聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

505 気弱な長男の決意(後)

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 とは言え、私の特殊な言語チートでは、北方遊牧民族の皆様の言葉は、他人様ひとさまには教えられない。

「ああ……うん、それくらいだったら、私でも教えられるから大丈夫だよ」

 さすがは行商人のサラさん。
 元々は侯爵令嬢でもある訳だから、本人のスペックは相当に高そうだ。

「……分かりました」

 途中からは無言になり、複雑な表情で話の成り行きを窺っていたジーノ青年が、そこで観念したかの様に大きく息を吐き出した。

「個人的にはあまり賛成とは言えませんが、それが最も早くカタが付くのも確かでしょう。伯父上、そう言う事ですので、バラッキ族長とガエターノ族長とで、街道を封鎖した姉妹それぞれと、彼女たちに付いた一族の連中の尋問をお願い出来ますか」

「おまえが、あの母子おやこの尋問に入るのか?」

 賛成、反対どちらかを主張すると言うよりは、ジーノ青年の動きを確認しようとしているカゼッリ族長に、ジーノ青年はゆっくりと頷いた。

「ラディズ殿はイラクシ族の部族言語が話せない。商業ギルドのシレアン・メルクリオと言えば、近隣諸国含めて最も北方遊牧民に顔の利く人物ではありますけど、北部出身ではないと言うところで、話を聞いて貰えない部分が出てくるかも知れない。ユングベリ商会長も、従業員にネーミ族出身者を抱えてはいるけれども、本人が話を聞いて貰えるかとなれば、また別の話。どう転んでも良いように、私が付いていた方が良いと思っていますよ」

「……ふむ」

 カゼッリ族長は、少しの間だけ考える仕種を見せた。

 バラッキ族長やガエターノ族長が、血の気の多そうな為人ひととなりに見える事を思えば、カゼッリ族長は二人よりも落ち着きがある。

 ジーノ青年の性格を考えれば、確かにそこに血の流れを感じさせた。

「しかし先ほどまでの様に、抗争を押さえるだけなら我ら部族だけで良かったが、その先の事となると、我ら以外の関係者が立ち会った方が、今後いらぬ憶測を招かずに済むと思うのだがな」

「伯父上、それは……」

 カゼッリ族長は言外に、ジーノ青年が姉妹側の事情聴取を行わないのであれば、アンジェス組の中からの立ち合いを、と仄めかせている。

 気付いたジーノ青年はもちろん、エドヴァルドやテオドル大公も微かに眉をひそめていた。

「……リーシン」

 そして、ややあってから仕方がないとばかりに、エドヴァルドが一人の名を呼んだ。

「え」

 公安付〝草〟の一員であるリーシンは、それまで空気のごとく黙って様子を窺っていたけれど、いきなりの名指しに、軽く目を見開いていた。

「おまえが、テオドル大公とマトヴェイ卿の通訳に付いてやれ。お二人ともそれでよろしいか」

 ああ、そうか。
 バリエンダール語はともかくとして、北方遊牧民族固有の言語となると、話せる人間の数はガクンと落ちてしまう。

 私もバルトリも、ジーノ青年、シレアンさんにサラさんまでもがトリーフォン君たちと話す場に残るとなると、通訳可能な人間が他にいないのだ。

 と言うかリーシンは話せるんだ……ある意味〝草〟もそれなりに訓練されていると言う事なんだろう。

「えーっと……ネーミ語なら分かるんですが、他となると……」

 自信なさげなリーシンに「いや」と答えたのは、バルトリだった。

「俺もそうですし、それで問題ないかと。発音やちょっとした文字の違い程度だから、ほぼ想像がつきます」

「……な、なるほど」

 軍の皆さま方やトーカレヴァ達なんかは、もとより捕まえた下っ端の監視と言う形で、話には加わらない。

「ま、その辺りが妥協点か」

 テオドル大公も、最後には納得したとばかりに頷いていた。

*        *         *

「――お待たせいたしました」

 こちら側が二手に分かれようとの話が落ち着いた頃、イーゴス族長の様子を見に行っていたマカールも、再度この部屋へと戻ってきていた。

 ただ、今回はトリーフォン君もその母親も一緒ではない。

「我らが族長は、まだ身を起こすどころか言葉も発せる状況にはないのですが、こちらから話す事は理解していると思われます。ですから、お話は族長のところで」

「良いのですか?病み上がりの族長には、ご負担なのでは?」

 そう言ったジーノ青年に、マカールは緩々と首を横に振った。

「私が族長の意思を無視して勝手な行動をとっていると思われないためにも必要なことです。また、族長も、変に気遣われる事はよしとされないでしょうから」

 それだけを聞いていると、このマカールと言う人には、部族内での専横を目論むような意思はなさそうだけど、さすがに今の一言だけで判断は出来ない。

「ただ、エレメアの方が何か、貴方がたに失礼なことを口にするかも知れない。一連の騒動で、トリーフォンの身が危うかったこともあって、気が立っているのですよ。そのあたり、どうかご容赦願いたい」

 族長の側室夫人を隠れ蓑にしている場合だって、考えられる。

 トリーフォン君とエレメア側室夫人と、このマカールと言う人との関係性は、注視していた方が良いのかも知れない。

 ジッとエドヴァルドを見上げれば、言いたいことは分かっているとばかりに、エドヴァルドは頷いてくれた。

 思いがけずシレアンさんと一緒に、ギルドと商会関係者として、参加しなくちゃならない。
 ラディズ青年には極力話をさせないようにしないといけないからだ。

 そうなると、件の三人の様子は、エドヴァルドに見ておいて貰わざるを得なくなる。

 私はそこでふと思い立って、シーグをちょいちょいと手招きした。

「……イオタ、可能な範囲で良いから、ここしばらくの族長の食事内容を探ってみて貰えないかな」

 直接的な毒ではないにせよ、族長の体調を悪化させる様なメニューがなかったとは限らない。
 確認させておいて損はないと、シーグを呼んだのだ。

 厨房なり台所なりに入り込むのであれば〝鷹の眼〟男性陣よりもシーグの方が良いだろう。

「……分かりました」

 ごめん、シーグ。
 これも薬草づくりのための勉強だと思って!

 私とシーグがすみでこそこそと相談しているのをよそに、ジーノ青年がラディズ青年の前にゆっくりと歩を進めていた。

「……ではお願いします、ラディズ殿」
「あ、ああ。サラのためだものね。頑張るよ」

 ラディズ青年は、そう言って、右手の拳をぎゅっと握りしめていた。
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