聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

文字の大きさ
上 下
593 / 804
第三部 宰相閣下の婚約者

618 絶対零度の晩餐会~帰宅前~ 

しおりを挟む
 レディ・エミリエンヌは、クラシカルなスタイルのドレスが得意分野らしい。

 私が困惑しているのを見て、まずは「自分の色」をまとうことから始めてみましょう、と助言をくれた。

 コンティオラ公爵夫人はと言えば、既製品を何着かあっと言う間に決めてしまって、今は採寸のため、隣の部屋に移動をしていて、ウエストと丈を詰めれば直ぐに引き渡しは――なんて声が洩れ聞こえてくる。

「レイナちゃん。あれくらいスパッと自分に似合うものを把握して、打ち合わせが出来るようにならないとダメよ?」

「が、頑張ります……」

 コンティオラ公爵夫人の採寸部屋を見ながら、エリィ義母様の「指導」が入る。

 こちらはこちらで、レディ・エミリエンヌがサラサラとデザイン画を書き起こしている。

「そうそう、レディ、出来れば首まわりが隠れるようなデザインで何着か作れないかしら」

 あまりにさりげなく言われたので、私はその瞬間は、エリィ義母様の意図をすぐには察せられなかった。

 レディ・エミリエンヌは手を止めないまま、どこか懐かしげにクスリと微笑わらっていた。

「……先代アグネータ様がご健在でした頃、初めて貴女様をお連れになった時にも、確か同じようなオーダーを頂いた記憶がございますわ」

「……!」

 珍しく、エリィ義母様のお顔が赤い。

「あ、あの時はイルが……」

最後みなまで仰らずとも大丈夫ですわ。元よりわたくしのデザインはあまりデコルテ部分を出しませんから。そこから年齢相応に見えるよう展開させていただきますから」

「……レ、レイナちゃん」

 何故か動揺したままのエリィ義母様が、レディ・エミリエンヌから視線を逸らすように、くるりとこちらを振り返った。

「ええっと……あのね?基本的に〝ヘルマン・アテリエ〟も〝マダム・カルロッテ〟も、前提でのデザインはしないでしょう?」

「⁉」

 私はそこでようやく、エリィ義母様とレディ・エミリエンヌが何の話をしているのかに思い至った。

「まさかイルが教えたとは思わないけれど、イデオン公も『むしろ自分のものだと見せつける』意味で、を見えないところに留めておく――なんてコトはまったくしていないみたいだし」

「……っ」

 私は今更だと思いながらも、思わず首元に手をあててしまう。

「だからね?亡くなられたお義母アグネータ様がわたくしにここをご紹介下さったように、わたくしはここをレイナちゃんに紹介しておくわね?ユティラはアムレアン侯爵領に輿入れをする子だから、向こうで何とでも出来ると思うのよ」

「…………」

 それは、あれですか。
 イル義父様がかつてエリィ義母様に痕をつけまくって、先代夫人に雷を落とされていたりなんかしたってコトなんですね?

 うっかり聞きたくなったけれど、エリィ義母様の「聞いてくれるな」オーラが凄くて、とても口を開けなかった。

「あー……えー……首回りが隠れる服は、正直とても、ありがたいです……はい」

 かろうじてそれだけを絞り出した私に、エリィ義母様は「そうよね?」と目が笑っていない笑みを閃かせた。

 どうやら白の配色が多め、黒レースをあちらこちらに配したカラードレスと、身体に密着する部分はグレー、首元や腰から下は黒のオーガーンジー素材を使って透け感のある雰囲気にして、色が地味目なところをカバーしよう――そんなドレスをレディ・エミリエンヌは構想中のようだった。

「ご令嬢のドレスは久しぶりだから、腕が鳴りますわ。仮縫いの頃にまたお呼びしますので、お越し下さいませね?」

 そもそも拒否権もないけど、色々と勉強になりそうなので、まあ良いか……と、私はコクリと頷いた。


*          *          *


「フォルシアン公爵夫人」

 そうこうしているうちに、どうやら数日分の、動きやすい外出用ドレスと、宿での食事を想定した……あくまで「旅行用」と見せかけたドレスを購入したコンティオラ公爵夫人が、隣室から戻って来た。

 普通ならフォルシアン公爵邸での食事ともなれば、それなりの戦闘服ドレスが必要となるだろうに、既製品での参加となることには、まだ躊躇が残るように見えた。

 ただそこは、今日は何としてもコンティオラ公爵邸に戻ることは控えて貰わないとならないので、数秒考えたエリィ義母様が「……わたくしの嫌がらせと言うことにでもしておきましょうか」と口にしていた。

 後日、何かの拍子でディナーの話が洩れたら、そう言うことにしておこう――と言うことなんだろう。

 コンティオラ公爵夫人は「そんな……」と口元に手をあてているものの、結局自身では代案が思い浮かばなかったんだろう。

 最終的にはこちらへと、深々と頭を下げていた。

「あと、その……非常に言いにくいのですけれど……そろそろ学園の授業が終わる時間ではないかと……」

 そして旦那サマなみのぼそぼそとした感じで、学園の授業が終わる――つまりは、ヒース・コンティオラ公爵令息が学園を出る頃だと呟いた。

「……あら」

 恐らく伝言はもう届いている筈で、そうなると彼は、学園を出た後は実家邸宅やしきではなく、フォルシアン公爵邸へと馬車を向かわせる筈である。

「ユセフが卒業してからしばらくたっているから、時間割とか忘れてしまっていたわ。そう言うことであれば、名残惜しいけれど今日の買い物はここまでね」

 コンティオラ公爵夫人の話を聞いたエリィ義母様は、そう言うと、立ち上がった。

「夕食のドレスコードはお気になさらないで、コンティオラ公爵夫人。事情が事情ですから、わたくし義娘むすめの方が気取らない感じに合わせますわ」

 ね?と微笑まれた私は――余計なことを口にせず、無言でにこやかに微笑むことにしておいた。

 私は今日は、戻っても結局紺青色のドレスを着るのか……などと思いながら。
しおりを挟む
感想 1,417

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。