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第二部 宰相閣下の謹慎事情
524 次期ギルド長候補の真価
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「まあ、今回はユングベリ商会長はもともと、アンジェス国の国賓の方の書記官と言う臨時の役割を背負って来ていたと言うから、このままの帰国を止める事は、残念ながら難しそうだ」
ジーノ青年とテオドル大公との会話がひと段落ついたところで、シレアンさんがそう言って私に話しかけてきた。
「店舗契約の話とか、商法講師の派遣の話とか、もう少し詰めておきたかったんだが」
「……商法講師の派遣?」
エドヴァルドのこめかみが、ピクリと動いていた。
私は「えーっと……詳しくは後で」と、痙攣った表情で報告を先延ばしにする事しか出来ない。
「書面で詰められるところは、詰めていければと思ってます。アンジェスの王都商業ギルド経由でユングベリ商会に連絡を頂ければ、王都にいる間は対応出来ますし」
「そうか。ギーレンにも販路がある以上、移動中の場合もある訳か」
――実際は、エドヴァルドとハーグルンド伯爵領の復興の様子を見に行く予定があるからです。
なんて内情は今はまだ言えないので、微笑ってとぼけるだけである。
「それもありますけど、今回の件が王宮上層部で完全に決着をしてくれない事には、下の人間は自由に動きづらいと思うんですよ。私もそうですけど、サラさんたちとかも含めて」
最終的にどこで開催をするにしても、三国会談が行われて、サレステーデの王子王女の最終的な扱い、ベッカリーア公爵家の断罪諸々が決着をしないと、大手を振って動くのは難しい筈だ。
さすがにそんな明け透けな話はここでは口に出せないにしても、全員が、内心ではそれを察していた。
「まあ、確かにそうだな。ただ、恐らく決着をすれば王都商業ギルド――と言うよりは、ナザリオギルド長がその情報を早々に掴んでくる筈だ。その時に、彼女たちに今後どう動いて貰うかも含めて、手紙が行くかも知れないな」
「……なるほど」
王宮最深部の情報が、そんなすぐに手に入るのかと一瞬思ったものの、あのナザリオギルド長なら……と、妙な説得力を感じてしまう。
「レイナ、私も、それまでにお酒を含めた自分の販路を整理しておくよ!バリエンダール王都の店舗に卸すか、サレステーデに作る店舗の目玉に出来るか、考えないとね。もちろん、それまでに新しい商品の情報を入手したら連絡するよ!」
まずは、お酒と容器の話を確認しておくよ!と、片目を閉じたサラさんに、私は苦笑する。
じっとシレアンさんを見れば、私の言いたい事が伝わったのか「サレステーデ内の商業ギルドのどこか、信頼出来そうな同僚や上司が残っていないか、確認しておきますよ」と言ってくれた。
「有難うございます、シレアンさん。じゃあサラ、お酒と容器の話もそうなんだけど〝狐火〟を宣伝出来る何か、商品の候補を考えておいて貰っても良いかな?それと、衣装以外にダルジーザ族独自の文化ってあるのかどうかも知りたいかな」
「うん?」
私の言葉に、サラさんが口元に手をやりながら首を傾げている。
つくづく、歌劇団のスターが似合ういでたちだと思う。
……シャルリーヌくらいにしか、分かって貰えないだろうけど。
「一番分かりやすそうなのは、絵になるのかな?でもほら、貴族の邸宅にある肖像画みたいな絵だけに需要があるとは限らないでしょう?企画書的な何かにまとめて、送ってくれれば」
「ああ、前に言いかけていたよね。そうだね、ランツァさんの所でしばらく時間が出来るだろうしね。ダルジーザ族に関しては、カラハティ製品がいくつかあった筈なんだけど、独自性があったかどうか、すぐには思い浮かばないから、行った時に確認しておくよ。それで良いかい?」
「お願い出来る?」
「任せて!いずれ開業するなら、私にとっても重要な話になるしね」
私とサラさんの話を頷いて聞いていたシレアンさんが「ああ、それと」と、思い出した様に口を開いた。
「件の青年、トリーフォンだが……当面、ギルド預かりにならないかとの相談をさっき受けた」
「え?」
思いがけない言葉に私が目を瞠ると、それまでじっとこちらの成り行きを窺っていたジーノ青年が、軽く片手を上げた。
「事態を公にし、姉妹と夫人の処罰内容をも公にした時点で、トリーフォンだけが村での蟄居と言うのは、あまりに不公平と周囲から見做されかねない。だったらユングベリ商会の名は出さないにしても、国内を行脚して、イラクシ族の為、北方遊牧民族の為に販路を繋ぐ――そうした方が、また対外的にも認められやすいと思ったんですよ」
「そう……かも知れませんね」
「まあ、対外的にはそういう事なんですが、一度ナザリオギルド長に振り回されるのも良いんじゃないかと思いましてね。対人関係をリセットするにあたって、良いリハビリになるでしょう」
「――――」
むしろかなりの荒療治では、と、思わなくもない。
もしくは生贄……とすれば、ある意味正しく「処罰」と言えるのかも知れない。
上手くいけば、友人枠くらいには収まれそうな気もするけど。
「いいんですか、シレアンさん?王都商業ギルド的に、意外に負担が多いようにも思いますけど」
「ナザリオギルド長のブレーキ役が将来増えるのであれば、お釣りがくる。……本人には言わないが」
真顔で頷いたシレアンに、私もうっかり吹き出しそうになってしまった。
「ああ、そうそう。無茶ぶりのついでに、ナザリオギルド長には手紙を出しておいた。戻ったら、王宮の方に、前回持ち帰りそびれた魚、今日の水揚げ分の中から改めて届けられていると思う。厨房にでも確認してくれれば」
「え!」
シレアンさん、ちゃっかりナザリオギルド長を「使って」いるじゃないですか⁉
そう言うところは、さすが次期ギルド長候補!
と言うか、ほとんど諦めていたので感謝感激です。
これで帰ったら海鮮BBQ出来そうです!
ジーノ青年とテオドル大公との会話がひと段落ついたところで、シレアンさんがそう言って私に話しかけてきた。
「店舗契約の話とか、商法講師の派遣の話とか、もう少し詰めておきたかったんだが」
「……商法講師の派遣?」
エドヴァルドのこめかみが、ピクリと動いていた。
私は「えーっと……詳しくは後で」と、痙攣った表情で報告を先延ばしにする事しか出来ない。
「書面で詰められるところは、詰めていければと思ってます。アンジェスの王都商業ギルド経由でユングベリ商会に連絡を頂ければ、王都にいる間は対応出来ますし」
「そうか。ギーレンにも販路がある以上、移動中の場合もある訳か」
――実際は、エドヴァルドとハーグルンド伯爵領の復興の様子を見に行く予定があるからです。
なんて内情は今はまだ言えないので、微笑ってとぼけるだけである。
「それもありますけど、今回の件が王宮上層部で完全に決着をしてくれない事には、下の人間は自由に動きづらいと思うんですよ。私もそうですけど、サラさんたちとかも含めて」
最終的にどこで開催をするにしても、三国会談が行われて、サレステーデの王子王女の最終的な扱い、ベッカリーア公爵家の断罪諸々が決着をしないと、大手を振って動くのは難しい筈だ。
さすがにそんな明け透けな話はここでは口に出せないにしても、全員が、内心ではそれを察していた。
「まあ、確かにそうだな。ただ、恐らく決着をすれば王都商業ギルド――と言うよりは、ナザリオギルド長がその情報を早々に掴んでくる筈だ。その時に、彼女たちに今後どう動いて貰うかも含めて、手紙が行くかも知れないな」
「……なるほど」
王宮最深部の情報が、そんなすぐに手に入るのかと一瞬思ったものの、あのナザリオギルド長なら……と、妙な説得力を感じてしまう。
「レイナ、私も、それまでにお酒を含めた自分の販路を整理しておくよ!バリエンダール王都の店舗に卸すか、サレステーデに作る店舗の目玉に出来るか、考えないとね。もちろん、それまでに新しい商品の情報を入手したら連絡するよ!」
まずは、お酒と容器の話を確認しておくよ!と、片目を閉じたサラさんに、私は苦笑する。
じっとシレアンさんを見れば、私の言いたい事が伝わったのか「サレステーデ内の商業ギルドのどこか、信頼出来そうな同僚や上司が残っていないか、確認しておきますよ」と言ってくれた。
「有難うございます、シレアンさん。じゃあサラ、お酒と容器の話もそうなんだけど〝狐火〟を宣伝出来る何か、商品の候補を考えておいて貰っても良いかな?それと、衣装以外にダルジーザ族独自の文化ってあるのかどうかも知りたいかな」
「うん?」
私の言葉に、サラさんが口元に手をやりながら首を傾げている。
つくづく、歌劇団のスターが似合ういでたちだと思う。
……シャルリーヌくらいにしか、分かって貰えないだろうけど。
「一番分かりやすそうなのは、絵になるのかな?でもほら、貴族の邸宅にある肖像画みたいな絵だけに需要があるとは限らないでしょう?企画書的な何かにまとめて、送ってくれれば」
「ああ、前に言いかけていたよね。そうだね、ランツァさんの所でしばらく時間が出来るだろうしね。ダルジーザ族に関しては、カラハティ製品がいくつかあった筈なんだけど、独自性があったかどうか、すぐには思い浮かばないから、行った時に確認しておくよ。それで良いかい?」
「お願い出来る?」
「任せて!いずれ開業するなら、私にとっても重要な話になるしね」
私とサラさんの話を頷いて聞いていたシレアンさんが「ああ、それと」と、思い出した様に口を開いた。
「件の青年、トリーフォンだが……当面、ギルド預かりにならないかとの相談をさっき受けた」
「え?」
思いがけない言葉に私が目を瞠ると、それまでじっとこちらの成り行きを窺っていたジーノ青年が、軽く片手を上げた。
「事態を公にし、姉妹と夫人の処罰内容をも公にした時点で、トリーフォンだけが村での蟄居と言うのは、あまりに不公平と周囲から見做されかねない。だったらユングベリ商会の名は出さないにしても、国内を行脚して、イラクシ族の為、北方遊牧民族の為に販路を繋ぐ――そうした方が、また対外的にも認められやすいと思ったんですよ」
「そう……かも知れませんね」
「まあ、対外的にはそういう事なんですが、一度ナザリオギルド長に振り回されるのも良いんじゃないかと思いましてね。対人関係をリセットするにあたって、良いリハビリになるでしょう」
「――――」
むしろかなりの荒療治では、と、思わなくもない。
もしくは生贄……とすれば、ある意味正しく「処罰」と言えるのかも知れない。
上手くいけば、友人枠くらいには収まれそうな気もするけど。
「いいんですか、シレアンさん?王都商業ギルド的に、意外に負担が多いようにも思いますけど」
「ナザリオギルド長のブレーキ役が将来増えるのであれば、お釣りがくる。……本人には言わないが」
真顔で頷いたシレアンに、私もうっかり吹き出しそうになってしまった。
「ああ、そうそう。無茶ぶりのついでに、ナザリオギルド長には手紙を出しておいた。戻ったら、王宮の方に、前回持ち帰りそびれた魚、今日の水揚げ分の中から改めて届けられていると思う。厨房にでも確認してくれれば」
「え!」
シレアンさん、ちゃっかりナザリオギルド長を「使って」いるじゃないですか⁉
そう言うところは、さすが次期ギルド長候補!
と言うか、ほとんど諦めていたので感謝感激です。
これで帰ったら海鮮BBQ出来そうです!
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