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第三部 宰相閣下の婚約者
562 砂糖を吐きたいとヒロインは言った
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今、サレステーデのバレス宰相のところには、自国の二人の王子と一人の王女が国際問題を引き起こしている点、特に後から謝罪と引き取りに赴いた筈の第一王子がより大きな問題を引き起こしていて、アンジェス王宮の貴族牢に全員収監されている、との情報が届いている状態だった。
事情聴取中のため、当面全員の帰国はまかりならぬ――と通告済みの状況だ。
通常外交であれば、他国への訪問などひと月は時間をかけて準備をしなくてはならないところだけれど、バリエンダールに使者を出した時にしろ、今回にしろ、そんな呑気な対応はしていられなかった。
「え、三日後⁉」
最後のクレープと珈琲、紅茶が振る舞われる中、バレス宰相に通告すると言う出頭日時を聞いた私は、さすがに驚いた。
公務との調整を考えれば、最低でも一週間は必要じゃないかと思ったからだ。
だけど、それも駆け引きの一環だとエドヴァルドは言った。
本当は今すぐ来いと言いたいところを三日にしてやる、と強気に出たところで、恐らくバレス宰相からは公務の調整に数日の猶予が願い出されてくるだろう、と。
「結果的には一週間後あたりで落ち着くのではないか。バリエンダールのメダルド国王あるいはミラン王太子に臨席して貰うための調整も必要なことだしな」
その過程を経ることで、この会談において上位にあるのはどちらかと言うのを示しておきたい――ちょっとした形式の問題だと言う話だった。
「ボードリエ伯爵令嬢におかれては、同日中にサレステーデの宰相とバリエンダールの国王ないしは王太子を招くという、日頃よりも〝転移扉〟に多くの魔力を使用しなくてはならない事態になると思われるため、陛下もぜひ力を貸して欲しいと仰せだった」
毎回、起動するたびに〝扉の守護者〟が立ち会っているわけではなく、扉には電力を充電するが如くある程度は魔力を留めておけるとのことで、近距離で一度や二度の移動であれば、管理部が起動を確認するだけでことは足りるのだそうだ。
ただし今回は、他国から要人を招くことになるため〝転移扉〟が消費する魔力も必然的に多くなり、万一に備えての待機と、起動後の魔力の補充は必須になるだろうとの話らしい。
ここはふざけている場合ではないと察したシャルリーヌも、声色も表情も引き締めながら「もちろんですわ」と、エドヴァルドに答えていた。
本当なら、シャルリーヌもシャルリーヌでアンジェスの聖女になる立場をそろそろ公にする必要があるのだけれど、ギーレン側から「聖女とエドベリ王子との婚約」についての公式発表が為されない間は、こちらとしても迂闊な動きが取れず、今は「事実上の」聖女、国への協力者と言う扱いになっているみたいだった。
「それと」
そこへシャルリーヌの隣からテオドル大公が、こちらへと話しかけてきた。
その瞬間、エドヴァルドの眉間に間違いようのない皺が寄せられて、彼自身は言いたくない、あるいは納得のいっていない話があると言うのが透けて見えてしまった。
「其方にも同席をして貰わねばならんのだよ。我々の話だけでは、娘がバリエンダール北部地域の村に留まっていることや、彼の国の公爵令息と情を交わしておること、ユングベリ商会の支店立ち上げを任せたいと思っていること――どれも信じぬ可能性があるのでな」
「……あ」
なるほど、その話をするのが相手国の宰相や大公では、バレス宰相にとっては、自分を屈服させるための作り話ではないかと受け取られる可能性があると言うことか。
「証人になれと言うことなんですね」
「我が国の宰相どのは難色を示しておるがな」
テオドル大公の視線を受けつつも、エドヴァルドの表情は変わらなかった。
「……押しかけて来た王族がこぞって問題を引き起こしておいて、宰相ひとりが常識人で何もしないと言う保証はありますか。何かあってからでは遅い」
「まあ、其方の言い分も分からんでもない」
王族が率先して法を犯しているのに、宰相が同類ではないと、誰が断言できる。
エドヴァルドが、そう言おうとしているのをテオドル大公もよく分かっているみたいだった。
「だから陛下も、この邸宅の私兵を、前回同様王宮に潜らせても良いと仰ったのであろうよ。イデオン公爵家の護衛ほど腕の立つ者はいないとの判断なのであろう」
そしてどうやら、一連のサレステーデの王族による騒動で、イデオン公爵家の護衛部隊は並外れて優秀だとの認識が、静かに浸透していたらしい。
要は今回も〝鷹の眼〟が王宮内、護衛として闊歩しても良いから、私とバレス宰相とを対面させろ――と、そう言う話に落ち着いたみたいだった。
それはエドヴァルドも不機嫌になる筈だ。
多分、氷柱の話を持ち出されたりなんかして、拒否をすると言う退路を断たれたに違いなかった。
「……すまない、レイナ」
エドヴァルドの手が、そっと私の頭の上に乗せられて何度か髪の上を滑った。
「貴女には、話が済むまではこの公爵邸で寛いでいて欲しかったのだが」
「――っ⁉」
(うにゃあぁっっ!!しゅ、衆人環視の中で頭を撫でるとか……っ)
一瞬にして真っ赤になった私の横で、シャルリーヌは目を真ん丸に見開いているし、後の面々はもの凄く生温かい表情にそれぞれ変貌していた。
「……今更儂らを牽制して何とする、宰相」
「か、変われば変わるものだな。そんなことをせずとも、今更私も自分の娘をどうこうとは思わない」
妻と娘がエドヴァルド推しだったらしいコンティオラ公爵サマは、思い切り表情を痙攣らせていたけど。
「あっ、あのっ、サラ――バレス宰相の娘さんには幸せになって貰いたいですし、私は〝鷹の眼〟の皆がいれば大丈夫ですから!たっ、食べましょう、デザート!」
わちゃわちゃと手を振る私に、エドヴァルドの口元が微かに緩む。
『……ちょっと、このそば粉クレープ、もうシロップ要らないわ。むしろ砂糖吐きそう。鉄壁宰相どこいった』
シャーリー!
いくら日本語だからって、内心だた洩れはやめて――‼
事情聴取中のため、当面全員の帰国はまかりならぬ――と通告済みの状況だ。
通常外交であれば、他国への訪問などひと月は時間をかけて準備をしなくてはならないところだけれど、バリエンダールに使者を出した時にしろ、今回にしろ、そんな呑気な対応はしていられなかった。
「え、三日後⁉」
最後のクレープと珈琲、紅茶が振る舞われる中、バレス宰相に通告すると言う出頭日時を聞いた私は、さすがに驚いた。
公務との調整を考えれば、最低でも一週間は必要じゃないかと思ったからだ。
だけど、それも駆け引きの一環だとエドヴァルドは言った。
本当は今すぐ来いと言いたいところを三日にしてやる、と強気に出たところで、恐らくバレス宰相からは公務の調整に数日の猶予が願い出されてくるだろう、と。
「結果的には一週間後あたりで落ち着くのではないか。バリエンダールのメダルド国王あるいはミラン王太子に臨席して貰うための調整も必要なことだしな」
その過程を経ることで、この会談において上位にあるのはどちらかと言うのを示しておきたい――ちょっとした形式の問題だと言う話だった。
「ボードリエ伯爵令嬢におかれては、同日中にサレステーデの宰相とバリエンダールの国王ないしは王太子を招くという、日頃よりも〝転移扉〟に多くの魔力を使用しなくてはならない事態になると思われるため、陛下もぜひ力を貸して欲しいと仰せだった」
毎回、起動するたびに〝扉の守護者〟が立ち会っているわけではなく、扉には電力を充電するが如くある程度は魔力を留めておけるとのことで、近距離で一度や二度の移動であれば、管理部が起動を確認するだけでことは足りるのだそうだ。
ただし今回は、他国から要人を招くことになるため〝転移扉〟が消費する魔力も必然的に多くなり、万一に備えての待機と、起動後の魔力の補充は必須になるだろうとの話らしい。
ここはふざけている場合ではないと察したシャルリーヌも、声色も表情も引き締めながら「もちろんですわ」と、エドヴァルドに答えていた。
本当なら、シャルリーヌもシャルリーヌでアンジェスの聖女になる立場をそろそろ公にする必要があるのだけれど、ギーレン側から「聖女とエドベリ王子との婚約」についての公式発表が為されない間は、こちらとしても迂闊な動きが取れず、今は「事実上の」聖女、国への協力者と言う扱いになっているみたいだった。
「それと」
そこへシャルリーヌの隣からテオドル大公が、こちらへと話しかけてきた。
その瞬間、エドヴァルドの眉間に間違いようのない皺が寄せられて、彼自身は言いたくない、あるいは納得のいっていない話があると言うのが透けて見えてしまった。
「其方にも同席をして貰わねばならんのだよ。我々の話だけでは、娘がバリエンダール北部地域の村に留まっていることや、彼の国の公爵令息と情を交わしておること、ユングベリ商会の支店立ち上げを任せたいと思っていること――どれも信じぬ可能性があるのでな」
「……あ」
なるほど、その話をするのが相手国の宰相や大公では、バレス宰相にとっては、自分を屈服させるための作り話ではないかと受け取られる可能性があると言うことか。
「証人になれと言うことなんですね」
「我が国の宰相どのは難色を示しておるがな」
テオドル大公の視線を受けつつも、エドヴァルドの表情は変わらなかった。
「……押しかけて来た王族がこぞって問題を引き起こしておいて、宰相ひとりが常識人で何もしないと言う保証はありますか。何かあってからでは遅い」
「まあ、其方の言い分も分からんでもない」
王族が率先して法を犯しているのに、宰相が同類ではないと、誰が断言できる。
エドヴァルドが、そう言おうとしているのをテオドル大公もよく分かっているみたいだった。
「だから陛下も、この邸宅の私兵を、前回同様王宮に潜らせても良いと仰ったのであろうよ。イデオン公爵家の護衛ほど腕の立つ者はいないとの判断なのであろう」
そしてどうやら、一連のサレステーデの王族による騒動で、イデオン公爵家の護衛部隊は並外れて優秀だとの認識が、静かに浸透していたらしい。
要は今回も〝鷹の眼〟が王宮内、護衛として闊歩しても良いから、私とバレス宰相とを対面させろ――と、そう言う話に落ち着いたみたいだった。
それはエドヴァルドも不機嫌になる筈だ。
多分、氷柱の話を持ち出されたりなんかして、拒否をすると言う退路を断たれたに違いなかった。
「……すまない、レイナ」
エドヴァルドの手が、そっと私の頭の上に乗せられて何度か髪の上を滑った。
「貴女には、話が済むまではこの公爵邸で寛いでいて欲しかったのだが」
「――っ⁉」
(うにゃあぁっっ!!しゅ、衆人環視の中で頭を撫でるとか……っ)
一瞬にして真っ赤になった私の横で、シャルリーヌは目を真ん丸に見開いているし、後の面々はもの凄く生温かい表情にそれぞれ変貌していた。
「……今更儂らを牽制して何とする、宰相」
「か、変われば変わるものだな。そんなことをせずとも、今更私も自分の娘をどうこうとは思わない」
妻と娘がエドヴァルド推しだったらしいコンティオラ公爵サマは、思い切り表情を痙攣らせていたけど。
「あっ、あのっ、サラ――バレス宰相の娘さんには幸せになって貰いたいですし、私は〝鷹の眼〟の皆がいれば大丈夫ですから!たっ、食べましょう、デザート!」
わちゃわちゃと手を振る私に、エドヴァルドの口元が微かに緩む。
『……ちょっと、このそば粉クレープ、もうシロップ要らないわ。むしろ砂糖吐きそう。鉄壁宰相どこいった』
シャーリー!
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