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第三部 宰相閣下の婚約者
【コンティオラSide】英雄マトヴェイの軌道(中)
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先代〝聖者〟カスパルの死は、対外的には病死とされている。
だが実際には殺害されてしまったと言うのが箝口令の敷かれた事実であり「何故」と言う部分においては、王宮内では隣国ギーレンからの刺客が潜り込んでいたのではないかと、まことしやかに囁かれた。
イデオン宰相がしばらくの間、陛下の周りの護衛を強化していたようだから、余計にその推測が既定のものであるかのように周囲は認識していたのだ。
国が次の〝扉の守護者〟を探す際には、管理部の上層部しか使用を許可されていない特殊な魔方陣を形成する道具を使って、次代に相応しい魔力の持ち主を探し出すのだと聞く。
これまでは、その反応に従って王宮から人を派遣し、礼を尽くしてこちらにお迎えするのだと、先代の経緯を知る官吏からは聞いていたのだが、今回は、どうやら事情が異なっていた。
ベルィフでもギーレンでもバリエンダールでもサレステーデでもない、書庫の地図にもない国からの反応だと言うことで、直接魔方陣の中に招く形となって、管理部の術者の多くが、短期間とは言え療養を余儀なくされるほどの事態になった。
新たな〝扉の守護者〟は女性、それもまだ十代の少女だと言う。
「ドレスや宝石があって、近い年代の男が適度にちやほやしていれば文句は言わないように見えるな。ただ本人はそれで良くとも、彼女がいた国の方が違うかも知れない。可能であれば国交を結ぶことも視野にいれねばならんだろうから、調べてくれ」
その後典礼部門の下にある外交部の方で、新たな〝聖女〟の住んでいた国に関しての話を何度か聞いてはみたものの、担当者曰く「聞いたことのない単語も多く、どうやら社会の仕組みそのものが違うと言わざるを得ない」との、半ばお手上げ発言が返ってきただけだった。
縁組の話の出ない陛下に――との声も当初はあったのだが、どうやらすぐに陛下は辟易してしまったらしかった。
魔力を〝扉〟に何度か流したこと以外には、お茶を飲むかドレスや宝石の商人を呼んで買い物をするかと言った、どこの王女様かと思うような生活を送っているのだそうだ。
国としてはいきなり呼んでしまった手前、少女の要望は出来るだけ叶える方向で動かざるを得ないのだが、このままでは周辺国の王族が外交でやって来た時の簡単な披露目すら出来そうにないと、イデオン宰相経由で状況を聞いたらしい我が部署の上官――ケイス・コンティオラ公爵の溜息を、慣れている外交部の面々は確かに耳にした。
特に陛下を裏切ったり蔑ろにしたワケでもない間は、その新たな〝聖女〟が排斥されることもあるまいと、私などは思うのだが、周囲に染み付いた評価はなかなか消えないのだろう。徐々に腫れ物に触るかのように、皆が遠巻きに様子を窺い始めてしまった。
事態が膠着しかかった、そんな中でもう一人――〝聖女の姉〟が、現れたのだ。
* * *
結果的に、我が国が新たな〝聖女〟及びその姉が住んでいたと言う国と、新たな国交を結ぶと言う話は立ち消えになった。
こちらの部署の人間は、姉の方とは直接の接触を誰もしていない。
イデオン宰相宅で、本来の〝聖女〟に求められていた、対外的な折衝をこなすための教育を受けるとかで、王宮でほぼ姿を見ることがなくなってしまったのだ。
宰相経由で聞けば、どうやら〝転移扉〟で双方の国を繋ぐのには、よほどの条件が重ならないと難しいだろうと言うことで、定期的な交流と言う意味でも無理だと判断されたのだ。
これからは、その姉が〝聖女〟の対外的な公務をこなし、妹の〝扉〟の維持を支えるのかと、王宮ではそんな風にしばらくの間は思われていた。
――隣国から、新たな〝扉の守護者〟の資格を持つ者が現れるまでは。
よりによって隣国ギーレンからの亡命者と言うこともあって、当初外交部では連日会議が開かれた。
犯罪者でもない限り、亡命はどの国であっても拒否されることはほとんどない。
当人の意思と人権が何よりも尊重されるからだ。
更に本人がアンジェスの親類伯爵家を頼ってやって来ていたことや、我が国が〝扉の守護者〟を探していた時には、隣国での次代の〝聖女〟候補と思われていたがために、今まで誰も気が付いていなかった。
ちょうどその頃、ギーレンのエドベリ第二王子が外交交流で我が国にやって来ることが既に決まっていた。
通常の外交と呼ぶには若干近い訪問の打診だったとは思うが、どうやら第一王子が国内で失脚したらしい情報が洩れ伝わってきており、事実上の王太子としての披露目、立太子のための布石だろうと、こちらもそれを受け入れたのだ。
そしていざエドベリ殿下がやって来る頃になって、初めてシャルリーヌ・ボードリエ伯爵令嬢の存在を、陛下から聞かされた。
エドベリ殿下は、どうやらボードリエ伯爵令嬢をギーレンに連れ帰ることを狙ってやって来るようだ、とも。
そのうえ、いざエドベリ殿下がやって来たところで、何故かボードリエ伯爵令嬢はそのまま国内に留まり、現〝聖女〟であるマナ・ソガワ嬢がイデオン宰相と共に「交流のため」とギーレン国に出かけて行った。
あれほど「外交は無理」と言い、歓迎式典までは確かに姉がフォローをしていた筈なのに。
「どうやら、陛下には何かお考えがおありのようだ。私などには分からぬよ」
コンティオラ閣下はそう言って日常業務と、ギーレンからは〝転移扉〟の故障と言われ帰国の遅れる宰相閣下のフォローと、扉修理の督促とを必死でこなしておられる。
まさかそのまま交換留学などと言う、裏に何かありそうな感満載の話が成立してしまい、姉妹それぞれが別の国に住まうなどと言う状況が成立するなどとは、外交部の誰も思わなかった。
私にはこの時まで〝聖女の姉〟と言うのは、その程度の認識でしかなかったのだ。
だが実際には殺害されてしまったと言うのが箝口令の敷かれた事実であり「何故」と言う部分においては、王宮内では隣国ギーレンからの刺客が潜り込んでいたのではないかと、まことしやかに囁かれた。
イデオン宰相がしばらくの間、陛下の周りの護衛を強化していたようだから、余計にその推測が既定のものであるかのように周囲は認識していたのだ。
国が次の〝扉の守護者〟を探す際には、管理部の上層部しか使用を許可されていない特殊な魔方陣を形成する道具を使って、次代に相応しい魔力の持ち主を探し出すのだと聞く。
これまでは、その反応に従って王宮から人を派遣し、礼を尽くしてこちらにお迎えするのだと、先代の経緯を知る官吏からは聞いていたのだが、今回は、どうやら事情が異なっていた。
ベルィフでもギーレンでもバリエンダールでもサレステーデでもない、書庫の地図にもない国からの反応だと言うことで、直接魔方陣の中に招く形となって、管理部の術者の多くが、短期間とは言え療養を余儀なくされるほどの事態になった。
新たな〝扉の守護者〟は女性、それもまだ十代の少女だと言う。
「ドレスや宝石があって、近い年代の男が適度にちやほやしていれば文句は言わないように見えるな。ただ本人はそれで良くとも、彼女がいた国の方が違うかも知れない。可能であれば国交を結ぶことも視野にいれねばならんだろうから、調べてくれ」
その後典礼部門の下にある外交部の方で、新たな〝聖女〟の住んでいた国に関しての話を何度か聞いてはみたものの、担当者曰く「聞いたことのない単語も多く、どうやら社会の仕組みそのものが違うと言わざるを得ない」との、半ばお手上げ発言が返ってきただけだった。
縁組の話の出ない陛下に――との声も当初はあったのだが、どうやらすぐに陛下は辟易してしまったらしかった。
魔力を〝扉〟に何度か流したこと以外には、お茶を飲むかドレスや宝石の商人を呼んで買い物をするかと言った、どこの王女様かと思うような生活を送っているのだそうだ。
国としてはいきなり呼んでしまった手前、少女の要望は出来るだけ叶える方向で動かざるを得ないのだが、このままでは周辺国の王族が外交でやって来た時の簡単な披露目すら出来そうにないと、イデオン宰相経由で状況を聞いたらしい我が部署の上官――ケイス・コンティオラ公爵の溜息を、慣れている外交部の面々は確かに耳にした。
特に陛下を裏切ったり蔑ろにしたワケでもない間は、その新たな〝聖女〟が排斥されることもあるまいと、私などは思うのだが、周囲に染み付いた評価はなかなか消えないのだろう。徐々に腫れ物に触るかのように、皆が遠巻きに様子を窺い始めてしまった。
事態が膠着しかかった、そんな中でもう一人――〝聖女の姉〟が、現れたのだ。
* * *
結果的に、我が国が新たな〝聖女〟及びその姉が住んでいたと言う国と、新たな国交を結ぶと言う話は立ち消えになった。
こちらの部署の人間は、姉の方とは直接の接触を誰もしていない。
イデオン宰相宅で、本来の〝聖女〟に求められていた、対外的な折衝をこなすための教育を受けるとかで、王宮でほぼ姿を見ることがなくなってしまったのだ。
宰相経由で聞けば、どうやら〝転移扉〟で双方の国を繋ぐのには、よほどの条件が重ならないと難しいだろうと言うことで、定期的な交流と言う意味でも無理だと判断されたのだ。
これからは、その姉が〝聖女〟の対外的な公務をこなし、妹の〝扉〟の維持を支えるのかと、王宮ではそんな風にしばらくの間は思われていた。
――隣国から、新たな〝扉の守護者〟の資格を持つ者が現れるまでは。
よりによって隣国ギーレンからの亡命者と言うこともあって、当初外交部では連日会議が開かれた。
犯罪者でもない限り、亡命はどの国であっても拒否されることはほとんどない。
当人の意思と人権が何よりも尊重されるからだ。
更に本人がアンジェスの親類伯爵家を頼ってやって来ていたことや、我が国が〝扉の守護者〟を探していた時には、隣国での次代の〝聖女〟候補と思われていたがために、今まで誰も気が付いていなかった。
ちょうどその頃、ギーレンのエドベリ第二王子が外交交流で我が国にやって来ることが既に決まっていた。
通常の外交と呼ぶには若干近い訪問の打診だったとは思うが、どうやら第一王子が国内で失脚したらしい情報が洩れ伝わってきており、事実上の王太子としての披露目、立太子のための布石だろうと、こちらもそれを受け入れたのだ。
そしていざエドベリ殿下がやって来る頃になって、初めてシャルリーヌ・ボードリエ伯爵令嬢の存在を、陛下から聞かされた。
エドベリ殿下は、どうやらボードリエ伯爵令嬢をギーレンに連れ帰ることを狙ってやって来るようだ、とも。
そのうえ、いざエドベリ殿下がやって来たところで、何故かボードリエ伯爵令嬢はそのまま国内に留まり、現〝聖女〟であるマナ・ソガワ嬢がイデオン宰相と共に「交流のため」とギーレン国に出かけて行った。
あれほど「外交は無理」と言い、歓迎式典までは確かに姉がフォローをしていた筈なのに。
「どうやら、陛下には何かお考えがおありのようだ。私などには分からぬよ」
コンティオラ閣下はそう言って日常業務と、ギーレンからは〝転移扉〟の故障と言われ帰国の遅れる宰相閣下のフォローと、扉修理の督促とを必死でこなしておられる。
まさかそのまま交換留学などと言う、裏に何かありそうな感満載の話が成立してしまい、姉妹それぞれが別の国に住まうなどと言う状況が成立するなどとは、外交部の誰も思わなかった。
私にはこの時まで〝聖女の姉〟と言うのは、その程度の認識でしかなかったのだ。
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