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第二部 宰相閣下の謹慎事情

494 悪いコは放置

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「ジーノ」

 イラクシ族の拠点であるネストレ村と、バリエンダール王宮との間を〝転移扉〟で繋いでも良いと聞かされ、テオドル大公がジーノ青年に視線を投げた。

「真面目な話、この村であれば、其方そなたも王宮で場所を思い浮かべての、転移先の指定が出来たであろうが、ここからそのネストレ村とやらまで、直接繋ぐ事は出来るのか?こちらで持参してきていた簡易型の装置は既に使い切っておる。其方自身、この地に敬意を払う意味も込めて、手ぶらで来ておろう」

「……仰る通りです。ですから、手紙のやりとりのみ可能な形で〝転移扉〟が繋がっている王宮宛に、一往復分の簡易型装置の支給を願い出る形になろうかと」

 流石にバリエンダール王宮と〝転移扉〟を繋いだままにしておくのは、各方面差し障りがあるとの事で、今は手紙程度のやり取りが可能な形に、魔力を絞って、維持させてあるらしい。

 私には仕組みからしてさっぱり分からないけれど、努力の聖女ひと、バリエンダールの当代〝扉の守護者ゲートキーパー〟ノヴェッラ女伯爵が健在であるからこそ、そう言った繊細な操作も可能なのかも知れなかった。

「イラクシ族の内部抗争が鎮火したらしい事と、それを確かめに行く為の装置を至急融通して欲しい――と言う形で、連絡をとってみます」

 バリエンダールに来てから、テオドル大公はやはり王族の血を持つ人なのだと実感させられてばかりな気がする。

 そして自分をジッと見ていたテオドル大公の目力に負けたのか、最後、ジーノ青年も折れていた。
 一礼して、部分的に〝転移扉〟が残る部屋の方へと踵を返している。

「まあ恐らく殿下であれば、即決して装置は送ってくるであろうよ。後は――」

 別室へ消えたジーノ青年を見る事なく、テオドル大公が話を続けようとしたそこへ、屋内からでも聞こえる大声が、耳に飛び込んで来た。

 速度を落とせとか、荷馬車を壊さないようにしろとか、馬を労われとか……色々聞こえるけれど。

「エドヴァルド様……何だかすごく聞き覚えのある声が」
「……そうだな」

「お館様‼︎」

 そうして予想通り――と言うか、いつぞや税の申告にお越しになられた頃を彷彿とさせる声が、扉が勢いよく開く音と共に響き渡った。

「いやぁ、表の氷景色は壮観ですな!カタは全てついておりますか?もしまだがあるようでしたら、私がお引き受けしますぞ!」

「「…………」」

 外の景色が「自然現象ではないエドヴァルドの仕業」と、一片たりとも疑っていない声色だ。
 私やテオドル大公と違って、何の驚きもないあたり、慣れと言って良いのか、いっそ清々しい。

「将軍……」

 半瞬遅れで現れたウルリック副長、お疲れ様です。

*        *         *

「経路上で捕まえた連中は、縛って荷馬車ごと表に転がしてありますが、如何いかがされますか。彼奴等あやつら、この辺りを根城にしておるのであれば、しばらく放っておいたとて、どうと言う事もないでしょうが」

 ベルセリウス将軍が何気にヒドイ事を言ってますが、誰もツッコんでくれません。

 多分その捕まったイラクシ族の人たち、時期的なところから言っても、氷結世界に適した服は着ていないと思う……なんてコトは、捕虜だから敢えて無視なのか……。

「今、この国の宰相令息が、ここからイラクシ族の拠点の村までの、一時的な〝転移扉〟の使用許可を得に、席を外している。少なくとも戻って来るまでは放置で良い」

 はい。
 アンジェスの宰相閣下の鶴の一声で、表に放置は決定になりました。

「まあ、半日くらいまでは、凍死も何もないでしょう。我々が勝手に事情聴取する訳にもいきませんしね」

 私を見て、ウルリック副長が苦笑交じりなのは、私へのフォローもそうだけれど、私が気にして、表情かおを若干強張らせていたのを、察してくれたに違いない。

 ああ、さすがイデオン公爵領防衛軍の、常識さいごの砦!

「ただ、イラクシ族とユレルミ、ハタラ、ネーミの連合軍とがぶつかっていた場所から落ち延びてきた連中を、全て拾えたかどうかは……さすがに我々、この辺りの言語には全く明るくないので、バルトリにぜひ確認をして欲しいところですね」

 そう言ったウルリック副長の視線を受けたバルトリは、一度許可を求める様にエドヴァルドの方を向き、彼が黙って首を縦に振ったのを確認すると、軽く一礼して部屋から退出して行った。

「ベルセリウス。馬で駆けて来させたところを悪いがそのまま武装は解かずにいてくれ。もしかしたら、そう間を置かずに移動をするかも知れん」

「先ほど仰られた、イラクシ族の拠点の村がどうと言う話ですか」

「ああ。実際の話し合いは、イラクシ族と部族の連合軍でやれば良い話ではあるが、街道封鎖の解除に関しては、バリエンダール王宮とて無関係は決め込めない。ここでこの話を放置して今すぐ戻ってしまえば、街道封鎖の解除確認が取れないからと、王都から兵を出す――などと言った話が沸いて出かねないからな」

 そうなったら、自治領もなにもあったものではない。
 せっかくメダルド国王が鎮静化させようとしている、民族問題再び…である。

「テオドル大公には話し合いの立ち合いを務めて頂くとして、我らもその背後には控えておきたい。戻るなら、それからだろう」

「なるほど、身の丈に合わぬ欲をかかぬ様、こちらからも威嚇をする訳ですな!」

 エドヴァルドとしては、そんなどストレートな話はしていない筈なのだけれど、ベルセリウス将軍は、もはや本能レベルで、その隠された意図を読み取っているらしい。

 エドヴァルドですら「……そうとも言うな」と、返すのが精一杯みたいだった。

「そう仰られると言う事は、お館様、街道封鎖を指示していたと言う姉妹は、双方既にこちらから赴いた三族長達に制圧されたとの解釈で良いのでしょうか?」

 さすが…と言うかウルリック副長も、現状を整理する為に、敢えて淡々と、ゆっくりと言葉を紡いだ様に見えた。

 エドヴァルドもウルリック副長の意図は分かっていたのか「そうだな」と頷いている。
 
「そう言う連絡が入っているようだ。それを確かめる意味でも移動を――と言う話になっているのだがな」

「分かりました。では皆、このまま待機させましょう」

 さすがに馬で長距離を駆け抜けてきて、疲れていないとは思えないのだけど、彼らはそれを表には出さず、黙って頷いていた。
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