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第二部 宰相閣下の謹慎事情
549 ディナーの終わりに
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「アンジェス国の場合、王族の結婚に関しては、相手は侯爵位以上。高位貴族の結婚に関しては、伯爵位以上の相手が望ましいとされている。ただ、あくまで『望ましい』と言うだけだ。政略ではなく本気で望む相手ならば、当該爵位を持ついずれかの家に養子縁組で入った上で婚姻を結べば、それで良しとされている。昔のことは分からないが、今となっては建前も甚だしい話だな」
飲んでいた紅茶のカップをテーブル上のソーサーに戻した後で、エドヴァルドはそう説明をしてくれた。
「つまり、私は養子縁組を結ぶ必要があって……フォルシアン公爵夫妻が、手を上げて下さっていると言う事ですか?」
一口サイズのチーズタルトを食べ終え、紅茶を飲んでワンクッション置いてから、私はエドヴァルドに確認した。
「ああ。最初はアンディション侯爵にと考えていたんだが、一時的にせよ大公位に復帰されたとあっては頼みにくくなった。大公の養女となると、私は隠れ蓑で、実は陛下に嫁ぐための下地か――などといらぬ憶測を招きかねないからな。それでどうしようかと考えていたところに、フォルシアン公爵がこちらに申し出てくれたんだ」
「な、なるほど」
まさか、それはないだろうと思うものの、エドヴァルドの表情にまるで冗談の要素がないので、私はそれを口にする事は控えた。
「令嬢の方はともかく、ユセフと義理の兄妹になるのはどうかと思わなくもないんだが……当面、ヤンネの事務所近くでの住み込みの状態から抜け出せないのではないかと夫妻が言っていた。実際には結婚まで、さほど顔を合わせないのでは――となれば、さほど気にせずとも良いのかとな」
「…………」
労働基準法がなくて良かった。
ヤンネ・キヴェカスの法律事務所、社畜の巣窟と化しているっぽい。
仕向けたのは私だけど。
まだ、バリエンダールから商法の講師呼ぼうと思ってるけど。
と言うか、王女殿下に迫られて傷心中の息子の扱いが、それで良いんですかフォルシアン公爵夫妻。
「まあ、夫妻としてもさすがに気を遣える範囲を超えたと言うことなんだろう。特にエリサベト夫人の方に言えるのかも知れないが」
ああ……と、私もエドヴァルドの表情並みに、何とも言えない声を出してしまった。
「あの時だいぶお怒りでしたものね……」
決して怒鳴り散らしたワケではないのに、息子が暴言を吐いた瞬間、魔王ならぬ魔女が降臨した。
ちょっとギーレンのエヴェリーナ妃に通ずるナニカがあった。
私の遠い目を見たエドヴァルドも、何か察したらしく、敢えてそこには迎合してこなかった。
一瞬だけ視線を天井に向けた後、軽い咳払いで話題を元に戻してきた。
「それで最初は外で場を設けるのが良いかとフォルシアン公爵と話していたんだが、既にもうエリサベト夫人との顔合わせも、結果的に出来てしまったからな。だったらフォルシアン邸での夕食に招待しようと、そう言う話になったんだ」
一応、ユティラ嬢とのお茶会もあった筈だけど……とふと思ったら、もうそれはそれで、開発中のチョコレート商品を出す場として、伝手を広げるためと割り切って参加をすれば良いとエドヴァルドは言った。
「もちろん、ユセフは呼んでいない。……と、聞いている。それならば構わないか?」
どうやらエドヴァルドも、フォルシアン公爵夫妻も、こちらにかなり配慮をしてくれたみたいだ。
別に、来たら来たで言い返すなりなんなり――と思ったけど、多分貴族の作法としては、それはダメだろうなと、私でも分かる。
「あの、もう、お任せします。いえ、悪い意味じゃなくって、エドヴァルド様もご夫妻も、もう充分に気を遣って下さっているのは理解していますから……私の方から言う事がなくなっただけです」
私が無理をして言っている訳じゃないと言うのは、きっと話をしている内に分かったんだろう。
「あ、とは言え事務所のお手伝いは免除出来かねます。これからまだ、仕事増える予定なんで」
そう言った私に、エドヴァルドは一瞬表情を痙攣らせた気がしたけど、表面上は「……そうか」と頷いただけだった。
「その『仕事が増える』話は、別の日に改めて聞くとしようか。出来れば今日と明日は、これ以上無粋な話はしたくない」
「今日と……明日、ですか?あ、そう言えばどこかに出かけると仰ってませんでしたか?」
今日の昼間は、エドヴァルドが魔力枯渇寸前の状態になって寝台の住人になってしまい、何の予定もこなせていなかった筈だ。
明日、その「どこか」へ行くのかと思いきや、どうやらその予定も少し変更があったみたいだった。
「魔力枯渇の所為ではない。そうではないが、とにかくその予定は明後日にするつもりだ。恐らくは午前中は王宮へ行かねばならんだろうから、まあ、午後からとは思っているが」
「フォルシアン公爵邸に招かれている時間に戻って来られる様な位置関係の場所なんですか?」
「ああ。大した距離ではないから大丈夫だ。ただ、許可のない者の立ち入りが許されていない場所と言うだけなんだ」
いくら従業員の教育が行き届いていると言えど、この場で必要以上のことは口にしたくないんだろう。
私もそこは「分かりました」以外に答える選択肢を持たなかった。
「昼食は、公爵邸にお戻りの予定ですか?」
「もちろん、そのつもりだ。私は今だって、王宮内の食堂は完全には信用をしていない」
いつぞや媚薬を盛られたエドヴァルドにとっては、王宮内の食堂はトラウマ化しつつあるのかも知れない。
その分、こちらとしても「お願い」はしやすくなるんだけど。
「あの、多分そろそろバリエンダールからの氷漬けの食材にも限界が出てくると思うので、明日か明後日か――」
「明日はダメだ」
まだ「何をする」とも言っていないうちから、いきなり明日の予定は却下されてしまった。
ぱちくりと、目を丸くした私に、エドヴァルドがバツが悪そうに視線を逸らしている。
「……明日一日は、私のために時間を空けてくれ」
「それは……そうおっしゃるのでしたら、はい」
なんだかよく分からないまま頷く私に、エドヴァルドは「頼む」とだけ答えた。
「明後日、朝から王宮に行き、戻ってそれらの食材を昼食として食べて、その後郊外に少し外出をして、戻って来たその足でフォルシアン公爵邸に向かう。そう言うことにするから」
「いや、予定詰め込みすぎじゃ⁉」
思わず私は叫んでしまったけど、エドヴァルドはそれでも、その発言を翻さなかった。
明日一日、予定をからっぽにしてどうするのか――私はうっかり、エドヴァルドの「一日時間を空けてくれ」に、何も聞かずに頷いていたことを、あとで盛大に後悔することになった。
*********************************
すみません、予約登録をミスしました(;'∀')
そして愛称は明日……かな?3千文字前後でそのシーンに入れるかな……。
飲んでいた紅茶のカップをテーブル上のソーサーに戻した後で、エドヴァルドはそう説明をしてくれた。
「つまり、私は養子縁組を結ぶ必要があって……フォルシアン公爵夫妻が、手を上げて下さっていると言う事ですか?」
一口サイズのチーズタルトを食べ終え、紅茶を飲んでワンクッション置いてから、私はエドヴァルドに確認した。
「ああ。最初はアンディション侯爵にと考えていたんだが、一時的にせよ大公位に復帰されたとあっては頼みにくくなった。大公の養女となると、私は隠れ蓑で、実は陛下に嫁ぐための下地か――などといらぬ憶測を招きかねないからな。それでどうしようかと考えていたところに、フォルシアン公爵がこちらに申し出てくれたんだ」
「な、なるほど」
まさか、それはないだろうと思うものの、エドヴァルドの表情にまるで冗談の要素がないので、私はそれを口にする事は控えた。
「令嬢の方はともかく、ユセフと義理の兄妹になるのはどうかと思わなくもないんだが……当面、ヤンネの事務所近くでの住み込みの状態から抜け出せないのではないかと夫妻が言っていた。実際には結婚まで、さほど顔を合わせないのでは――となれば、さほど気にせずとも良いのかとな」
「…………」
労働基準法がなくて良かった。
ヤンネ・キヴェカスの法律事務所、社畜の巣窟と化しているっぽい。
仕向けたのは私だけど。
まだ、バリエンダールから商法の講師呼ぼうと思ってるけど。
と言うか、王女殿下に迫られて傷心中の息子の扱いが、それで良いんですかフォルシアン公爵夫妻。
「まあ、夫妻としてもさすがに気を遣える範囲を超えたと言うことなんだろう。特にエリサベト夫人の方に言えるのかも知れないが」
ああ……と、私もエドヴァルドの表情並みに、何とも言えない声を出してしまった。
「あの時だいぶお怒りでしたものね……」
決して怒鳴り散らしたワケではないのに、息子が暴言を吐いた瞬間、魔王ならぬ魔女が降臨した。
ちょっとギーレンのエヴェリーナ妃に通ずるナニカがあった。
私の遠い目を見たエドヴァルドも、何か察したらしく、敢えてそこには迎合してこなかった。
一瞬だけ視線を天井に向けた後、軽い咳払いで話題を元に戻してきた。
「それで最初は外で場を設けるのが良いかとフォルシアン公爵と話していたんだが、既にもうエリサベト夫人との顔合わせも、結果的に出来てしまったからな。だったらフォルシアン邸での夕食に招待しようと、そう言う話になったんだ」
一応、ユティラ嬢とのお茶会もあった筈だけど……とふと思ったら、もうそれはそれで、開発中のチョコレート商品を出す場として、伝手を広げるためと割り切って参加をすれば良いとエドヴァルドは言った。
「もちろん、ユセフは呼んでいない。……と、聞いている。それならば構わないか?」
どうやらエドヴァルドも、フォルシアン公爵夫妻も、こちらにかなり配慮をしてくれたみたいだ。
別に、来たら来たで言い返すなりなんなり――と思ったけど、多分貴族の作法としては、それはダメだろうなと、私でも分かる。
「あの、もう、お任せします。いえ、悪い意味じゃなくって、エドヴァルド様もご夫妻も、もう充分に気を遣って下さっているのは理解していますから……私の方から言う事がなくなっただけです」
私が無理をして言っている訳じゃないと言うのは、きっと話をしている内に分かったんだろう。
「あ、とは言え事務所のお手伝いは免除出来かねます。これからまだ、仕事増える予定なんで」
そう言った私に、エドヴァルドは一瞬表情を痙攣らせた気がしたけど、表面上は「……そうか」と頷いただけだった。
「その『仕事が増える』話は、別の日に改めて聞くとしようか。出来れば今日と明日は、これ以上無粋な話はしたくない」
「今日と……明日、ですか?あ、そう言えばどこかに出かけると仰ってませんでしたか?」
今日の昼間は、エドヴァルドが魔力枯渇寸前の状態になって寝台の住人になってしまい、何の予定もこなせていなかった筈だ。
明日、その「どこか」へ行くのかと思いきや、どうやらその予定も少し変更があったみたいだった。
「魔力枯渇の所為ではない。そうではないが、とにかくその予定は明後日にするつもりだ。恐らくは午前中は王宮へ行かねばならんだろうから、まあ、午後からとは思っているが」
「フォルシアン公爵邸に招かれている時間に戻って来られる様な位置関係の場所なんですか?」
「ああ。大した距離ではないから大丈夫だ。ただ、許可のない者の立ち入りが許されていない場所と言うだけなんだ」
いくら従業員の教育が行き届いていると言えど、この場で必要以上のことは口にしたくないんだろう。
私もそこは「分かりました」以外に答える選択肢を持たなかった。
「昼食は、公爵邸にお戻りの予定ですか?」
「もちろん、そのつもりだ。私は今だって、王宮内の食堂は完全には信用をしていない」
いつぞや媚薬を盛られたエドヴァルドにとっては、王宮内の食堂はトラウマ化しつつあるのかも知れない。
その分、こちらとしても「お願い」はしやすくなるんだけど。
「あの、多分そろそろバリエンダールからの氷漬けの食材にも限界が出てくると思うので、明日か明後日か――」
「明日はダメだ」
まだ「何をする」とも言っていないうちから、いきなり明日の予定は却下されてしまった。
ぱちくりと、目を丸くした私に、エドヴァルドがバツが悪そうに視線を逸らしている。
「……明日一日は、私のために時間を空けてくれ」
「それは……そうおっしゃるのでしたら、はい」
なんだかよく分からないまま頷く私に、エドヴァルドは「頼む」とだけ答えた。
「明後日、朝から王宮に行き、戻ってそれらの食材を昼食として食べて、その後郊外に少し外出をして、戻って来たその足でフォルシアン公爵邸に向かう。そう言うことにするから」
「いや、予定詰め込みすぎじゃ⁉」
思わず私は叫んでしまったけど、エドヴァルドはそれでも、その発言を翻さなかった。
明日一日、予定をからっぽにしてどうするのか――私はうっかり、エドヴァルドの「一日時間を空けてくれ」に、何も聞かずに頷いていたことを、あとで盛大に後悔することになった。
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