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第三部 宰相閣下の婚約者

615 ブティック・エミリエンヌ(前)

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 エリィ義母様セレクトで、先代公爵夫人お気に入りだったと言うドレスショップブティック〝エミリエンヌ〟に行くことになった。

 店の規模が〝ヘルマン・アテリエ〟や〝マダム・カルロッテ〟に比べると小規模だと言うことで、特に急ぎの仕上げがある時なんかは重宝するのだそうだ。

 コンティオラ公爵夫人の着替えに関して、流石に一から仕立てていられないので、既製品を手直しして貰うのには、ちょうどいいんじゃないかと言うことだった。

 コンティオラ公爵夫人も、この状況で「既製品なんか着ていられませんわ!」なんて、思ったのか思わなかったのかはさておき、文句を言える状況にないことだけは間違いないので、エリィ義母様に反発することはなかった。

「……お嬢さん」

 ただ、二人の公爵夫人に先に馬車に乗りこんで貰ったところで、待っていたかの様にファルコがこちらへと近づいて来た。

「コンティオラ邸を張らせてるコトヴァから連絡が入ったんだが……あの邸宅やしきの護衛、少なくとも一人は寝返ってるぞ」

「!」

 馬車内の両夫人に聞こえない声での囁きに、私は声を出さないようにするのが精一杯だった。

「……エリィ義母様、ちょっとお待ちいただいても?」
「…………構わなくてよ」

 馬車の中を覗き込みながら、じっとエリィ義母様の目を見れば、何かが起きているのは伝わったのか、それ以上をくどく聞いてくることはなかった。

 私はそのまま馬車の外で、声を落としてファルコと話し合う。

「ファルコ、詳しく」

「詳しくっつってもなぁ……今はまだ邸宅やしきの外にいた、ガラの悪い連中とコソコソ敷地の外で会っているのを見たって程度なんだよ」

 買収されたのか、人質を取られでもしたのか、寝返った背景までは掴めてはいないらしい。

「そっか……それで中の様子を見ながら、のチャンスを探ってるのか……やっぱり夫人に、戻らずにいて貰うのは正解だったってコトね」

「どうする?コトヴァに捕まえさせても良いし、もう少し泳がしておくってもある」

「うん……今捕まえても詐欺集団むこうにバレるだけだろうし、もうちょっと泳がせておいて貰おうかな?そんなのいたら、エドヴァルド様たちが夕食に来て、状況を説明するのにも証拠として都合も良いだろうし」

「それはまあ、そうだな」

「あ、念のため変装して入れ替わる準備だけ、誰かにしておいて貰おうかな?場合によっては、それで相手側の内情に探りを入れて貰うかも」

「今すぐでなくて良いのか?」

「能力を疑ってるわけじゃないけど、それでも一応身バレの危険性は少ない方が良いもの。入れ替わるにしたって、その時間は少ないにこしたことはないでしょ」

「まあな……」

 気分を悪くするかと一瞬思ったけど、ファルコは頷きつつ、自分の頭を片手でガシガシとかいていた。

「じゃあまあ、とりあえず、その内通者が何の弱みを握られているのか探らせるわ。人質でも取られてんなら、助け出しておくのもアリだろうしな」

「んー……理由を探るのは賛成だけど、カタをつけるのは一応エドヴァルド様に確認とってからにしない?もしかしたら、コンティオラ公爵と何か交渉事とかあれば、条件に加えられるかも知れないし」

「夕食ン時か?」

「そうそう」

「……想像しただけで、色々と恐ろしそうな夕食会だな、おい。俺が仮にやんごとなき身分だったとしても、絶対ぜってぇ出たくねぇわ、ソレ」

「ソレ、私には出ないと言う選択肢はないのよ、ファルコさん」

 思わずジト目でファルコを睨めば、ははっ、と笑って肩を竦められた。

「ご愁傷様だな、せいぜい頑張れ」

「うわ、腹立つ……そっちこそ、ちゃんと内通者の事情を探ってこさせてよ?」

「おう、任せとけ。それと言っとくが――」

 馭者席に戻るべく身を翻したファルコが、肩越しに顔だけをこちらに向けた。

「他の公爵家のコトは知らんが、俺の目が黒いうちは少なくとも〝鷹の眼〟からは裏切り者は出させねぇ。まあその辺は、信用しておいてくれると有難いがな」

「ん。……〝鷹の眼〟の皆のコトは信用してるよ」

 頷く私に、ファルコはひらひらと片手を振って、馭者席についた。

「――すみません、おまたせしました」

 そう言って私が馬車に乗り込むと、どんよりとした空気の中でエリィ義母様が「話は解決したの?それともまだ途中?」と、チラと私に視線を向けながら聞いてきた。

「途中と言えば途中でしょうか……詳しくは、公爵様がたがいらしてから、と言うことでお願い出来ればと」

 一瞬だけコンティオラ公爵夫人に視線を向けながらエリィ義母様をチラ見すれば、察しの良いお義母様は、コンティオラ公爵家絡みの話だったと言うことを一瞬で察したように見えた。

「そう?まあ、秘密主義にしないで、夫やイデオン公にちゃんと話してくれるつもりでいるのなら、わたくしは今はこれ以上は聞きませんわ」

 逆に言えば「ずっと黙っていられるとは思わないように」と言われているようで、私は無意識に身体を震わせていた。
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