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第二部 宰相閣下の謹慎事情

446 転移扉は起動する

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「一口にカラハティトナカイの放牧と言っても、民族ごとに形態が違いましてね」

 王宮内の廊下を〝転移扉〟のある部屋に向けて案内をされながら、ジーノ青年が、扉の向こう側の事について少しだけ話をしてくれた。

「年中天幕に住んで、季節の変化に応じて長距離移動しながら暮らす民族もあれば、一定間隔で小さな家を建てて、その家屋と家屋の間を移動する、比較的短距離の移動を行う民族、拠点を一ヶ所作って、周遊移動をして、またその場所に戻って来る移動を行う民族――と言った形があるのですが」

 どうやら長距離移動を行うのがネーミ、短距離移動を行うのがハタラ、ユレルミやイラクシは周遊移動をしている…と言った、ざっくりとした特徴があるらしい。

「全員が全員、そう言う訳でもないのですが、まあ主要な家族がそうしているとお考え下さい」

 ネーミ族に関しては、もっとも迫害が酷かった為に、結果的に長距離での移動と固定の家を持たない事を余儀なくされたと言う歴史も、裏にはあるそうだ。

「これから行くのは、ユッカス村と言う、北部地域に何千とある湖の中の一つ、ヤルビ湖畔にある小さな村なんですが、そこはユレルミ族の拠点と言いますか、年齢やケガで放牧移動の出来ないカラハティを飼育したり、同じく移動が難しい年寄りや若い子供が主に暮らしています。放牧移動中の者たちへの連絡なんかも、全て一度その村で預かる事になっているんですよ」

 そして、その村にある族長の住居に〝転移扉〟の座標を合わせたと、ジーノ青年は言った。

「まあ、放牧移動で慣れた天幕で生活する人もいますし、族長の住居と言っても丸太小屋と言っても過言ではないので、そこはもう文化の違いとご理解下さい」

 ちょうどそこまで話したところで、一つの部屋の前で立ち止まる。

 一応、出発を見届けるとの事で、メダルド国王やミラン王太子、ナザリオギルド長らも一緒に部屋の中に足を踏み入れた。

「陛下」

 中にはマリーカ・ノヴェッラ女伯爵が待機をしていて、メダルド国王に対して〝カーテシー〟の礼を軽くとった。

「うむ。起動はもう良いのか?」
「はいフォサーティ卿にご協力をいただき、先ほどつつがなく」

 ノヴェッラ女伯爵の向こう側には、アンジェス国とはまた違う紋様の円陣が展開されており、仄かな光が足元を照らしていた。

「既に空間が繋がっている事も確認済みですから、私の後からそのまま歩いて来て下さって構いません」

 そう言ったジーノ青年が、円陣の中央へと歩を進める。

 私はと言えば、ウルリック副長からこっそり「念のためウチの将軍にエスコートして貰って下さい。スマートじゃないと思いますが、そのあたり、お館様とは比較しないで」などと囁かれ、190cm超えのベルセリウス将軍が曲げた肘に、かろうじて手を乗せている様な状態で円陣の中へと入る。

 行ってらっしゃい、などとナザリオギルド長が軽く手を振る中、私も円陣の向こう側へと足を踏み入れた。

*        *         *

「わ……」

 視界がくらりと一瞬傾いた後、視線の先に見えたのは、四角いフレーム状の丸太が組みあがる建物の中だった。

(リアルにトナカイ…あ、カラハティか。頭部の剥製壁掛けとか初めて見た……)

 さすがにアレは、木彫りの熊的な、貰って困るお土産筆頭になりそうで、取引には向いていない気はする。
 いや、権威主義的なお貴族様には案外ウケたりするんだろうか。
 
 その他にも、ざっと辺りを見渡せば、カラハティの皮っぽいラグマットや、ショール、ブーツ、マグカップと言った小物があちらこちらに置かれていた。

「ああ…まあ、放牧に行けない者たちは、こう言った物を細々と売って生活しているのが実情ですよ。ですから、ユングベリ商会の販路がひらくと言うのは、良い機会だと私なんかは捉えているんですけどね」

 私の視線に気付いたジーノ青年が、そんな風に説明をしてくれる。

「申し訳ありませんが、村の集会所の方まで移動して下さいますか。直接そちらに行っても良かったんですが、そちらにはハタラ族やネーミ族の方にも集まっていただく予定なので〝転移扉〟が起動している所は、あまり見せない方が良いだろうとの、陛下のご判断もあって、いったんこちらに来たのですよ。一応、帰る際もそのようにする予定ですが」

 もともと〝転移扉〟は北部地域とこれまで繋がれた事はなく、最北はシェーヴォラの領主屋敷までだったらしい。
 今回限りのイレギュラーと断言するためには、なるべく多くの人の目には触れない様にしておこうとの配慮があったのかも知れなかった。

「――あ、ちょっと寒い」

 着いたところは、確かに山小屋風のロッジみたいな建物だった。外から見ても、印象はそう大きく中と変わらない。

 ただ、集会所に向かうとの事で外に出た途端、王都とは違う冷たい風が身を取り巻いた。

「もう少ししたら、この辺り一帯、雪に埋もれるんですよ。今のうちに暖をとる薪や長期保存用の食料の確保なんかの為に、ここの住民はここの住民なりに忙しくしています。まったく、街道封鎖だなどと迷惑も甚だしい。これから冬の備えをしなくてはならない少数民族全体にとっても、本当に由々しき問題です」

 だからこそ、ネーミ族もハタラ族も、危機感を覚えて駆けつけてきていると、ジーノ青年は表情を硬くしていた。

「とは言えユングベリ商会は、彼らにとっては初めて聞く商会。最初は私が説明をしますので、話を振るまでは、様子を見ていて貰っても良いですか?」

「分かりました。その……イラクシ族とは取引をしない、的な方向で?」

「ええ。恐らく今頃集会所では、いっそイラクシ族の拠点を襲撃して、無理にでも彼らを従えてしまってはどうか…と言った強硬論が出ていると思うんですよ。そこを抑えようと思えば、経済封鎖の有用性を説くしかありませんからね」

「北方遊牧民の方々は、血の気が多い方が多いんですか?」

「まあ、根は狩猟採集民族な訳ですしね。少なくはないと思いますよ」

 やや苦笑交じりにジーノ青年はそう言って、少し前を歩いて行く。

「多少議論が白熱して、柄の良くない発言もあるかも知れませんが、そこはご容赦下さい。ユングベリ商会長、彼らの言語は全てお分かりなんでしょう?」

「あー…そうですね。何語を話されたとしても、多分聞き取れてしまうと思います。いえ、別に自慢するつもりは全くないんですが」

 エドヴァルドとシャルリーヌ以外は知らない、私の「言語チート」機能の前には、少数民族語とて無力化される。
 声のボリュームを落とさない限りは、ナイショ話は存在しえない。

 乾いた笑いを洩らすしかない私に、ジーノ青年も諦めた様に嘆息した。

「我が部族の緊急用言語を理解していたくらいですし、そうだろうとは思いましたよ。まあただ、この事は他には洩らしませんから、理解を示すもわざととぼけるも、いいように活用して下さい」

「それは……有難うございます」

 分からないフリをして情報を集めるのも、確かに一案ではある。
 
 そこは場に応じて考えようと決めたところで、ちょうど集会所と思しき建物の前に到着した。
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