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第三部 宰相閣下の婚約者

626 絶対零度の晩餐会~食堂の間①~

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「父上……」

 まさか拒否しませんよね?とでも言いたげなヒース君の視線に、コンティオラ公爵が苦い表情を浮かべた。

「……ティスト君を学園に案内するのは、どうするつもりだ」

「申請した見学時間を学園側に連絡して、変更して貰います。本人も来客があるとでも言えば、理解出来ない年齢ではない筈です。むしろ同席させる方が将来の良い勉強になるのではないですか」

 さすがに11~12歳の子を同席させるのは、どうなんだろう……と思っていると、コンティオラ公爵もそう思ったのか、緩々と首を横に振った。

「思うに相手は……おまえも邸宅やしきには近付けさせたくないと思っている気がして仕方がない。むしろ、予定通りに動いてくれる方が良い気がしている」

「え?」

 思いがけないコンティオラ公爵の言葉に、この場のそれぞれが何かしらの反応を見せた。

 一理あるな、とそこで呟いたのはエドヴァルドだった。

「何故、学園の見学に来ようと思ったのが今なのか、疑問に思わないでもなかったからな」

 確かに、とイル義父様もそこに同意している。

「ギーレンのエドベリ殿下が来ていた時に、高位貴族の当主のほとんどが王都に出て来ていたわけだから、ナルディーニ侯爵の甥ともなれば、同行させたとしてもおかしくはなかった。仮に兄弟の仲が良くなかったとしても、同じ馬車に乗らなければ良いだけの話だ。何より、かかる費用が全く違うのだからね」

 あれ?
 もしや学園の見学からして、仕込み?
 子どもたちはさすがに知らないにしても、ナルディーニ家の弟夫人は何か知ってるパターン?

 思わず見上げた私に、エドヴァルドは「ああ。その可能性はあると考えている」と、答えてくれた。

「コンティオラ公爵令嬢を一人にさせて、周りを頼ると言う判断力を予め奪っておけば、より資金を吐き出させやすくなる――相手がそう考えたとしてもおかしくはない。ただ、侯爵と弟の仲はよくない筈だから、そもそも弟夫人が協力をする理由が見当たらない」

「んー……でも、今回夫人の夫であるナルディーニ侯爵の弟さんって、同行されていないじゃないですか。領地で何かに巻き込まれている可能性はあるんじゃないですか?夫の安全を楯に協力させられているとか……」

「何?」

「あ、その方がしっくりくるかも知れません。何せコンティオラ公爵の邸宅おやしき、護衛の中に内通者がいるって話だから――」

 いくらなんでも内通者一人では動きづらいだろうと思っていたけど、デリツィア夫人も「向こう側」の人なら、色々と納得がいく。

 むしろその護衛は、内通者であると同時に夫人が裏切らないための監視者ではないのか。

 私がそう口にした時、まだ護衛の件を聞かされていなかった、エリィ義母様とコンティオラ公爵夫人以外の全員が、ハッキリと顔色を変えてこちらに視線を向けた。

「……あれ?」
「レイナちゃん、そう言えばその話はまだ……」
「……していませんでしたっけ」
「……そうね」

 答えたエリィ義母様も「わたくしとしたことが」とでも言いたげな表情を見せている。

愛しい人エリィ? レイナちゃん? もしかして、まだ私たちが聞いていない話があるのかな」

「「――――」」

 イル義父様、目が笑っていません。
 エドヴァルド……は、冷徹宰相が降臨した状態です。空気が冷える一歩手前。

「……ヒルダ?」

 あ、コンティオラ公爵はさすがご自分の奥様も、何か知っているらしいと態度で分かったんですね。

 さすがにここは、コンティオラ公爵夫人に話をさせるのは酷だろうと、慌てて私が片手を上げた。

 多分今なら、私から声を上げても礼は失さないだろう。

「ええっとですね、イデオン公爵家の護衛が、コンティオラ公爵邸の外にいる不審者集団と、邸宅やしきの中の護衛の一人とが接触していたのを目撃してます」

「!」

 コンティオラ公爵は夫人を見つめたままだったけど、微かに目を瞠っている。
 ヒース君は一度私を見た後で、やっぱり自分の母の方へと視線を向けた。

 多分二人とも、彼女の態度からそれが嘘でも気のせいでもないと察した筈だ。

「今はあえて捕らえていません。使かもと思って、様子見して貰ってます」

「……レイナちゃん……」

 イル義父様は、ちょっと乾いた笑い声を洩らしていた。

「そこですぐさま捕まえさせないところが、何ともね……エドヴァルドの教育かい?」

「いえいえ!ただエドヴァルド様の方が、捕まえる以外の策を私よりもたくさん思いつくかもと思っただけで……」

「なるほど。ちゃんとエドヴァルドを頼るつもりはあったんだね」

「それは、そうですよ!イデオン公爵領――エドヴァルド様のためにならないことはしません。私がエドヴァルド様の足をひっぱる訳にはいきませんから!」

「――――」

 ちゃんと考えてますよ?と言うことをアピールするつもりで力説してみたけど、何故か異論反論ともに返ってこなかった。

 むしろそれを聞いたイル義父様が、ちょっと面白そうに口元を綻ばせていた。

「……だ、そうだが?」
「…………」

 そう言ってイル義父様が振り返るも、返事がない。

 気付けばエドヴァルドは口元に手をあてたまま、こちらからは視線を逸らしていた。

「ふふふ……レイナちゃん、どうやら自分のためと言われて反論が出来ないらしいよ」

「え」

「まあ、ある意味ちょっとした惚気のようなものだからね。エドヴァルド基準でしか動かないと言っているに等しい。いや、公爵夫人のかがみじゃないかな」

 そこまで考えていなかった私の方がちょっと驚かされてしまった。
 え、惚気⁉

「……うるさい」

 明後日の方向を向いたまま、ボソッと零したエドヴァルドに、どうやらイル義父様の見解の方が、エドヴァルドのリアクションに対しての正解には近いみたいだった。

 えーっと……私はただ、役に立ちたいと思って……あれ?

 何と言っていいのか分からなくなってしまった私の頭を、エリィ義母様がぽんぽんと撫でてくれた。

「ふふ。あなた、どうやら無意識だったみたいですわよ」

「そうか?なおさら好ましい話じゃないか。打算抜きでエドヴァルドの傍にいると言っているのと同じだ。ただ、役に立ちたい。いや、泣けるね」

 イル義父様は、出てもいない涙を拭うフリをしながら、コンティオラ公爵一家の方を振り返った。

 一家はそれぞれが、何と言っていいのか分からないといった表情でこちらを見ていた。

「まあそろそろ、付け焼き刃であれこれと学んだところで自分は及ばないのだと、ご令嬢には理解して貰った方が良いだろうね。レイナちゃんの真価は淑女教育では教えられないところにある。さすがに今回の件で懲りないようなら、私にも思うところは出てくるよ」

「フォルシアン公爵……」

「ああ、そんなわけでちょっと話を戻そうか。レイナちゃんの話を足せば、内通している護衛と、ナルディーニ侯爵の弟夫人とが繋がっている可能性があることになる。ならば、まずはその護衛を邸宅やしきの中、外にバレないところで締め上げて、弟夫人の立ち位置も含めた現状を吐かせよう。その話を待って、いつ、誰が乗り込んで、待機をするか考えた方が良いんじゃないかな」

 イル義父様、しれっと大胆なことを仰ってます。
 このあたり、やっぱり五公爵に数えられる一人なんだなと思う。

「……そうだな」

 そして、動揺していたことを微塵も感じさせないかのように、エドヴァルドが、イル義父様の案に賛成する意を示した。

「場合によっては、コンティオラ公爵令息には、姉に立ち会うのではなく、その弟一家の兄妹を先に邸宅やしきから引き離す側に回って貰うかも知れない。特にその一家が脅されている場合には、それが急務になる。悪いがこちらの護衛が様子を探ってくるまで、まだ休まずにいて貰えると有難いが」

「あっ、は、はいっ!」

 まあ……うん、切り替えの早さも公爵家当主としては大事なことかも知れないね、ヒース君。

 私もまだちょっと、さっきの動揺していたエドヴァルドの姿が脳裡をチラついていて、こっちに戻って来れていなかったけど。
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