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第二部 宰相閣下の謹慎事情

465 男役トップスター登場⁉(後)

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「ダメならダメで、お店の場所を探して、切り盛りしてくれそうな人を探して紹介して欲しいって言うのはあるんだけど、サラはもともとサレステーデの人だし、行商人としての実績もあるし、伴侶としてロサーナ卿がお店の仕入れとか経理とかを管理して、サラを手助けしてくれたら、それが一番良いんじゃないかと思って」

 口には出さないけど、ラディズ青年は、王宮内での権謀術数を相手にするのには、向いていない。
 それが出来るなら、ロサーナ公爵だって国外に出したりはしない筈だ。

 ただ、地頭は良いと思われるので、お店で数字に向き合うのには向いている気がするのだ。

「私とディで、お店を……」

「ユングベリ商会が従業員として雇う形だから、実店舗登録の為の資金含めて、あれこれとサラが無理に準備する必要はないでしょう?その他の従業員に関しては、アンジェスを出て一旗あげたいって言う人たちの面倒をみてもらう可能性はあるけど、そのあたりはこれから相談していける事だし」

「サラ……」

 私の話に心が揺れているらしいサラさんの肩に、ラディズ青年がそっと手を添える。

「ああ……そうだね、ディ。多分このまま帰っても、私は望まない縁談を押し付けられるだけじゃないかと思うんだ。父は何か焦っているようだったからね。それを思えば、これ以上の話はないかも知れないね」

「!」

 ――何かに焦っている。

 サラさんの言葉は、確かに私の肺腑を貫いた。

 片方にギルドカードがあれば、ギルドを通して1~2日での手紙のやり取りが可能になる。

 手紙を読んで、帰国するまでの日数はある程度かかるにしても、サレステーデのバレス宰相が、王家がたない危機を感じて、とにかく後妻でも側室でも良いから、生き残りそうな家に娘を嫁がせようと考えた可能性はある。

 そこは、ロサーナ公爵令息と言う、ラディズ青年の立場がサラさんの防波堤にはなるだろうけど、バレス宰相が、自らの職務を失う事も未来図として持っているのだとすれば、ただ、婿養子になりに行くよりも「ユングベリ商会サレステーデ支店」の存在を仄めかせて行く方が、向こうも安心するに決まっている。

「――サラ」

 私はそっとサラさんの近くに歩み寄ると、誰にも聞き取れない様に、耳元で小声で囁いた。

「今、サレステーデ王宮内でトラブルが起きているとの情報を得ているの。それを踏まえて、のお話を聞いて?」

「⁉」

 うっかり声を上げそうになっているサラさんを、そっと片手で押しとどめる。

「お父様は、とにかくサラをそのトラブルから遠ざけたくて、焦っているんだと思う。何なら、お父様も『顧問』で如何ですかって、手紙に書き足しておくわ」

「……父の宰相位が……危ぶまれるほどのトラブル、だと……?」

「結構、ユングベリ商会ウチの情報網は確かよ?」

 この程度であれば多分、機密には触れないだろう。
 サラさんはともかく、他者からすればあくまで噂の域を出ないと判断される筈だ。

 ラディズ青年の様子をチラッと見て、ほぼ会話は洩れていない事を確認する。

 後でサラさんが話をするかどうかは、彼女自身が「宰相の娘」として判断すべき事だろう。

「レイナの手紙が……父に何らかの方向性を与えると言う事で良いのかな?」
「多分ね」

 娘にちゃんと「当て」があるなら、第三王子を軽い御輿と知っていて、宰相の娘と共に担ぎ出そうとする勢力が仮に残っていたとしても、遠慮なくが出来る筈だ。

「ダルジーザ族側からの返事もまだだし、サラの体調もあるだろうから、手紙は戻ってから書くね?それまでに紹介か、サラ達自身が商会ウチに入ってくれるか、二人でちゃんと相談しておいて貰って良い?」

「分かったよ。何でも街道閉鎖をされてしまって帰りそびれている、アンジェス国の重鎮のかたを迎えに行くとか……?」

 ラディズ青年なり、ジーノ青年なりから、概略だけは聞いたのかも知れない。
 私も、敢えて頷くだけに留めておいた。

「そうか。ヘルガ湖畔だろう?せっかくだから、その方の無事がハッキリしたら、1泊はしてくる事を勧めるよ」

「そうなの?何かオススメ?」

「もっと冬が深くなった方が見る事の出来る確率は上がるんだけどね。天気や気温、ある程度の条件が整った夜になると、その辺りで〝狐火トゥレット〟を見る事が出来るんだよ。そうだね、折りたたまれながら揺れる光のカーテン…って感じかな」

 ん?
 
 私はサラさんの説明に、何となく心当たりがあった。

「オーロラ……?」

「レイナの国では、そんな風に言うのかい?本当はもう少し北に行かないと難しくて、ヘルガ湖畔あたりでギリギリってところなんだよ。だけど運が良ければ、空だけではなくて湖面にも反映して、貴重な景色を拝む事が出来るからね。私としては防寒具をちゃんと持って、2泊くらいは待機してでも機会を窺って欲しいところかな」

 そうか。トナカイがいる様な北欧圏では、確かに地域によってはオーロラを見る事が出来ていた。
 異世界でだって、そんな事はあるかも知れない。
 地球上でだって、オーロラのメカニズムは磁気と太陽風が関係していると言った以上の事はまだ解明されていないのだから。

「もし、それがオーロラだったら、私の居た国では『死ぬまでに一度は見ないと後悔する景色』なんて言われていたから、確かに是非見たいかも」

「そうか!それはぜひ、同じであって欲しいね!ダルジーザとかネーミとかの間には『狐が雪原を駆け巡り、その尻尾で舞い上げた粉雪が火花となり夜空に現れた光』だなんて言い伝えがあるらしいよ。何でもその光の下で結ばれた恋人同士は、将来子宝に恵まれるとか、授かった子どもは運や健康、美貌に恵まれるとか言われていてね。私とディも、ヘルガ湖畔じゃないにしろ、サレステーデに戻る途中のどこかで見たいと思っているんだよ!」

「………そ、そうなんだ」

 それは、もの凄い伝説だ。
 死ぬまでに一度見たいどころの話じゃない。
 日本だったら観光の謳い文句に使われて、観光客が殺到しそうなエピソードだ。

「あ」
「え?」
「ねえ、サラ。その〝光〟って、サレステーデでは有名?」

 何気なく聞いた私に、サラさんも「そうだね」と、すぐに答えた。

「王都郊外で〝狐火〟がよく見える村なんかは、宿がいくつもあって、若い恋人たちとか結婚したばかりの夫婦とかが願掛けに行ったりするよ」

「じゃあ、、使えるかも」
「使えるって?」

「絵の得意な人を探して〝狐火トゥレット〟の絵を書いて貰って、売るとかしてみない?ただの絵画なら、もしかすると先達がいるかも知れないけど、ミニチュアにするとか、砂絵にするとか、ちょっとした工夫はいくらでも出来るし」

「え、ミニチュア?砂絵?」

「あー…帰ったら説明する!その辺りも含めて、店舗経営の件は考えておいて?」

 扉の向こうから、バルトリが顔をのぞかせたところから言って、荷馬車の用意が整ったんだろう。

 話はここまで――と、私は立ち上がった。
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