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第二部 宰相閣下の謹慎事情

【宰相Side】エドヴァルドの希求(1)

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 ユングベリ嬢をバリエンダールに残し、王女あるいは公爵家の令嬢を伴侶に迎える形で戻ってはどうか――。

 フォサーティ宰相の口から、案とは言いつつもそんな話が出た時点で、私は全身の血が沸騰して逆流するのを感じた。



 フィルバートをなだめすかして、バリエンダールに来たまでは良かった。
 王宮でレイナと合流して、テオドル大公と連絡が取れない状況の確認を取りながら、トーレン殿下のお相手だった姫の墓標に行く話をしようと思っていたのだ。

 まさか、王宮に軟禁状態となることを嫌って、自分たちまで丸ごと北部地域に行ったなどとは思わなかった。

 確かに、バリエンダールの貴族連中に下手に目をつけられたり、探りを入れられたりするよりは良い。
 私がメダルド国王あるいはミラン王太子の立場であったなら、どちらにするか多少なりと悩んだことだろう。

 ただそれでも、少しだけ……「戻って来ないなら迎えに行く」と言った私を待っていて欲しかったと思ってしまった。

 行ってしまったことの方に「やはりか」と納得はしても、私個人としては――そんな矛盾した思いが内心で芽吹くのを止められなかった。

 これは「自重」の帰還を本人のペースに委ねて待っていては、見通しすら立たないのではないかと思えた。

 私の手で引きずり戻し、この手の中に囲い込む。
 じわり、と仄暗い欲望が沸き上がるのを、何とか拳を握りしめて押さえつけた。

 ミラン王太子が、どうやら私が北部地域に、後を追いかけて行くことを許可してくれそうで、バリエンダールの当代聖女であるノヴェッラ女伯爵の魔力と〝転移扉〟の再整備が済むまで、宰相室で待機することを提案してきた。

 そこにいれば、いくら私用と言えど他国の宰相が訪れてきていると言う事実を、むやみに広げずに済むと言う事なのだろう。

 その提案に、否やはなかった。

 そうして、最初は雑談から始まったはずの会話の中での、フォサーティ宰相の発言だ。

「……レイナ・ユングベリはだ」

 ずっとレイナの傍にいたのは私だ。
 その地位を、ぽっと出の男に渡すつもりなど微塵もない。

 ジーノ・フォサーティがどんな男であるかなど、私には何の関係もない。
 たとえそれが王太子ミラン国王フィルバートとの話だったとしても、浮上したならば持てる力の全てで叩き潰すだけのことだ。

 そして私の隣は、レイナ以外の誰の為にも席は用意されていない。

 じわじわと周囲の物が凍り始めているのは分かっていたが、そもそも私が自分で制御出来るものではない。
 ただ、意識して止める努力もしなかっただけだ。

「寝言は寝てから言って貰えるか」

 凝縮された冷気と氷が、いくつかのカップや入口の扉にひびを入れ、まるで灰の如く粉々になって床に散った。

 まあ、氷柱よりは幾分マシかも知れない。
 結局壊したとは言え魔道具の実験で、魔力を減らした影響があったのかも知れなかった。

 もしくは、曲がりなりにも異母姉あねの夫である人物を、多少なりと気にした結果だったか。

「……人間ひとにまで影響が及ばなかったのが、私のギリギリの善意と解釈願いたい。そしてそれは、ここにいない宰相キアラ夫人への敬意と礼と取って貰って構わない」

 まるで自分で制御出来るかの様に語っているのは、ここはアンジェスではないのだから、当然のことだ。

 異母姉あね自身は、かつて私のギーレン王位継承権放棄にあたっての保証人署名を引き受けてくれた時点で、二度と連絡をしてこないで欲しいと言っていた。

 わざわざバリエンダールでまで、波風は立てたくないと。

 だから大っぴらにフォサーティ宰相に、私とキアラ夫人とのやりとりを知らせる事はない。
 けれどこうしておけば、もしかすると、近い将来ひっそりと、話だけ伝わるかも知れない。

 死ぬまで異母姉あねと呼ぶことはないだろうが、今くらいの距離感のままで良いと思っている。

 この心配りの繊細さに欠けた夫で良いのかとも思うが、そこに関しては私に何を言えた義理もない。
 側室夫人に比べれば、遥かに心を残しているようだから、双方の歩み寄りでうまくやってくれることを願うばかりだ。

「……〝転移扉〟の再整備の間、私の執務室にいれば良いと思っていたが、さすがにそうもいかなくなった。イデオン宰相、悪いが待機場所を移動して貰うことになった」

「…………是非もない」

 国内侯爵令嬢と婚約関係を結んでいるミラン王太子の方が、よほど何かにつけて気が回る。

 氷の処分は私には無理だと伝えると、目に見えて落胆はしているようだったが。

「しまった、遅かった……」

 耳に飛び込んで来た、年若い声にふと顔をあげると、粉砕された扉の向こうに〝鷹の眼〟から今回つれてきたグザヴィエ、コトヴァの横から、レイナと一緒にいた筈の「双子の片割れ」が、片手で額を覆うようにしながら、なぜかそこにいた。

 リック、と声を出そうとしたところ、隣にいたグザヴィエが、ゆるゆると首を横に振った。

 その様子を見るに、どうやらここでは別の名前があって、それを名乗っていると言う事なんだろう。

「レイナに何か言われてきたのか?」
「……歩きながら話すよ」

 部屋を変えよう、と言うところを聞いていたからか、リックはそんなことを呟いていた。
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