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第三部 宰相閣下の婚約者

557 海鮮BBQ、下拵えと準備完了

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 調理器具に関しては、野菜やポタージュを弱火で長時間加熱するのに向いていると言う土器と、鉄製の吊り手付きの大鍋(中華鍋の原型?)に片手鍋(フライパンの原型?)なんかが公爵邸の厨房には置かれていた。

 ガーデンパーティーでも、基本的には厨房で作った物を外へと運び、温製料理に関してはインドのタンドール窯風の超簡易タイプの窯に炭を入れて、上に鍋や土器を乗せて保温をしていた。

 それを今回は金網に変えて、焼くのだ。
 この前のキノコ、山菜パーティーで少し大きめの窯や網は用意して貰っている。

 あとはそれらを運んで、並べていくだけだ。

 残る作業は焼くだけ、程度にあらかたの仕込みが終わったところで、エドヴァルドが戻って来るまでは小休憩と言うことで、私はいくつかの料理のレシピに関して質問責めを受ける羽目になっていた。

 特に軍の皆さんの興味を引いていたのは、前回興味を引いていたジャガイモの鮭フレーク+チーズ乗せに加えて、鱒フレークとチーズが入ったオムレツと、白身魚とジャガイモのピカタのクレープ包みだった。

 鮭は無理でも鱒の方は領内の川にいそうだと言うのと、クレープ包み自体が外での訓練中、食べやすそうだと言うのだ。

 逆に言えば、彼らにとって初見であるそれらは、まだ国内でほぼ流通していないと言うことになる。

「でもなぁ……鮭フレーク+チーズ乗せは、バリエンダールのお店の方でレシピを取り扱うことになるだろうから、せめてこっちはチーズの代わりにバターにすれば、いけるかな……?」

 ジャガバタ料理だって、鉄板中の鉄板だ。

「ラズディル料理長ー!バターを〝スヴァレーフじゃがいも〟の方にもかけるので、少し多めに出して貰って良いですかー?」

「ああ?チーズ版と二種類用意するってか」

「そんな感じですー」

「ったく、相変わらず思いつきでポンポンとよく言うな……」

 ラズディル料理長はブツブツとそんなことを呟いているけど、軽く片手を上げて「了解」の意を示しているからには、別に怒っているとか、そういうことではないのだ。

 発言と愛想が不一致を起こしている人は、この邸宅おやしき内、料理長だけじゃない。
 近頃すっかり判断がつくようになってしまった。

「え、待って。チーズよりバターの方が鉄板じゃない。要はジャガバタ鮭フレーク乗せってコトでしょ?美味しくないワケないじゃない!」

 ジャガバタ、と聞いて思わず声が上ずったらしいシャルリーヌに、私は「うん」となるべく穏やかに頷いて、シャルリーヌを静めようと試みた。

「ただ、ジャガバタの方はかなりシンプルだし、どこかの産地でそうやって食べている人がいても不思議じゃないと思うのよ。鮭フレーク足したからっていきなりレシピ化すれば、摩擦を起こしたりしないか確認しておかないと」

「確認って……」

「ああ、うん、一応王都に公爵領の顧問法律事務所があるから、頼んでおけば調べてくれるでしょ」 

「なるほど、専門家だもんね」

 私とキヴェカス事務所の「因縁」を知らない人たちは、納得したように頷いているけれど、公爵邸の厨房の皆は、話が別だ。既にしっかりと情報共有はされている。

「そうそう、どんどんこき使ってやれや」

 そう言ったのはラズディル料理長で、こちらを見ながらしっかりと親指を立てていた。
 既に結構、あれやこれやと依頼を積み上げていることは皆分かっている筈だけど、まだ増やしても大丈夫だと思っているようだった。

「とりあえず今日のメニューは全部控えておいて、投げてやりゃイイじゃねぇか。魚貝類はいつもそれほど多くは王都に流れて来ないワケだから、なっかなか、確認すんのは骨が折れると思うぜ?」

「……料理長……」

「軍としても、それで構いませんよ。有用なレシピがあるのなら、こちらも使用料を払って正規に使わせて貰うだけのことですからね」

 善意と悪意の交錯で、なぜか会話が成立をした摩訶不思議。
 ラズディル料理長も、ウルリック副長も、それぞれが真面目に答えているのだ。

「んじゃ、まあ、そろそろイイ時間だろう?レシピの前に、まずはコイツらを中庭に出す準備を手伝ってくれや」

 もちろんです、と頷いたウルリック副長に、ここは私も頭を下げておく。

「ああ、レイナ嬢はお気になさらず。ボードリエ伯爵令嬢と先に中庭に出られては如何ですか。お館様たちも、そろそろお戻りだと思いますよ」

「あ……え、そ、そうね」

「レイナ?」

 うっかり言葉に詰まった私に、シャルリーヌが少し怪訝そうな表情かおになった。

 中庭に出るのはいい。
 むしろ海鮮BBQはこれからが本番なのだから、当たり前だ。
 ――ただ。

「えっと……シャーリー、中庭まで肩を貸して欲しいかな……なんて」
「肩?なんでまた」
「えー……歩きにくい、から?」

 我ながら要領を得ないことを言っているなとは思うけれど、私としては、恥を忍んで言っているようなものだ。

「歩きにくい?ああ、そう言えば今日の作業って、レイナほとんど座りながらやってたもんね。え、もしかして、どこか痛めてるの?海鮮BBQなんて企画して大丈夫だった?」

「いや、魚貝類がね、そろそろタイムリミットかなと思ったし、そこは引けなかったと言うかね……」

 本当なら、俵担ぎで良いから誰か運んでくれないかと思ったくらいだったけど、皆、死にたくないとばかりに首を激しく横に振るだけだった。

「歩けなくはないのよ?歩けなくはないんだけどね、ただ、ちょっと……ね」

 どうやら途中から、察しの良い人たちは視線をそこかしこに逸らし始めていた。

「なーんか、歯切れ悪いなぁ……じゃあ、途中で倒れるとかはナシね?肩に手をおいてくれれば良いから」

 シャルリーヌ自身は、私が厨房の中で肩を借りた時点では、何も分かっていなかったみたいだった。
 だから仕方なしに、廊下を歩きながらシャルリーヌの耳にだけ届くように、理由を告げるしかなかった。

「い……いやぁっ、鬼畜――!!」

 そして結果として、シャルリーヌの悲鳴交じりの声が、イデオン公爵邸の中に響き渡ることになった。
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