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第三部 宰相閣下の婚約者
581 婚約にまつわるあれこれ(後)
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聞けば婚約披露のパーティーと言うのは、通常は花嫁側の実家で、互いの血縁者のみを招いての顔合わせ程度の規模で行われるものらしい。
何故なら婚約に関しては、破棄にせよ解消にせよ、婚姻後の離婚よりも起こり得る確率が高いために、そこは内輪の宴としておいて、その後の結婚披露宴で互いの「家」の柵による、より規模の大きなパーティーを新郎側の実家で開くと言うのが一般的な流れなのだと言う。
だから慣例に則れば、フォルシアン公爵邸で、フォルシアン公爵家とイデオン公爵家それぞれの血縁関係者のみを集めて開くのが基本と言う事になる。
そう説明しつつも、フォルシアン公爵は「ただ」と少し悩ましげな表情を浮かべた。
「ユティラの時は、レクセル君の親兄妹と祖母、こちらからは私とエリサベトとユセフ、あとはまあ、私の姉夫婦で、ここで身内だけの宴を開いたワケなんだが」
「お姉さまがいらっしゃるのですか?」
今まで名前すら聞かなかったけど、どこか遠くに嫁いでいる――とかなんだろうか、と小首を傾げた私に、何故かフォルシアン公爵はちょっとだけその秀麗な顔を顰めた。
「何と言うか、ちょっとその時に揉め事があってね。ユティラからは結婚式には呼んでくれるなと言われているし、ユセフはそもそも王都出入り禁止にしろとか吐き捨てていたし、かと言って、紹介しないと言うのもフォルシアン家直系の娘としては問題がありそうな気もして、正直そこは困っていてね」
「……えっと」
どんなお姉さまですか、フォルシアン公爵。
そう思った私の表情を読み取ったエリサベト夫人も、何とも言えない笑みを浮かべていた。
「フォルシアン公爵領内の高位貴族に関しては、明日以降少しずつ学んで貰えたらとは思っていたのよ?だから今日はヴィルマ様――イルのお姉さまの話だけ端的にするわね?」
フォルシアン公爵には、もともと二人の姉がいるそうだ。
ただし一人は愛妾の子、公爵にとっては異母姉にあたるらしく、社交界デビューとほぼ同時に、フォルシアン公爵の叔父の邸宅に後妻として嫁いだ後は、夫婦ともがその領地からは出て来ない状態が続いているらしい。
聞けば、その叔父は叔父で、先代フォルシアン公爵との跡目争いに敗れた末に王都への出入りを禁じられているのだとかで、二人は万一の為の「血統のスペア」を求められての強制的な婚姻だったんだとか。
直系男子一人、と言う状況に心もとさを感じた先代、あるいはその周辺が考えたものだったらしい。
実際、フォルシアン公爵はその叔母の顔はまるで記憶にないそうだ。
多分、そちらは生きているうちに会うコトもないんじゃないかと、公爵はほろ苦く微笑った。
だから、ここで言うフォルシアン公爵の姉とは、二人の内の一人を自動的に指し示すことになる。
ヴィルマ・フォルシアン。今現在はフォルシアン公爵領防衛軍を束ねるマッカラン侯爵家に嫁いでの、マッカラン侯爵夫人を名乗る女性だ。
フォルシアン公爵令嬢としてのプライドが人一倍で、防衛軍どころか王都から遠く離れた家へ嫁ぐことも拒絶し、王都に邸宅を買って住まわせてくれそうな貴族相手へのアプローチを繰り返し、かつ、ユティラ嬢やユセフの相手として推薦するからとの「触れ込み」で、あちこちすり寄っていたらしい。
ユティラ嬢やユセフが、幼い頃「遊んでやる」と言われて一緒に出掛けたら、それこそ身売り同然に婚姻の約束を結ばれそうになったり、先代フォルシアン公爵が、胃に穴が開きそうなほど苦労させられたのだとか。
「今更言ってもどうしようもないことだが、ユセフが筋金入りの女性嫌いになったのも、我が姉の影響もかなり大きいだろうねぇ……」
ただでさえ社交の場で色々な女性に取り囲まれて辟易していたところに、伯母がダメ押しをしたと言ったところだろうか。
最後は先代フォルシアン公爵の大喝によって、ヴィルマ嬢は不満を抱えたまま防衛軍本部へと嫁いでいったんだとか。
「ユティラの婚約式の際も、どうしようか悩んだんだけどね。だけど王都外へと嫁いだのは先代存命の頃の話だし、ユティラとは血のつながりもあるワケだから、そろそろ一度招いてみても良いんじゃいないかと言う話になったんだよ。そうしたら、まあ、良くも悪くも変わらずで――――」
ユセフに縁談を薦めまくって、それはもうウザいくらいだったと言う。
「上手くいけば、ユセフに相手が出来たのは自分のおかげ!と、でも吹聴して、王都内に自分が入り浸れる邸宅を作らせようとしたんだろうね。パーティーでは主役そっちのけで騒ぎ始めて」
うわぁ……と、私は思わず顔を顰めていた。
結局今はまた、王都から締め出しと言う形になっているらしい。
「貴方、イル」
大きなため息をついたフォルシアン公爵に、エリサベト夫人がそっと寄り添った。
「普通に考えれば、防衛軍本部においでのヴィルマ様に手紙を書いたとして、中央で出席して貰うと仮定をすれば、王都に出て来るまでにかなりの日数がかかります。恐らく、イデオン公爵様がそこまで待てないと仰る筈。であれば、養女を迎えると言う手紙だけを送って、婚約式の話には触れないと言うのも一案では?」
「エリサベト」
「王都の身内だけ。そう言って、イデオン公爵様の邸宅で開いていただく方が、今回に限ってはいいのかも知れませんわよ?」
夫人の「提案」に、公爵閣下は存外真面目に考えこんでいた。
何故なら婚約に関しては、破棄にせよ解消にせよ、婚姻後の離婚よりも起こり得る確率が高いために、そこは内輪の宴としておいて、その後の結婚披露宴で互いの「家」の柵による、より規模の大きなパーティーを新郎側の実家で開くと言うのが一般的な流れなのだと言う。
だから慣例に則れば、フォルシアン公爵邸で、フォルシアン公爵家とイデオン公爵家それぞれの血縁関係者のみを集めて開くのが基本と言う事になる。
そう説明しつつも、フォルシアン公爵は「ただ」と少し悩ましげな表情を浮かべた。
「ユティラの時は、レクセル君の親兄妹と祖母、こちらからは私とエリサベトとユセフ、あとはまあ、私の姉夫婦で、ここで身内だけの宴を開いたワケなんだが」
「お姉さまがいらっしゃるのですか?」
今まで名前すら聞かなかったけど、どこか遠くに嫁いでいる――とかなんだろうか、と小首を傾げた私に、何故かフォルシアン公爵はちょっとだけその秀麗な顔を顰めた。
「何と言うか、ちょっとその時に揉め事があってね。ユティラからは結婚式には呼んでくれるなと言われているし、ユセフはそもそも王都出入り禁止にしろとか吐き捨てていたし、かと言って、紹介しないと言うのもフォルシアン家直系の娘としては問題がありそうな気もして、正直そこは困っていてね」
「……えっと」
どんなお姉さまですか、フォルシアン公爵。
そう思った私の表情を読み取ったエリサベト夫人も、何とも言えない笑みを浮かべていた。
「フォルシアン公爵領内の高位貴族に関しては、明日以降少しずつ学んで貰えたらとは思っていたのよ?だから今日はヴィルマ様――イルのお姉さまの話だけ端的にするわね?」
フォルシアン公爵には、もともと二人の姉がいるそうだ。
ただし一人は愛妾の子、公爵にとっては異母姉にあたるらしく、社交界デビューとほぼ同時に、フォルシアン公爵の叔父の邸宅に後妻として嫁いだ後は、夫婦ともがその領地からは出て来ない状態が続いているらしい。
聞けば、その叔父は叔父で、先代フォルシアン公爵との跡目争いに敗れた末に王都への出入りを禁じられているのだとかで、二人は万一の為の「血統のスペア」を求められての強制的な婚姻だったんだとか。
直系男子一人、と言う状況に心もとさを感じた先代、あるいはその周辺が考えたものだったらしい。
実際、フォルシアン公爵はその叔母の顔はまるで記憶にないそうだ。
多分、そちらは生きているうちに会うコトもないんじゃないかと、公爵はほろ苦く微笑った。
だから、ここで言うフォルシアン公爵の姉とは、二人の内の一人を自動的に指し示すことになる。
ヴィルマ・フォルシアン。今現在はフォルシアン公爵領防衛軍を束ねるマッカラン侯爵家に嫁いでの、マッカラン侯爵夫人を名乗る女性だ。
フォルシアン公爵令嬢としてのプライドが人一倍で、防衛軍どころか王都から遠く離れた家へ嫁ぐことも拒絶し、王都に邸宅を買って住まわせてくれそうな貴族相手へのアプローチを繰り返し、かつ、ユティラ嬢やユセフの相手として推薦するからとの「触れ込み」で、あちこちすり寄っていたらしい。
ユティラ嬢やユセフが、幼い頃「遊んでやる」と言われて一緒に出掛けたら、それこそ身売り同然に婚姻の約束を結ばれそうになったり、先代フォルシアン公爵が、胃に穴が開きそうなほど苦労させられたのだとか。
「今更言ってもどうしようもないことだが、ユセフが筋金入りの女性嫌いになったのも、我が姉の影響もかなり大きいだろうねぇ……」
ただでさえ社交の場で色々な女性に取り囲まれて辟易していたところに、伯母がダメ押しをしたと言ったところだろうか。
最後は先代フォルシアン公爵の大喝によって、ヴィルマ嬢は不満を抱えたまま防衛軍本部へと嫁いでいったんだとか。
「ユティラの婚約式の際も、どうしようか悩んだんだけどね。だけど王都外へと嫁いだのは先代存命の頃の話だし、ユティラとは血のつながりもあるワケだから、そろそろ一度招いてみても良いんじゃいないかと言う話になったんだよ。そうしたら、まあ、良くも悪くも変わらずで――――」
ユセフに縁談を薦めまくって、それはもうウザいくらいだったと言う。
「上手くいけば、ユセフに相手が出来たのは自分のおかげ!と、でも吹聴して、王都内に自分が入り浸れる邸宅を作らせようとしたんだろうね。パーティーでは主役そっちのけで騒ぎ始めて」
うわぁ……と、私は思わず顔を顰めていた。
結局今はまた、王都から締め出しと言う形になっているらしい。
「貴方、イル」
大きなため息をついたフォルシアン公爵に、エリサベト夫人がそっと寄り添った。
「普通に考えれば、防衛軍本部においでのヴィルマ様に手紙を書いたとして、中央で出席して貰うと仮定をすれば、王都に出て来るまでにかなりの日数がかかります。恐らく、イデオン公爵様がそこまで待てないと仰る筈。であれば、養女を迎えると言う手紙だけを送って、婚約式の話には触れないと言うのも一案では?」
「エリサベト」
「王都の身内だけ。そう言って、イデオン公爵様の邸宅で開いていただく方が、今回に限ってはいいのかも知れませんわよ?」
夫人の「提案」に、公爵閣下は存外真面目に考えこんでいた。
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