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第二部 宰相閣下の謹慎事情

460 即席鮭フレーク

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 確かソテーに関しては、王都のチェーリアさんのお店にもあったように思う。
 所謂「ジビエ料理」に相当するのだろうけど、これは上にかかっている赤い果物ソースと良い、マッシュポテトで周囲を囲ってあるとはいえ、味としては癖があると言わざるを得なかった。

 赤いソースは、以前に北欧系インテリアショップのレストランで口にした、コケモモジャムにソックリ。
 あの甘さとお肉とのコラボは――正直、私は若干苦手だった。

 と言うか、ジャムはユルハ領のシーベリージャムが安定供給出来る様になれば、ちょっとしたライバル商品になってしまうし、この地域であれば、食べ慣れているコケモモジャムの方が受け入れられ易いだろうから、実際に取り扱うとなると、売り上げとして難しい面はあるかも知れない。

「あ、でも干し肉は輸入できるよね……あと、肉詰めソーセージと魚かぁ……」

 白身魚のフライなんかは、チェーリアさんのお店で出すあたりが鮮度の限界だろう。

 今食べている肉詰めソーセージは合鴨もどきらしいけど、多分それはそれで珍しくない気がするから、むしろカラハティトナカイの肉でこれが出来れば、地元料理として良い謳い文句になる気がするんだけど。

 食事がひと段落したら、肉詰めを持って来てくれたバラッキ族長にちょっと聞いてみようかな。

 鮭に関しては、スモークサーモンは鉄板品だとしても、焼くならもっと、スープに切り身を入れる以外にも――。

「あ」
「レイナさん?」

 ユレルミ族のカゼッリ族長夫人ランツァさんが、私の呟きが耳に入ったらしく、こちらを向いてくれた。
 この女性も、族長と同様にバリエンダール語はそれなりに話せるようだ。

「すみません、ちょっと実験してみても良いですか?」
「実験?」

「今ここにある材料で簡単に出来るんで、食べてみて頂いて、アリかナシか伺えたらな……と。私の住んでいた国であった料理なんですけど」

「あら、それは興味深いわ。もし、それがアリだとなれば、取引が出来るかもと言う事ね?」
「そうですね、はい」

 私は近くにいた女性陣に手伝って貰って、お代わり用のスープに入れる為に焼いてあった鮭を、小骨が入らないように少しほぐした。

「えーっと……じゃがいも……あ、バリエンダールでは『アラタロ』でしたっけ?皮つきのまま、半分に切って頂いて良いですか?」

 鮭のほぐし作業と並行して、ランツァさんにジャガイモを半分に切って貰う。

「――で、この切った断面の上にこのほぐし身を散らせて、更にチーズを乗せて、焼きます」

 手順は以上ですね、と言うと、女性陣が「まあ!」と色めき立っていた。

「そんな単純なコトで良いの⁉」

「はい。エールビールに合うおかずだったりするんですよ。私の居た国だと、お酒を出しているお店なんかに行けばメニューにありますし、一定の漁獲量がありそうなら、それなりに売り上げは見込めるんじゃないかと」

 あと、鮭フレークとチーズ入りコロッケとか、じゃがいもを細身に切ればガレット風のオムレツとか出来るとは思うけど、これは卵の存在が必須になるから、出来ればアンジェスで鮭フレーク普及の為の試食メニューとして、とっておきたいから、敢えて狩猟民族の皆さんが野営でも作りやすそうな、シンプルなこのメニューだけを伝えてみた。

 本当なら、鮭フレークならごはん!と一番に言いたいところだけれど、やっぱり立ちはだかるお米の壁。
 ごめんねシャーリー、今回も洋食メニューのお持ち帰りになりそう。いや、ウナギはあるか。

「え、これ、私達の日常食のメニューとしても全然アリよ、レイナさん!サルモは焼いてほぐすだけなのよね⁉」

 どうやらこちらでは、鮭は「サルモ」と言うらしかった。
 男性陣にも食べさせようと、お代わりになる筈だった食材が、次々とじゃがいもの鮭フレークチーズ乗せ(仮)に変貌していく。

「ああ、はい。この焼いてほぐした身を、空気が入らないよう気を付けて瓶詰すれば、結構長持ちする筈ですから、王都はおろかアンジェス国やサレステーデ国あたりなら輸出出来るかな、と」

 ガラス瓶が見た目にも売れやすいと思うものの、日本で見ていた様なアルミの蓋が存在をしない以上は、ガラス瓶の蓋をどこまで改良出来るか、これもカファロ工房の兄妹に試作して貰う事になりそうだ。

 それまでは、枡サイズくらいの木箱にピッチリと入れる形で代用するしかないかも知れない……。

「ねえ、レイナさん。これは他の魚だと難しいのかしら?」

 ランツァさんの疑問は、至極まっとうなものと言うべきで、私も何と説明をしたものが小首を傾げた。

「ん-……確かに焼いてほぐすだけなんで、出来なくはないんですけど、味がかなり淡泊になってしまうので、向いてないと言った方が良いかも知れないですね」

 日本だと鯖フレークなんてあったりするけど、あれはあれで醤油だのみりんだのが必要になってしまう。
 鱈フレークにしたとて、料理酒としての日本酒が必要。
 魚醤だと、多分味がケンカをしそうだし、白ワインで代用出来るかと聞かれると、未体験ゾーン。

 コロッケならいける?いや、でもマヨネーズもないとなると、塩コショウだけで味はつくのだろうか……出たとこ勝負だよね、うん。
 まあ来年、また山ほど公爵邸に〝スヴァレーフ〟が来たら、ラズディル料理長に頼んで鮭フレークのコロッケと一緒に試作して貰っても良いかな。

「向いてない……そう、食べられなくはないけど、美味しくも不味くもない、と……?」

「そうですね……もしどうしてもと思われるなら、各地の調味料を片っ端から入手して、試してみられても良いかも知れないですけど……」

「それならサルモの漁獲量を一定数以上確保する方が良い、と」

私個人ユングベリとしては、そう思います」

 ハズレのない、鮭フレークだけにしておきたい。
 少なくとも、いまは。

「そうね、じゃあサルモ以外は取引とは関係なく、私たちの日常の食料として成立するか、放牧の合間に気長に試してみようかしら」

「ぜひ。それで、合うと思われる組み合わせが出てきたら、私に売り込んで下さい。お待ちしてます」

「あら、サルモは作れば買い取って下さるの?」

「そのつもりです。とりあえず、アンジェス本店に持って帰って他国でも通用するか皆に食べさせたいので、今日作った分を少し分けていただけますか?」

 この場合の「皆」とは、公爵邸の皆さま方と、シャルリーヌだけど。

「え、ええ、もちろん!」

 快諾、と言った感じのランツァさんを見た私は、近くにいたシレアンさんを片手で手招きした。
「どうした――と言うか、このサルモのほぐした身の事か?」

「さすがですね」

「切り身なら料理でよく見るが、ほぐし身と言うのもめずらしい。レシピ化予定案件として、ギルドで保護すると言う事で良いのだろう?」

「はい、その方向でお願いします。あと、これもガラスの容器に入れようと思っているので、なんだかどんどんとカファロ工房への『お願い』が増えていきそうですね」

「……な、なるほど」

 シレアンさん、一見引いてますけど後からこっそり「ギルド長への土産分を……」なんて言っているのは、聞こえましたからね!
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