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第二部 宰相閣下の謹慎事情

540 心の父の気遣い

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 翌朝の朝食の席に、エドヴァルドが姿を見せなかった。

「え、魔力枯渇?エドヴァルド様が?」

 ファンタジー小説の世界では時々耳にする言葉だ。
 魔力のない、魔法が使えない私でも、単語の意味は知っている。

 朝食は一人で食べて欲しいと言われた私が、セルヴァンからその理由を聞いて、軽く目をみはった。

「昨晩、お戻りになった際に眩暈を起こしてフラつかれてしまって……」
「だ、大丈夫なの?それ……」

 アニメや小説だと、空っぽになると命に関わる――なんて話もあったように思うけど。

 私が思ったより動揺しているのに気が付いたんだろう。
 セルヴァンが慌てて片手を振った。

「申し訳ありません。枯渇、とまで言ってしまうと語弊がありますね。使い過ぎ……くらいでとどめた方が良かったかも知れません」

「いや、でも、それにしても……」

 聞けば昨日、王宮内で一気に魔力を使うような何かがあったと言う訳ではなかったらしい。

 それまでに何度も大量の魔力を消費する様な出来事があって、魔力と体力が大幅に削られている自覚が低かったところが、公爵邸に戻ってきた時点で気が緩んで、表に出てしまったんじゃないかと言う事らしかった。

 あぁ……と、心当たりのあり過ぎる私は、思わず天を仰いでしまった。

 さすがにバリエンダール王宮や北部の村やらを凍り付かせていれば、それは魔力も体力もガンガンに削られるだろうなと、納得してしまう。

 ただ、私が思うより周囲は慌てたり顔色を変えたりしていない。

 魔力のない私がイメージ出来ない事だから、より慌ててしまうんだろうか。

 セルヴァンはそんな私に目元を緩めながら「大丈夫ですよ、レイナ様」とあえてやんわりとした声をかけてくれた。

「元々、陛下から休養の許可をとっていらしたんですよね?ですから既に昨晩の内に〝魔法薬ポーション〟を飲んで、お休みになられたんです。昼食の時間帯くらいには、回復なさっておいでの筈ですよ」

「――〝魔法薬ポーション〟」

 ファンタジーだ。
 ……なんて感心してしまった事はさておき。

「え、でも、その薬は魔力の回復までは無理だって聞いたような」

「確かに現状、どの国も〝魔法薬ポーション〟はあくまで魔術の行使で削り取られた体力を回復させる薬であって、魔力そのものを回復させる薬ではないのですが、そこをナシオとシーグが知恵を出し合って、食事の方でカバーさせるように改良を加えたようですよ」

「ナシオとシーグが……?」

「正確には、イザクと一度ならずギーレンで話し合った事が役に立った、と言う事のようです」

 どうやら、魔力を内包する植物がシーカサーリ王立植物園にはあったらしく、イザクと主席研究員のリュライネンさんがキスト室長の指揮下、それを研究対象の一つに見做していたらしい。
 
 それを思い出したシーグの言葉に〝鷹の眼〟が反応をして、敷地内、類似する植物を探して歩き回ったんだそうだ。

「もちろん、まだ研究途中との事で、一気に回復となると難しいらしく、一割にも満たないそうですが、それでも〝魔法薬ポーション〟で体力の方はほぼ元に戻る訳ですから、起きた時点でさほどの違和感はなくなっているのではないか、との話です」

 もともと、魔道具使用で減る魔力程度は、一晩で勝手に回復するものらしく、それよりも大量の魔力を使ったりした場合には、その回復がどんどんと遅くなるだけの話なのだ。

 当然限界リミッターはあって、各自が幼少の頃から、色々な魔道具を使用しながら、自分の限界を知っておく習慣が自然と身に付いているのだと言う。

「ですから誰しも一度や二度は、魔力枯渇寸前で倒れかかった経験がある訳です。旦那様もそれで、ご自分が限界に近くなっている事がお分かりになられたのでしょう」

 だから過剰な心配は不要だと、セルヴァンは微笑わらった。
 本人もさほど深刻には捉えていない筈だから、と。

「ただ、残念ながら今日、旦那様が行きたいと思っていらした場所に行くのは難しくなりました。夜の外出は問題ないと思いますが、昼間に関しては明日か明後日か、旦那様が気が付かれたところで再確認が必要になるでしょう」

「そ……そっか」

 夜〝アンブローシュ〟に行く事に支障はないと、エドヴァルド本人ではなくセルヴァンが言うからには、どう考えても夜は延期にならなそうだ。

 ちょっと表情かおが強張ったかも知れない私を、セルヴァンが気遣わしげに見やった。

「……まだ、お気持ちが定まりませんか?」
「え……」
「どうしてもと仰るなら、旦那様にこのまま頂く事も可能ですよ」
「⁉」

 本来、雇い主に対して睡眠薬を飲ませるとか言語道断だろうけど、私はそこに「心の父」の有難い心遣いを感じて、心の中がふんわり温かくなった。

「……ありがとう、セルヴァン」
「レイナ様……」
「うん、大丈夫。ここまで充分に待って貰ったと思うから」

 何度か機会はあった筈なのに、決して答えを強要して来なかった。
 ちゃんと〝アンブローシュ〟に行くまではと、待ってくれていた。

 その誠意には、ちゃんと答えないといけない。

「ただちょっと……自信が足りないだけ、かな?自領ならともかく、他国の王女様とか同格の公爵令嬢様って、政略として明確な利点メリットがあるわけでしょう?私は、それを上回れるだけの何かを差し出せるのかなと思って」

「レイナ様。旦那様が今の年齢まで婚約者ひとり持たずにいらした理由をお考え下さい。王族や公爵家との繋がりを欲していらっしゃったならば、今頃は妻も子も、それこそ複数お持ちになっていらした筈ですよ」

「ふ……複数」

 明け透けなセルヴァンの答えにちょっと驚いたけれど、言われてみればそれも納得と言わざるを得ない。
 割と最初の方から「花畑在住にも公爵夫人になりたい女にも用はない」と断言していた気はする。

「地位やご実家の権力だけが悩みの種であれば、いくらでもやりようはあるのです。ですから、もっと心の奥底の部分で、お考えになれば宜しいと思いますよ」

 セルヴァンは己の拳を軽く握って、自分の胸をトントンと叩いてみせた。

「……そっか」

 確かにエドヴァルド本人だけじゃなく、セルヴァンやヨンナでも、トラブルが起きて、二人がその気になれば、事態を何とでも収めてしまいそうだ。

「えっと……昼食時間帯には目が醒めそうってコトなら、エドヴァルド様の目が醒めるまで、傍に付いていても良いかな?」

 お願いのポーズまでは、キャラじゃないのでやらないにしても、やっぱり心配は心配だ。

「魔力がなくて、どこまで本当に大丈夫かが分からないからかな?その、心配で……」

 料理レシピ、あるいは小説の下書きをしながら待っているのも良いかと思う。

「……午前中だけですよ?」

 ――午後からはヨンナがキッチリ外出用に磨き上げにかかるでしょうから。

 そう言ってニッコリと微笑わらうセルヴァンに、私はそれ以上言葉を返せなかった。
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