590 / 800
第三部 宰相閣下の婚約者
615 ブティック・エミリエンヌ(前)
しおりを挟む
エリィ義母様セレクトで、先代公爵夫人お気に入りだったと言うドレスショップ〝エミリエンヌ〟に行くことになった。
店の規模が〝ヘルマン・アテリエ〟や〝マダム・カルロッテ〟に比べると小規模だと言うことで、特に急ぎの仕上げがある時なんかは重宝するのだそうだ。
コンティオラ公爵夫人の着替えに関して、流石に一から仕立てていられないので、既製品を手直しして貰うのには、ちょうどいいんじゃないかと言うことだった。
コンティオラ公爵夫人も、この状況で「既製品なんか着ていられませんわ!」なんて、思ったのか思わなかったのかはさておき、文句を言える状況にないことだけは間違いないので、エリィ義母様に反発することはなかった。
「……お嬢さん」
ただ、二人の公爵夫人に先に馬車に乗りこんで貰ったところで、待っていたかの様にファルコがこちらへと近づいて来た。
「コンティオラ邸を張らせてるコトヴァから連絡が入ったんだが……あの邸宅の護衛、少なくとも一人は寝返ってるぞ」
「!」
馬車内の両夫人に聞こえない声での囁きに、私は声を出さないようにするのが精一杯だった。
「……エリィ義母様、ちょっとお待ちいただいても?」
「…………構わなくてよ」
馬車の中を覗き込みながら、じっとエリィ義母様の目を見れば、何かが起きているのは伝わったのか、それ以上をくどく聞いてくることはなかった。
私はそのまま馬車の外で、声を落としてファルコと話し合う。
「ファルコ、詳しく」
「詳しくっつってもなぁ……今はまだ邸宅の外にいた、ガラの悪い連中とコソコソ敷地の外で会っているのを見たって程度なんだよ」
買収されたのか、人質を取られでもしたのか、寝返った背景までは掴めてはいないらしい。
「そっか……それで中の様子を見ながら、訪問のチャンスを探ってるのか……やっぱり夫人に、戻らずにいて貰うのは正解だったってコトね」
「どうする?コトヴァに捕まえさせても良いし、もう少し泳がしておくって策もある」
「うん……今捕まえても詐欺集団にバレるだけだろうし、もうちょっと泳がせておいて貰おうかな?そんなのいたら、エドヴァルド様たちが夕食に来て、状況を説明するのにも証拠として都合も良いだろうし」
「それはまあ、そうだな」
「あ、念のため変装して入れ替わる準備だけ、誰かにしておいて貰おうかな?場合によっては、それで相手側の内情に探りを入れて貰うかも」
「今すぐでなくて良いのか?」
「能力を疑ってるわけじゃないけど、それでも一応身バレの危険性は少ない方が良いもの。入れ替わるにしたって、その時間は少ないにこしたことはないでしょ」
「まあな……」
気分を悪くするかと一瞬思ったけど、ファルコは頷きつつ、自分の頭を片手でガシガシとかいていた。
「じゃあまあ、とりあえず、その内通者が何の弱みを握られているのか探らせるわ。人質でも取られてんなら、助け出しておくのもアリだろうしな」
「んー……理由を探るのは賛成だけど、カタをつけるのは一応エドヴァルド様に確認とってからにしない?もしかしたら、コンティオラ公爵と何か交渉事とかあれば、条件に加えられるかも知れないし」
「夕食ン時か?」
「そうそう」
「……想像しただけで、色々と恐ろしそうな夕食会だな、おい。俺が仮にやんごとなき身分だったとしても、絶対出たくねぇわ、ソレ」
「ソレ、私には出ないと言う選択肢はないのよ、ファルコさん」
思わずジト目でファルコを睨めば、ははっ、と笑って肩を竦められた。
「ご愁傷様だな、せいぜい頑張れ」
「うわ、腹立つ……そっちこそ、ちゃんと内通者の事情を探ってこさせてよ?」
「おう、任せとけ。それと言っとくが――」
馭者席に戻るべく身を翻したファルコが、肩越しに顔だけをこちらに向けた。
「他の公爵家のコトは知らんが、俺の目が黒いうちは少なくとも〝鷹の眼〟からは裏切り者は出させねぇ。まあその辺は、信用しておいてくれると有難いがな」
「ん。……〝鷹の眼〟の皆のコトは信用してるよ」
頷く私に、ファルコはひらひらと片手を振って、馭者席についた。
「――すみません、おまたせしました」
そう言って私が馬車に乗り込むと、どんよりとした空気の中でエリィ義母様が「話は解決したの?それともまだ途中?」と、チラと私に視線を向けながら聞いてきた。
「途中と言えば途中でしょうか……詳しくは、公爵様がたがいらしてから、と言うことでお願い出来ればと」
一瞬だけコンティオラ公爵夫人に視線を向けながらエリィ義母様をチラ見すれば、察しの良いお義母様は、コンティオラ公爵家絡みの話だったと言うことを一瞬で察したように見えた。
「そう?まあ、秘密主義にしないで、夫やイデオン公にちゃんと話してくれるつもりでいるのなら、私は今はこれ以上は聞きませんわ」
逆に言えば「ずっと黙っていられるとは思わないように」と言われているようで、私は無意識に身体を震わせていた。
店の規模が〝ヘルマン・アテリエ〟や〝マダム・カルロッテ〟に比べると小規模だと言うことで、特に急ぎの仕上げがある時なんかは重宝するのだそうだ。
コンティオラ公爵夫人の着替えに関して、流石に一から仕立てていられないので、既製品を手直しして貰うのには、ちょうどいいんじゃないかと言うことだった。
コンティオラ公爵夫人も、この状況で「既製品なんか着ていられませんわ!」なんて、思ったのか思わなかったのかはさておき、文句を言える状況にないことだけは間違いないので、エリィ義母様に反発することはなかった。
「……お嬢さん」
ただ、二人の公爵夫人に先に馬車に乗りこんで貰ったところで、待っていたかの様にファルコがこちらへと近づいて来た。
「コンティオラ邸を張らせてるコトヴァから連絡が入ったんだが……あの邸宅の護衛、少なくとも一人は寝返ってるぞ」
「!」
馬車内の両夫人に聞こえない声での囁きに、私は声を出さないようにするのが精一杯だった。
「……エリィ義母様、ちょっとお待ちいただいても?」
「…………構わなくてよ」
馬車の中を覗き込みながら、じっとエリィ義母様の目を見れば、何かが起きているのは伝わったのか、それ以上をくどく聞いてくることはなかった。
私はそのまま馬車の外で、声を落としてファルコと話し合う。
「ファルコ、詳しく」
「詳しくっつってもなぁ……今はまだ邸宅の外にいた、ガラの悪い連中とコソコソ敷地の外で会っているのを見たって程度なんだよ」
買収されたのか、人質を取られでもしたのか、寝返った背景までは掴めてはいないらしい。
「そっか……それで中の様子を見ながら、訪問のチャンスを探ってるのか……やっぱり夫人に、戻らずにいて貰うのは正解だったってコトね」
「どうする?コトヴァに捕まえさせても良いし、もう少し泳がしておくって策もある」
「うん……今捕まえても詐欺集団にバレるだけだろうし、もうちょっと泳がせておいて貰おうかな?そんなのいたら、エドヴァルド様たちが夕食に来て、状況を説明するのにも証拠として都合も良いだろうし」
「それはまあ、そうだな」
「あ、念のため変装して入れ替わる準備だけ、誰かにしておいて貰おうかな?場合によっては、それで相手側の内情に探りを入れて貰うかも」
「今すぐでなくて良いのか?」
「能力を疑ってるわけじゃないけど、それでも一応身バレの危険性は少ない方が良いもの。入れ替わるにしたって、その時間は少ないにこしたことはないでしょ」
「まあな……」
気分を悪くするかと一瞬思ったけど、ファルコは頷きつつ、自分の頭を片手でガシガシとかいていた。
「じゃあまあ、とりあえず、その内通者が何の弱みを握られているのか探らせるわ。人質でも取られてんなら、助け出しておくのもアリだろうしな」
「んー……理由を探るのは賛成だけど、カタをつけるのは一応エドヴァルド様に確認とってからにしない?もしかしたら、コンティオラ公爵と何か交渉事とかあれば、条件に加えられるかも知れないし」
「夕食ン時か?」
「そうそう」
「……想像しただけで、色々と恐ろしそうな夕食会だな、おい。俺が仮にやんごとなき身分だったとしても、絶対出たくねぇわ、ソレ」
「ソレ、私には出ないと言う選択肢はないのよ、ファルコさん」
思わずジト目でファルコを睨めば、ははっ、と笑って肩を竦められた。
「ご愁傷様だな、せいぜい頑張れ」
「うわ、腹立つ……そっちこそ、ちゃんと内通者の事情を探ってこさせてよ?」
「おう、任せとけ。それと言っとくが――」
馭者席に戻るべく身を翻したファルコが、肩越しに顔だけをこちらに向けた。
「他の公爵家のコトは知らんが、俺の目が黒いうちは少なくとも〝鷹の眼〟からは裏切り者は出させねぇ。まあその辺は、信用しておいてくれると有難いがな」
「ん。……〝鷹の眼〟の皆のコトは信用してるよ」
頷く私に、ファルコはひらひらと片手を振って、馭者席についた。
「――すみません、おまたせしました」
そう言って私が馬車に乗り込むと、どんよりとした空気の中でエリィ義母様が「話は解決したの?それともまだ途中?」と、チラと私に視線を向けながら聞いてきた。
「途中と言えば途中でしょうか……詳しくは、公爵様がたがいらしてから、と言うことでお願い出来ればと」
一瞬だけコンティオラ公爵夫人に視線を向けながらエリィ義母様をチラ見すれば、察しの良いお義母様は、コンティオラ公爵家絡みの話だったと言うことを一瞬で察したように見えた。
「そう?まあ、秘密主義にしないで、夫やイデオン公にちゃんと話してくれるつもりでいるのなら、私は今はこれ以上は聞きませんわ」
逆に言えば「ずっと黙っていられるとは思わないように」と言われているようで、私は無意識に身体を震わせていた。
718
お気に入りに追加
12,941
あなたにおすすめの小説
山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
(完結)嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?
和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」
腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。
マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。
婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。