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第三部 宰相閣下の婚約者
637 その鳥の安眠は守ります!
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「はい、リファちゃん。あーん」
リファちゃんに「あーん」が分かるのかどうかはともかく、十中八九、私が声に合わせて口を開いているのを見て、真似して口を開いているんだろうなと思った。
かぱっと小さな口が開いたところに、小さめに刻んだ害獣肉の脂身をそっと乗せる。
「美味しい? リファちゃん」
「ぴっ」
「そっか、じゃあ、もうひとくち食べる?」
「ぴぃっ」
「はい、あーん」
ヒース君がコンティオラ公爵邸に向かい、お義兄様が打ち合わせのために席を外したのを見てから、私はリファちゃんにエサやりをするため食堂に戻った。
家令、侍女の皆さまにも、自分の仕事をしてくれて良いと言っておいた。
ばたばた動いていれば、いやでも私のことは視界に入るだろうからだ。
エリィ義母様がコンティオラ公爵夫人を来客用の部屋に案内しに行ったので、今はだだっ広い食堂に、私ひとりだ。
夫人は、私がまだ起きていると宣言している以上、自分が休むことに躊躇しているフシがあったものの、そこはもう、事態が動いたところで起こす――と言うことで押し切った。
休むことはもちろん、自分ひとりで、起きた事態を整理する時間だって必要だろうと思うのだ。
同じ、子を持つ母親としてエリィ義母様に付き添いで行っては貰ったものの、多分エリィ義母様はそのうち戻って来るだろう。
エリィ義母様も休んで下さいね、とは言ったものの、私やお義兄様が起きていると分かっていて、自分だけ休むことはしない気がしている。
とりあえず、主要人物のいない今のうちに――と、私は最初にキーロから握らされていた、リファちゃん便の小さな紙をようやくここで読むことが出来た。
リファちゃんの秘密を知られてはいけないのはもちろんだけど、キーロがこっそり「自己紹介、レヴが、書いた」と、自分を指しながら中身を呟いてくれていたので、特に急いで目を通すことをしなかったのだ。
あーん、とまたひとつ肉片をリファちゃんの口に運びながら紙片に目を通すと、そこにはキリーロヴ・ソゾンは「実行部隊」側の人間だから、場に応じて使ってくれて大丈夫だと書かれていた。
(何が大丈夫なの、レヴ……)
トーカレヴァは、特殊部隊所属時代は「諜報部隊」側の人間だったと言うから、侵入より潜入派。
斥候としての邸宅への侵入や、場合によっては暗殺までをこなせるのが「実行部隊」だとも以前に聞いた。
個人の腕としてはキーロの方が上だと言うことを伝えたいのかも知れなかった。
紙片は後でこっそり厨房で燃やさせて貰おう。
「あー……リファちゃんの寝床、ちゃんと作らないとだよね……」
一通り、お肉を食べて水を飲んで満足したっぽいリファちゃんが、テーブルの上にハンカチを何枚も重ねて置いた簡易寝床の上にじっと蹲った。
野生のヘリファルテは夜行性だそうだけど、そのあたりは、トーカレヴァがいつでもどこでも睡眠時間を確保出来るよう、特殊部隊に所属していた時の生活スタイルに合わせて仕込んでいるらしい。
下手な人間サマより優秀なんじゃないだろうか、リファちゃん。
「あ、ちょうど良いからエリィ義母様との淑女教育で刺繍する時に、小さなクッション作ろうかな……リファちゃんの寝床」
「ぴ……?」
「ああ、いい、いい。お仕事の時には起こすから。お疲れ、リファちゃん」
頭から背中をそっと撫でていると、徐々にリファちゃんの眼がトロンと閉じられていく。
とりあえず、様子を見に来た家令のラリに、誰かこの部屋に入る際には、静かに入って貰うようお願いして貰うことにした。
リファちゃんの安眠妨害は、許しません!
* * *
さて、そろそろコンティオラ公爵邸にヒース君が入った頃だろうかと思っていると、この邸宅内にいる筈のエリィ義母様やお義兄様よりも先に、外に出ていた筈のキーロが何故か最初にここへと戻って来た。
「坊ちゃん、邸宅、入った」
「……早いね、キーロ」
「慣れている。それほど難しいこと、していない」
「……なるほど」
多分〝鷹の眼〟と一緒で、聞いても分からないだろうから、もうツッコまないことにした。
それより、だ。
「ねぇ、キーロ。さっき話が途中になっていたけど、言葉、無理にアンジェス語でなくても大丈夫よ?」
「……けど」
「そのあたり、レヴも何か言ってなかった?」
「…………」
とは言え私の場合、相手が先に話をしてくれないとどうしようもないので、黙って続きを促すことしか出来ない。
少しの間、思い返すかのような表情を見せた後で、キーロがゆっくりと口を開いた。
『……レヴは、話すだけならレイナ様はどこの言葉でも不自由がない、と』
『うん、間違ってないね』
言葉が変わったのかどうか、私には分からないけれど、キーロが微かに目を瞠ったことからも、今のはギーレンの地方言語になっていたと言うことなんだろう。
『まぁ、キーロに特技があるように、これが私の特技ってコトで。深く追求しないで、とりあえず今、見てきたかやってきたかしたこと、教えてよ』
コンティオラ公爵邸の様子を探って来たのかと遠回しに聞けば、キーロは小さく頷いていた。
『オレと自警団のラジス副団長は、正門から馬車を見送っただけだ。中に入るのは、もう他の者がその役割を担っているワケだから、オレたちは外の様子を探った』
どうやら自分の元の言語で話した場合には、一人称は「オレ」になるらしい。
頭の片隅でそんなことを思いながらも、私はキーロが続きを話すのを待った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アンケート、ご協力有難うございます!
一応明日まで受付とさせて頂く予定ですm(_ _)m
コメント欄への返信も、その後でさせて頂けたらと思います。
引き続きどうぞ宜しくお願い致します。
リファちゃんに「あーん」が分かるのかどうかはともかく、十中八九、私が声に合わせて口を開いているのを見て、真似して口を開いているんだろうなと思った。
かぱっと小さな口が開いたところに、小さめに刻んだ害獣肉の脂身をそっと乗せる。
「美味しい? リファちゃん」
「ぴっ」
「そっか、じゃあ、もうひとくち食べる?」
「ぴぃっ」
「はい、あーん」
ヒース君がコンティオラ公爵邸に向かい、お義兄様が打ち合わせのために席を外したのを見てから、私はリファちゃんにエサやりをするため食堂に戻った。
家令、侍女の皆さまにも、自分の仕事をしてくれて良いと言っておいた。
ばたばた動いていれば、いやでも私のことは視界に入るだろうからだ。
エリィ義母様がコンティオラ公爵夫人を来客用の部屋に案内しに行ったので、今はだだっ広い食堂に、私ひとりだ。
夫人は、私がまだ起きていると宣言している以上、自分が休むことに躊躇しているフシがあったものの、そこはもう、事態が動いたところで起こす――と言うことで押し切った。
休むことはもちろん、自分ひとりで、起きた事態を整理する時間だって必要だろうと思うのだ。
同じ、子を持つ母親としてエリィ義母様に付き添いで行っては貰ったものの、多分エリィ義母様はそのうち戻って来るだろう。
エリィ義母様も休んで下さいね、とは言ったものの、私やお義兄様が起きていると分かっていて、自分だけ休むことはしない気がしている。
とりあえず、主要人物のいない今のうちに――と、私は最初にキーロから握らされていた、リファちゃん便の小さな紙をようやくここで読むことが出来た。
リファちゃんの秘密を知られてはいけないのはもちろんだけど、キーロがこっそり「自己紹介、レヴが、書いた」と、自分を指しながら中身を呟いてくれていたので、特に急いで目を通すことをしなかったのだ。
あーん、とまたひとつ肉片をリファちゃんの口に運びながら紙片に目を通すと、そこにはキリーロヴ・ソゾンは「実行部隊」側の人間だから、場に応じて使ってくれて大丈夫だと書かれていた。
(何が大丈夫なの、レヴ……)
トーカレヴァは、特殊部隊所属時代は「諜報部隊」側の人間だったと言うから、侵入より潜入派。
斥候としての邸宅への侵入や、場合によっては暗殺までをこなせるのが「実行部隊」だとも以前に聞いた。
個人の腕としてはキーロの方が上だと言うことを伝えたいのかも知れなかった。
紙片は後でこっそり厨房で燃やさせて貰おう。
「あー……リファちゃんの寝床、ちゃんと作らないとだよね……」
一通り、お肉を食べて水を飲んで満足したっぽいリファちゃんが、テーブルの上にハンカチを何枚も重ねて置いた簡易寝床の上にじっと蹲った。
野生のヘリファルテは夜行性だそうだけど、そのあたりは、トーカレヴァがいつでもどこでも睡眠時間を確保出来るよう、特殊部隊に所属していた時の生活スタイルに合わせて仕込んでいるらしい。
下手な人間サマより優秀なんじゃないだろうか、リファちゃん。
「あ、ちょうど良いからエリィ義母様との淑女教育で刺繍する時に、小さなクッション作ろうかな……リファちゃんの寝床」
「ぴ……?」
「ああ、いい、いい。お仕事の時には起こすから。お疲れ、リファちゃん」
頭から背中をそっと撫でていると、徐々にリファちゃんの眼がトロンと閉じられていく。
とりあえず、様子を見に来た家令のラリに、誰かこの部屋に入る際には、静かに入って貰うようお願いして貰うことにした。
リファちゃんの安眠妨害は、許しません!
* * *
さて、そろそろコンティオラ公爵邸にヒース君が入った頃だろうかと思っていると、この邸宅内にいる筈のエリィ義母様やお義兄様よりも先に、外に出ていた筈のキーロが何故か最初にここへと戻って来た。
「坊ちゃん、邸宅、入った」
「……早いね、キーロ」
「慣れている。それほど難しいこと、していない」
「……なるほど」
多分〝鷹の眼〟と一緒で、聞いても分からないだろうから、もうツッコまないことにした。
それより、だ。
「ねぇ、キーロ。さっき話が途中になっていたけど、言葉、無理にアンジェス語でなくても大丈夫よ?」
「……けど」
「そのあたり、レヴも何か言ってなかった?」
「…………」
とは言え私の場合、相手が先に話をしてくれないとどうしようもないので、黙って続きを促すことしか出来ない。
少しの間、思い返すかのような表情を見せた後で、キーロがゆっくりと口を開いた。
『……レヴは、話すだけならレイナ様はどこの言葉でも不自由がない、と』
『うん、間違ってないね』
言葉が変わったのかどうか、私には分からないけれど、キーロが微かに目を瞠ったことからも、今のはギーレンの地方言語になっていたと言うことなんだろう。
『まぁ、キーロに特技があるように、これが私の特技ってコトで。深く追求しないで、とりあえず今、見てきたかやってきたかしたこと、教えてよ』
コンティオラ公爵邸の様子を探って来たのかと遠回しに聞けば、キーロは小さく頷いていた。
『オレと自警団のラジス副団長は、正門から馬車を見送っただけだ。中に入るのは、もう他の者がその役割を担っているワケだから、オレたちは外の様子を探った』
どうやら自分の元の言語で話した場合には、一人称は「オレ」になるらしい。
頭の片隅でそんなことを思いながらも、私はキーロが続きを話すのを待った。
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