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第三部 宰相閣下の婚約者
587 義母は決断しました
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話が逸れた、と追い立てられるように王宮へと向かう直前、エドヴァルドが耳元で囁いた。
「ファルコに契約書面は預けてあるから」
「!」
実店舗登録申請と銀による前金の入金は以前に行ってあり、それに伴う物件契約に関しての仮契約書面を預かっていたので、それを提出しに行く必要があったのだ。
私は既に署名をしていて、後見人としてのエドヴァルドの署名をお願いしておいた分を、書いてくれたと言うことだろう。
有難うございます、と頭を下げた私に「気にしなくて良い。見返りがあると判断したまでのことだ」と答えてくれたのが時間の限界だったようで、イル義父様と共に慌ただしく出かけて行った。
旧〝ツェツィ・オンペル〟の店舗をどう改装するかや見積といった話は、業者を決めてからとなるので、今日はまとまったお金は持って行かなくとも大丈夫な筈だった。
「エリィ義母様。その……出来るだけ簡素な服装でと、ギルドの人からは言われているのですが……」
「あら、そうなのね?ではなるべく装飾の少ない衣装にしないといけないわね」
多分エドヴァルドと一緒で、どう頑張ってもこの美女から貴族テイストを抜くことは難しい。
もしかしたら、また2階に押し上げられるのでは――と言う気もしたけれど、そこはもうギルド側に判断して貰うより他はないだろう。
さりげなく服装の話をしたところで、じゃあ一人でどうぞと言う展開にもならなそうだから。
私は諦めて「母親同伴」で王都商業ギルドへと向かうことにしたのだった。
* * *
用途に応じてと言うか「家紋のないシンプルな馬車」と言うのは、フォルシアン公爵邸にもキチンとあるらしい。
そんな馬車に揺られながら、私は〝ツェツィ・オンペル〟の話を、軽くエリィ義母様にもしておいた。
「あら、そう。以前の持ち主だったツェツィーリア様と言うのは、前ベルドヴァ男爵夫人のことだったのね?」
「ご存知でしたか?」
ベルドヴァ男爵領は、フォルシアン公爵領内にあると聞いている。
私の問いかけに、エリィ義母様は「残念だけれど」と、緩々と首を横に振った。
男爵自身が、当主の座を退いて王都学園に一時雇用されていたことは、知識として把握はしていたものの、個人的な交流はまるでなかったのだと言う。
「公爵家ともなると、よほどのことがない限りは伯爵家以上の家との交流になってしまうのよ。それでなくても、同じ王都にいて耳にしなかったと言うことは、フォルシアン家の威光を利用せず、市民の側に立ち、誇りをもって仕事をしていらしたと言うことなのでしょう」
男爵が亡くなって一人の時期があったそうだけど、それでも、ツェツィーリア夫人はフォルシアン家の門を叩くことなく、あの店でひっそりと周辺の人たちとの交流を続けていたのだろう。
「そう……そのお店を立て直すのね?」
「お店そのものを再現するのは、ちょっと難しいんですが……他にも並べたいモノがあるので。ただ、一部分だけでも、そのツェツィーリア夫人の心が垣間見えるような店舗になればいいなと思っているんです」
フェリクス・ヘルマン監修のセカンドラインを並べるのであれば、一般的なお直しの窓口があったとていい筈だし、新店舗とも上手く馴染める筈。
私がそう言うと、エリィ義母様は少し考える仕種を見せていた。
「それ……イデオン公爵様にだけ、助力をお願いしていて良いのかしら……?」
「お義母さま?」
「前ベルドヴァ男爵夫人が遺した店舗なのであれば、本来はフォルシアン公爵家が資金援助をするべきな気もするのだけれど……」
「あの店舗だけであれば、そうなのかも知れませんけど、商会そのものは元々イデオン公爵領発展のために設立した商会ですし……エドヴァルド様も許可して下さっていますから、今のままで良い気も……」
馬車の中で、女性二人が唸ったところで、こればかりは結論が出せる話ではない気もする。
「やっぱり、今日、私もついて来て正解でしたわね」
ギルドに着く直前、エリィ義母様はそう言って頷いていた。
「えーっと……?」
「空き家になっている、その店舗に行くのでしょう?レイナちゃんの打ち合わせ自体に口を挟むつもりは勿論ないけれど、どこかフォルシアン公爵家として助力できるところがないか、横で見させて貰うことにするわ」
「お義母さま……」
「旦那様には、今のお仕事がひと息つかれた頃にでも相談してみましょう」
どのみちイデオン公爵もその時には同席している筈ですよ、と言われた私は返す言葉もなく、到着した馬車から下りて、ギルドに向かうしかなかった。
「ファルコに契約書面は預けてあるから」
「!」
実店舗登録申請と銀による前金の入金は以前に行ってあり、それに伴う物件契約に関しての仮契約書面を預かっていたので、それを提出しに行く必要があったのだ。
私は既に署名をしていて、後見人としてのエドヴァルドの署名をお願いしておいた分を、書いてくれたと言うことだろう。
有難うございます、と頭を下げた私に「気にしなくて良い。見返りがあると判断したまでのことだ」と答えてくれたのが時間の限界だったようで、イル義父様と共に慌ただしく出かけて行った。
旧〝ツェツィ・オンペル〟の店舗をどう改装するかや見積といった話は、業者を決めてからとなるので、今日はまとまったお金は持って行かなくとも大丈夫な筈だった。
「エリィ義母様。その……出来るだけ簡素な服装でと、ギルドの人からは言われているのですが……」
「あら、そうなのね?ではなるべく装飾の少ない衣装にしないといけないわね」
多分エドヴァルドと一緒で、どう頑張ってもこの美女から貴族テイストを抜くことは難しい。
もしかしたら、また2階に押し上げられるのでは――と言う気もしたけれど、そこはもうギルド側に判断して貰うより他はないだろう。
さりげなく服装の話をしたところで、じゃあ一人でどうぞと言う展開にもならなそうだから。
私は諦めて「母親同伴」で王都商業ギルドへと向かうことにしたのだった。
* * *
用途に応じてと言うか「家紋のないシンプルな馬車」と言うのは、フォルシアン公爵邸にもキチンとあるらしい。
そんな馬車に揺られながら、私は〝ツェツィ・オンペル〟の話を、軽くエリィ義母様にもしておいた。
「あら、そう。以前の持ち主だったツェツィーリア様と言うのは、前ベルドヴァ男爵夫人のことだったのね?」
「ご存知でしたか?」
ベルドヴァ男爵領は、フォルシアン公爵領内にあると聞いている。
私の問いかけに、エリィ義母様は「残念だけれど」と、緩々と首を横に振った。
男爵自身が、当主の座を退いて王都学園に一時雇用されていたことは、知識として把握はしていたものの、個人的な交流はまるでなかったのだと言う。
「公爵家ともなると、よほどのことがない限りは伯爵家以上の家との交流になってしまうのよ。それでなくても、同じ王都にいて耳にしなかったと言うことは、フォルシアン家の威光を利用せず、市民の側に立ち、誇りをもって仕事をしていらしたと言うことなのでしょう」
男爵が亡くなって一人の時期があったそうだけど、それでも、ツェツィーリア夫人はフォルシアン家の門を叩くことなく、あの店でひっそりと周辺の人たちとの交流を続けていたのだろう。
「そう……そのお店を立て直すのね?」
「お店そのものを再現するのは、ちょっと難しいんですが……他にも並べたいモノがあるので。ただ、一部分だけでも、そのツェツィーリア夫人の心が垣間見えるような店舗になればいいなと思っているんです」
フェリクス・ヘルマン監修のセカンドラインを並べるのであれば、一般的なお直しの窓口があったとていい筈だし、新店舗とも上手く馴染める筈。
私がそう言うと、エリィ義母様は少し考える仕種を見せていた。
「それ……イデオン公爵様にだけ、助力をお願いしていて良いのかしら……?」
「お義母さま?」
「前ベルドヴァ男爵夫人が遺した店舗なのであれば、本来はフォルシアン公爵家が資金援助をするべきな気もするのだけれど……」
「あの店舗だけであれば、そうなのかも知れませんけど、商会そのものは元々イデオン公爵領発展のために設立した商会ですし……エドヴァルド様も許可して下さっていますから、今のままで良い気も……」
馬車の中で、女性二人が唸ったところで、こればかりは結論が出せる話ではない気もする。
「やっぱり、今日、私もついて来て正解でしたわね」
ギルドに着く直前、エリィ義母様はそう言って頷いていた。
「えーっと……?」
「空き家になっている、その店舗に行くのでしょう?レイナちゃんの打ち合わせ自体に口を挟むつもりは勿論ないけれど、どこかフォルシアン公爵家として助力できるところがないか、横で見させて貰うことにするわ」
「お義母さま……」
「旦那様には、今のお仕事がひと息つかれた頃にでも相談してみましょう」
どのみちイデオン公爵もその時には同席している筈ですよ、と言われた私は返す言葉もなく、到着した馬車から下りて、ギルドに向かうしかなかった。
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