559 / 804
第三部 宰相閣下の婚約者
589 緊急取調室 in 王都商業ギルド(前)
しおりを挟む
王都商業ギルドの二階には、ギルド長室の他に副ギルド長室、会議室に待合室なんかがあるとのことで、案内された部屋は、本来であればギルド長あるいは副ギルド長との面会待ちの人間が一時的に待機をする部屋だった。
それを臨時に使わせて貰っているのだ。
ギルド内で浮きまくるエリィ義母様の存在をどうにか隠すためには、ここしかないと言う絶妙の措置だと言えた。
エドヴァルドと来た時には、ギルド長室にすぐさま通されると言う状況だったために、この部屋を利用する必要がなかったに違いない。
さて、何人くらいの順番待ちだろうかと思っていたそこへ、入口とは異なる扉からのノック音が、耳を打った。
「?」
気のせいだろうかと首を傾げていると、部屋の奥にあった扉がそっと開けられて「ユングベリ商会長、いるかい?」と、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「えっ……リーリャギルド長⁉」
「なんだい、意外そうな顔をして。実店舗登録もして、今やひとつの商会の長なんだから、いつまでも『お嬢さん』呼びもないだろうよ」
「え、いや……と言うか、まさかギルド長の方からこちらに来られると思わなくて」
あくまで今日は不動産関連窓口に来ているのだ。
ギルド長と話をする予定は、少なくともこちらにはなかった。
そこまで言わずとも、表情から察したんだろう。リーリャギルド長は「ああ」と微笑った。
「心配せずとも特別扱いはしないさ。不動産関連の手続きは、順番が来たら案内させるよ。ただ、今はそれまでにちょっと話がしたくてね。待ち時間中の世間話とでも思ってくれるかい」
「……なるほど」
待ち時間中の世間話と言うことは、聞かないと言う選択肢がないと言うことだ。
早々に辞退を諦めた私が、リーリャギルド長の席を空けようと身体を浮かせたところ、リーリャギルド長が「ああ、ちょい待ち」と私の動きに待ったをかけた。
「とりあえず、黙ってアタシと部屋を移動してくれるかい。ユングベリ商会長にもぜひ聞いて欲しい話があってね」
「え……ここじゃダメなんですか?」
私はともかく、エリィ義母様をあまり移動させたくはない。
そう思ったものの、リーリャギルド長は難しいと言わんばかりに眉を顰めた。
「今まさに副ギルド長室で交わされている会話について、でね。向こうの部屋に行けば、少し扉を開ければ会話が聞き取れるのさ」
「ギルド長……さすがにそれは……」
王都商業ギルド長たるもの、盗み聞き推奨とはこれ如何に。
思わず半目になる私に、入って来た扉とは逆の方向にある扉を指しながら、リーリャギルド長が首を横に振った。
「いいんだ。これはついさっき、ギルド長権限で事件性ありと判断して、自警団と王都警備隊に情報を共有させることが決まった話なんだ。つまりはある程度、ギルドに属する商人たちにもこれから周知させていくことになる。アンタはそれをほんの少し、早く聞くだけの話さ」
「……王都警備隊?」
ギルド長の言葉に、どうしてかエリィ義母様がピクリと反応を見せた。
「お義母様?」
「レイナちゃん。こちらのギルド長様が良いと仰るのであれば、その会話とやらを聞かせて頂きましょう」
「え」
私はフォルシアン公爵家の立場を考えて気を遣ったつもりが、思いがけずエリィ義母様の方から前のめりな答えが返ってきた。
「レイナちゃん、貴女のお義父様は国の軍務・刑務を束ねる立場の方です。王都警備隊案件になると言うことは、いずれその耳に届く話となります。貴女は商会長としての立場だけではなく、我が家の義娘としても、話を聞く必要があるのですよ」
あ、と私は軽く目を瞠った。
確かにフォルシアン公爵家は、司法・公安を束ねるイデオン公爵家とは異なり、国の軍務・刑務を任されていると聞く。
王都警備隊となれば、最終的な監督責任はフォルシアン公爵家が背負う事になるのか……。
「いつの間に商会長に両親が出来たのやら、気にはなるが、今は後回しだね。とりあえず向こうの部屋に行こうか」
気になる、と言った表情を見せながらも、リーリャギルド長も当面の目的を優先したようだ。
断る理由もなくなった私は、同行して部屋を移動することにした。
最初に案内されていた部屋の、隣の部屋は、会議の為の部屋と言うことだった。
そのもう一部屋向こうが、アズレート副ギルド長の執務室と言うことになるわけだけれども。
「――では、ラヴォリ商会の商会長代理の許可を得て、色々と尋ねさせて貰うが良いか」
「!」
隙間の空いた扉の向こうから、アズレート副ギルド長のそんな声が洩れ聞こえてきた。
「は……はい……私で分かることでしたら……」
恐らくは会話の相手と思われる男性の声も同じように聞こえる。
何やら事情聴取に似た状況が発生しようとしていた。
それを臨時に使わせて貰っているのだ。
ギルド内で浮きまくるエリィ義母様の存在をどうにか隠すためには、ここしかないと言う絶妙の措置だと言えた。
エドヴァルドと来た時には、ギルド長室にすぐさま通されると言う状況だったために、この部屋を利用する必要がなかったに違いない。
さて、何人くらいの順番待ちだろうかと思っていたそこへ、入口とは異なる扉からのノック音が、耳を打った。
「?」
気のせいだろうかと首を傾げていると、部屋の奥にあった扉がそっと開けられて「ユングベリ商会長、いるかい?」と、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「えっ……リーリャギルド長⁉」
「なんだい、意外そうな顔をして。実店舗登録もして、今やひとつの商会の長なんだから、いつまでも『お嬢さん』呼びもないだろうよ」
「え、いや……と言うか、まさかギルド長の方からこちらに来られると思わなくて」
あくまで今日は不動産関連窓口に来ているのだ。
ギルド長と話をする予定は、少なくともこちらにはなかった。
そこまで言わずとも、表情から察したんだろう。リーリャギルド長は「ああ」と微笑った。
「心配せずとも特別扱いはしないさ。不動産関連の手続きは、順番が来たら案内させるよ。ただ、今はそれまでにちょっと話がしたくてね。待ち時間中の世間話とでも思ってくれるかい」
「……なるほど」
待ち時間中の世間話と言うことは、聞かないと言う選択肢がないと言うことだ。
早々に辞退を諦めた私が、リーリャギルド長の席を空けようと身体を浮かせたところ、リーリャギルド長が「ああ、ちょい待ち」と私の動きに待ったをかけた。
「とりあえず、黙ってアタシと部屋を移動してくれるかい。ユングベリ商会長にもぜひ聞いて欲しい話があってね」
「え……ここじゃダメなんですか?」
私はともかく、エリィ義母様をあまり移動させたくはない。
そう思ったものの、リーリャギルド長は難しいと言わんばかりに眉を顰めた。
「今まさに副ギルド長室で交わされている会話について、でね。向こうの部屋に行けば、少し扉を開ければ会話が聞き取れるのさ」
「ギルド長……さすがにそれは……」
王都商業ギルド長たるもの、盗み聞き推奨とはこれ如何に。
思わず半目になる私に、入って来た扉とは逆の方向にある扉を指しながら、リーリャギルド長が首を横に振った。
「いいんだ。これはついさっき、ギルド長権限で事件性ありと判断して、自警団と王都警備隊に情報を共有させることが決まった話なんだ。つまりはある程度、ギルドに属する商人たちにもこれから周知させていくことになる。アンタはそれをほんの少し、早く聞くだけの話さ」
「……王都警備隊?」
ギルド長の言葉に、どうしてかエリィ義母様がピクリと反応を見せた。
「お義母様?」
「レイナちゃん。こちらのギルド長様が良いと仰るのであれば、その会話とやらを聞かせて頂きましょう」
「え」
私はフォルシアン公爵家の立場を考えて気を遣ったつもりが、思いがけずエリィ義母様の方から前のめりな答えが返ってきた。
「レイナちゃん、貴女のお義父様は国の軍務・刑務を束ねる立場の方です。王都警備隊案件になると言うことは、いずれその耳に届く話となります。貴女は商会長としての立場だけではなく、我が家の義娘としても、話を聞く必要があるのですよ」
あ、と私は軽く目を瞠った。
確かにフォルシアン公爵家は、司法・公安を束ねるイデオン公爵家とは異なり、国の軍務・刑務を任されていると聞く。
王都警備隊となれば、最終的な監督責任はフォルシアン公爵家が背負う事になるのか……。
「いつの間に商会長に両親が出来たのやら、気にはなるが、今は後回しだね。とりあえず向こうの部屋に行こうか」
気になる、と言った表情を見せながらも、リーリャギルド長も当面の目的を優先したようだ。
断る理由もなくなった私は、同行して部屋を移動することにした。
最初に案内されていた部屋の、隣の部屋は、会議の為の部屋と言うことだった。
そのもう一部屋向こうが、アズレート副ギルド長の執務室と言うことになるわけだけれども。
「――では、ラヴォリ商会の商会長代理の許可を得て、色々と尋ねさせて貰うが良いか」
「!」
隙間の空いた扉の向こうから、アズレート副ギルド長のそんな声が洩れ聞こえてきた。
「は……はい……私で分かることでしたら……」
恐らくは会話の相手と思われる男性の声も同じように聞こえる。
何やら事情聴取に似た状況が発生しようとしていた。
764
お気に入りに追加
13,005
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。