上 下
435 / 800
第二部 宰相閣下の謹慎事情

480 ネックレスの真価

しおりを挟む
 昨晩の登録洩れによる、本日二本目です!


*******************************


 ミルテ王女を巡っての、王家の思惑の濃い縁組を阻止する事はやぶさかではない――。

 フェドート元公爵の内心の吐露は間違いなく本音で、本気である事を窺わせている。

 それは、エドヴァルドやフィルバートにとってはこの上なく頼もしい話ではあったけれど、ギーレンの某王子との縁談となった場合には、果たして不利にはならないだろうか。

 宜しくお願いしたいと、頭を軽く下げているエドヴァルドを横目に、私はホッとするのと同時に、一抹の不安をも抱える事になった。

「それで、明日、どうやってユッカス村へ戻るおつもりかな。公が来られるまでは、途中で抗争に敗れて逃れて来る残存兵との遭遇を危惧して、戻る経路をまだ決めかねている状態だったようなのだが」

 フェドート元公爵の問いかけに、エドヴァルドも多分私と同じように「イラクシ族の負け前提なのか」と思ったに違いない。
 口元に微かに苦笑めいた色が垣間見えていた。

「――ベルセリウス」

 フェドート元公爵の話を補足するよう、視線で問いかけたっぽいエドヴァルドに、ベルセリウス将軍が思わずと言ったていで姿勢を正していた。

「は、この邸宅やしき内においてのみの閲覧許可と言う事で、周辺の地図を拝見させて頂く事が出来ており、荷馬車が通れる程度の道で、目立ちにくいところを皆で相談しあっておりました」

「そうか。と言う事は、ユッカス村から荷馬車で来たと言う事か?」

「は、その……」

 一瞬だったけど、ベルセリウス将軍の視線が私とマトヴェイ外交部長の方へと向いた。
 エドヴァルドも、それですぐさま「馬に乗れない二人」を察したみたいだった。

「なるほど、それで帰路にも気を配る必要があった訳か。ちなみにテオドル大公は、普通に馬車ですか」

「うん?まあ、儂はユッカス村は通っておらぬからな。シェーヴォラから、馬車が通れるだけの道を通って、ここまで来ておるよ。それは、いつもの事だ」

「息子には、テオドルが来た時には、ここまで来る馬車を出すようにと、以前まえから言ってあるからな。もともと、国内における〝転移扉〟の使用北限はシェーヴォラだ。そして今は、その途中の道がイラクシ族の一部の連中の所為せいで通れない」

 フェドート元公爵の言葉からも、ユッカス村に〝転移扉〟が通じたのは、やはり相当イレギュラーだった事が伺える。

「フェドート家の馬車の事は気にせずとも良い。テオドル一人だと、街道が通れるようになるのを待つしかなかったが、別方向からの迎えが来る事が出来たなら、そちら側から帰って貰って、一向に構わない。息子には私から知らせておく」

「すまんな、ヴァシリー」

 え、いやいや、そこで話をまとめられても!
 まさかエドヴァルドやテオドル大公が荷馬車に乗って揺られるとか、それはない!

 私が弾かれた様にエドヴァルドを見た事で、どうやら言いたい事は伝わったらしかった。
 分かっていると、エドヴァルドの目が語っている――気がした。

「ベルセリウス、悪いがその『道』が定まったら、何人か残って馬と荷馬車をユッカス村まで戻しに動いてくれるか。残りは『簡易型転移装置』で直接村に出るつもりだ」

 エドヴァルドの一言で、少なくともアンジェス組は「ああ…」と、腑に落ちた表情を見せた。

「なるほど、お館様はそれを使ってこの邸宅やしきへ……?」

邸宅やしきと言うよりは、ユッカス村からレイナを追おうとしたら、ここへ出たと言うのが正しい。以前、レイナが付けているネックレスには、贈り主である私の魔力が存在していると聞いていたからな。行先を登録するのではなく、そのネックレスの在処ありかを念じた結果、ここにいると言うのが正しい」

 そうか、エドヴァルドは前にギーレンでリファちゃんが、ネックレスに籠められていたエドヴァルドの魔力を感知して、手紙の配達に飛んで行った仕組みを覚えていて、応用したに違いない。
 逆もまたしかり、それで私を追えるのではないか――と。

 魔道具の凄さを称えるべきか、それともネックレスにこもる魔力に驚くべきか……。

 便利なものですな!などと笑っているのは、ベルセリウス将軍だけだ。
 ウルリック副長始め何人かは、乾いた笑いと共に視線を彷徨さまよわせている。

 彼らには発信機GPSの概念はもちろんないだろうけど、多分抱いた感想自体は、私とそう変わらない筈だ。
 
 チラチラと物言いたげに私を見ているあたり、気遣ってはくれているんだろう。

(まあ……何かあっても、これがあれば探して貰えるってコトで良いか)

 シャルリーヌがエドベリ王子をこき下ろしているのは、そこに一片の好意も存在しないからだ。
 私は――の重さは感じるけれど、こき下ろそうとは思わない。

 リファちゃんの「お仕事」と今回の「転移」で、いざと言う時に、居場所が双方向に把握出来ると言う事が分かった点で、貴重な体験をしたとさえ思う。

 気にしていない、との意味もこめて、私は副長たちに微笑んでおいた。

*        *         *

 最終的に釣り上げられた魚たちは、北部地域あるいはバリエンダール国内でメジャーだと言う料理にあれこれ変貌を遂げていた。

 個人的には、15cm前後の小型魚をカリカリに焼き上げたところに、ホワイトクリームをかけてマッシュポテトを添えたと言う料理がヒットだと思った。

 何でも北部地域の湖で一番よく見かける白身淡水魚らしく、料理自体もかなりメジャーらしい。

 主に軍関係者の皆さま方が、お酒に合うと勢いよく食べていたように思う。

 あと、市場にはあまり出回らず、漁師たちの間で消費されてしまう事が多いと言う体長20cmほどの白身魚はムニエルっぽい料理と味付けになっていて、こちらは高位貴族の皆さま方が優雅にお召し上がりだった。

 他にも酢漬けマリネにされた魚(これは今日釣れた分は後日に回り、食卓には前に酢漬けして保管されていた分が使用された)や、フィッシュケーキっぽい、魚のほぐし身とジャガイモをパン粉や小麦粉で包んで揚げた一品なんかが、この日は振舞われた。

 山菜やキノコは、全て脇の添え野菜に回ったようだった。

 フィッシュケーキとコロッケの境界線が難しい……これはレシピ化出来るのか……などと、ぐるぐる考えながら食べていたら、横からエドヴァルドに咳ばらいをされた為、とりあえずその場では食べる事に集中せざるを得なかった。

「――この後は〝狐火トゥレット〟の出現を待つつもりかね?」

 大満足の夕食が終わって、コーヒーを出されているところに、不意にフェドート元公爵がそんな事を聞いてきた。

「あ、はい。その、湖畔に行った方が良いですか?それとも泊まらせて頂くお部屋のベランダでも見えるものですか?」

「湖側の部屋であれば、ベランダからでも十分に見る事は出来るとも。寒さを凌げる厚手の何かを羽織っていればよかろうよ」

 聞けば〝狐火トゥレット〟は、この地域だと比較的早めの時間から、真夜中をピークとするように、一晩に2~3回出現するらしい。
 1回につき1時間位現象が続くこともあれど、激しく動いたり光ったりするピークは約10分程なんだそうだ。

 場所によっては、真夜中から明け方に見えるところもあり、必ずしも決まった条件があると言う訳ではなく、だからこその「神秘」なのかも知れなかった。

「昨晩と同様に、空は晴れているようだ。今夜も可能性は高いかも知れないな」

 フェドート元公爵の言葉に、私の期待は高まりつつあった。
しおりを挟む
感想 1,393

あなたにおすすめの小説

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

(完結)嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

平民の娘だから婚約者を譲れって? 別にいいですけど本当によろしいのですか?

和泉 凪紗
恋愛
「お父様。私、アルフレッド様と結婚したいです。お姉様より私の方がお似合いだと思いませんか?」  腹違いの妹のマリアは私の婚約者と結婚したいそうだ。私は平民の娘だから譲るのが当然らしい。  マリアと義母は私のことを『平民の娘』だといつも見下し、嫌がらせばかり。  婚約者には何の思い入れもないので別にいいですけど、本当によろしいのですか?    

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。