、フィト」
「残念、俺には『念話』の能力はねぇんだよな」
「結局行きたくないのは同じだろう」
で、どうする?と言わんばかりに二人の視線がこちらを向いた。
「あ、ヒドイ!それって最終的に私の所為ってコトになるじゃん!」
私は思わず抗議をしていたけれど、普通に考えれば、ゲルトナーがここへ来るのを待ってグザヴィエが王宮に行くよりも、ゲルトナーがイデオン邸からそのまま王宮に向かう方が早い。
今頃はトーカレヴァがリファちゃんからのお手紙を受け取って、宰相室で話をする頃だろうから、そこに加われるなら、それに越したことはない。
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