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第二部 宰相閣下の謹慎事情

530 ちょっぴり王宮料理体験

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 今回は、国王、王太子、王女の王族三人のみが揃った小規模な昼食会と言う事で、部屋の中のテーブル配置も端から端まで何メートルかと聞きたくなるようなテーブル配置ではなかった。

 本来であれば、私は書記官枠でマトヴェイ外交部長の近くにいるべきところが、エドヴァルドの存在によって、かなり王族よりの場所に腰を下ろす羽目になっていた。

 バリエンダールは海洋国家であり、魚を使った料理の種類が多いのはもちろんだけれど、北部に行けば山野も広がるとあって、鹿やウサギ、雉肉を使った料理も貴族の間ではよく食べられるのだそうだ。

 塩漬けが多いのは一般市民の食卓に見られる傾向らしく、新鮮な魚や肉が手に入りやすい貴族の食卓となると、丸焼き、塩がけ、茹で上げ……といった調理法も多く見られるらしい。

 味付けに香辛料がほぼ100%の割合で使用されているのも、バリエンダールならではかも知れない。

 ・魚や動物肉を使ったパテと白パン
 ・豆のポタージュ
 ・ウサギ肉のシチュー
 ・淡水魚、海水魚複数種の焼き魚
 ・植物の実を使ったサラダ
 ・果物のコンポート

 そして一皿ずつサーブすると言う習慣が根付いていないのは、バリエンダールでも同じらしく、テーブルの上に六種類の料理が一気に置かれて、給仕人が少しずつ取り分けて、目の前に置くと言う形をとっていた。

 飲料としては、エールはどちらかと言うと街で好まれる飲み物と言う事で、こう言った場ではワインが主流みたいだった。

 ただ、薬草、胡椒などの香料を入れて飲むと言うのは、これもバリエンダールの習慣らしい。
 葡萄の出来によって、入れる割合が変わると言う話は、もしかしたらヨンナの故郷で飲まれていたサングリアもどきと、同じ考えから派生したのかも知れない。

 私やミルテ王女は葡萄ジュースしかサーブして貰えなかったものの(飲めると言ったのに、横から却下された)、エドヴァルド自身がそれを口にして微かに顔をしかめていたので、香辛料入りのワインと言うのは、かなり特徴のある味なんだろうな、と想像は出来た。

 そんな食事がひと段落ついて、後は飲み物だけとなった頃。
 メダルド国王付のリベラトーレ侍従長が、トレイの上に筒状にして綴じられた紙を持って現れると、テオドル大公の所までそれを持って行き、綺麗に片づけられたテーブルの上に、静かに置いた。

「この様な場ですまぬな、テオ殿。貴族たちの余計な口出しが入ると、ますます帰国が遅れてしまうやも知れぬから、敢えてこの場で渡させては貰えまいか」

 最上位者の為の席についたまま、メダルド国王が座したまま頭だけを下げていた。

 貴族たち、と言うよりは「ベッカリーア公爵家」と言いたいに違いないと思いつつ、この場では誰もそれを声に出さない。
 政治案件、と言う事だ。

 私なんかだと、国王陛下が頭を下げているその時点で慌ててしまいそうだけど、さすがテオドル大公は「ふむ」と呟いただけで、まるで動じていなかった。

「これは我が国アンジェスの陛下への返書と言う解釈で合っておりますかな」

「そう言う事で構わんよ。我がバリエンダールは、アンジェスからの提案を受け入れる。サレステーデの自治領化と、その長としてアンジェスから人をる。最終的な税の申告はバリエンダール。その形でな」

 要は実際に統治する権利はアンジェスが握るが、金銭面に関してはバリエンダールが財布のひもを握ると言う事だ。

 バリエンダールとしては、自治領化はともかく、アンジェスの介入はあまり好ましくはなかっただろうけど、一連の騒動で折れざるを得なくなったんだろう。

「条約の締結としては、国王が動かねば顔も立つまい。日時の指定は任せる故、決まり次第早急に連絡をして貰えまいか」

「……王自らが動かれる、と?」

「うむ。此度の事を思えば、我が国へのフィルバート陛下の行幸など、とても頼めぬよ」

 いやいや、それが最善です。
 でないと、この王宮が血塗れになる可能性が大です。

 サレステーデの王子王女もそうだけど、一度も会ってないベッカリーア公爵家の方々とて、フォサーティ宰相の側室夫人みたいな人の集まりかと想像すれば、フィルバートがにっこり笑って短剣を振り上げたとておかしくない。

 多分今は、バリエンダール側の結論が出ていなかったからこそ、サレステーデの王子王女が自国の貴族牢にいるのを黙認しているだけだ。

 むやみやたらに凶行に及ばない理性と常識はあれど、理由さえあれば率先して自分の手を血塗れにする事が出来る。

 りませんので好きにして下さいと言われたが最後、嬉々として短剣をふるうか、王宮管理部の魔道具や薬の実験台モルモットに加えるかしかしない気がしている。

 何せ倫理が行方不明な国王だ。

 以前アンジェス国内で捕まった、シーグ以外のギーレン国からの間者とて、既に実験台モルモットにされているらしく、それ以上の情報も消息も、こちらには知らされていないのだ。

 もはや詳細を聞くのも怖いくらいだった。

 フィルバートのネジの外れ具合は、今となっては諸国の王も多少なりと把握はしている。
 なまじ頭自体の出来は悪くないだけに、各国とも対応に苦慮しているっぽい。

 決して今回、バリエンダール側の方が非が大きいからと言う理由だけで、メダルド国王も自分がアンジェスに行く事を決断した訳じゃないように思えた。

 血塗れ回避。
 何なら氷漬けの回避もそこに含まれているかも知れない。

「王宮には、国王代理として私が残ります。何、数日の事ですから、何とか陛下の代理はこなしてみせますよ」

 そしてミラン王太子はと言えば、そんな国王を横目に「自分が残る」と言う事をその場で強調していた。

 実際には、口調とは裏腹にミラン王太子の目は全く笑っていない。

 多分、国王の不在中に粛清の大鉈を振るうのではないかと思われているのが、正解であるかの様に感じられるほどだ。

「ふむ……では戻り次第、この返書は陛下へと手渡し申し上げよう。恐らくは会談の日時の指定と合わせて、サレステーデのバレス宰相への召喚状と、そこに我が国の陛下との連名での、メダルド国王の署名もお願いする事になるだろうが、構いませんかな」

「……っ」

 メダルド国王は一瞬身体を強張らせていたけれど、アンジェスへサレステーデの宰相を呼ぶからには、自治領化の話は必須であり、同時にメダルド国王との連名で、バリエンダールもその話に賛成である事を知らしめる必要がある事は確かだ。

「是非もない……な」

 最終的には、メダルド国王はそう言ってため息をこぼさざるを得なかったのだ。
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