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第二部 宰相閣下の謹慎事情
415 まずは好感度上げから
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ミルテ王女からは、王都で有名だと言う菓子店の焼菓子をこれでもかと貰った。
ロサーナ公爵令嬢、ハールマン侯爵令嬢からは〝ユングベリ商会〟の家への出入りを許して貰った。
王宮への出入りに関しては、ミルテ王女から言える立場にない事と、ジーノ青年が今動いているのなら、悪いようにはしない筈…との王女自身の判断があったみたいだった。
「ジーノ様が文句を仰るようなら、私があの方を叱りますから、仰って下さいませ!」
との事なので、多分私がそう考えた事は、的を大きく外してはいない筈。
当代聖女マリーカ・ノヴェッラ女伯爵からは、宝石療法に関して、後日改めて教えを乞う機会を貰った(事情が許すならシャルリーヌと一緒に邸宅訪問をしても良いそうだ)。
基本、自国から出る事のない皆さんが、アンジェスやギーレンはどんなところかとそれぞれに知りたがったので、特に喰いつきがあると思われた、未病の改善――野菜や果物と健康美容との話をしてみたところ、案の定皆がまるでエヴェリーナ妃の如く目を輝かせていた。
「まあ、ギーレンの王立植物園と提携して、そのような研究を……⁉」
「こちらとしては農作物を定期的に卸せる事になりますし、植物園としては軌道に乗ってレストランで出せるレベルになれば、維持費研究費として収入を見込めるようになりますからね。いずれ双方、損がなくなる予定です」
まかり間違っても「本」の話はしない。
いずれバレるにせよ、それは話が整った後でありたい。
ギーレンが、大国としてのエゴを振り回しているばかりではないと、さりげなく印象付けておこうと言う、姑息な好感度アップキャンペーン展開中だ。
「もし興味が出られたようでしたら、ミルテ様が社交デビューをされた後でも、ぜひ一度視察される事をお勧めします。バリエンダールでも活かせる研究だと仰れば、陛下や王太子殿下も反対はしづらいのではないかと。その際は、ミルテ様さえ宜しければご一緒させて頂きますよ?」
ラハデ公爵にお願いをすれば、舞菜にかち合わずに、エヴェリーナ妃が案内役を買って出てくれるくらいには持ち込んでくれるだろう。
「本当に⁉分かりました、いずれ交渉して、そのようにしてみせますわ!その際は案内役におねえさまを指名させていただきます!絶対ご一緒して下さいませね⁉」
――よろこんで、と私は微笑った。
* * *
『……もしや其方、王女殿下の嫁ぎ先にギーレンを考えておるのか?』
お茶会がお開きとなり、テオドル大公が陛下の元へ、私がジーノ青年の所(王太子、宰相付き)へと向かうにあたり、途中までは一緒に行こうと言う事で、大公様と二人、王宮内の廊下を歩いていた。
そんなに見え見えの〝ギーレン好感度アップ〟の仕込みだったか、と私はちょっと苦笑した。
周囲を歩いているのがアンジェス関係者だけではない為、テオドル大公の声は小声かつアンジェス語だ。
『それがシャルリーヌ嬢のアンジェス定住への唯一の道と言って良いですからね。何せ王妃教育を終えた令嬢ですよ?それよりも上を行く方となると、それこそ王女殿下くらいしかいらっしゃいませんよ。何しろ王女殿下なら、今からの教育が出来ますから』
エドベリ王子とは、愛なり尊敬なり、これからゆっくりと育んでいければそれに越した事はないし、ビジネスライクな王と王妃になったとしても、エヴェリーナ妃とコニー夫人がいれば、そうそうミルテ王女が不幸になる事はない。
バリエンダール王宮での飼い殺しだの、他国のもっと年の離れた王族高位貴族に降嫁させられるだのよりは、よほど穏やかに過ごせる筈なのだ。
社交界での立ち回り方は、エヴェリーナ妃とコニー夫人が健在のうちに、おいおい学んでいければ充分だ。あの二人なら、上手く導いてくれるだろう。
『ふむ…王子とであれば、それほど無茶な年齢差でもない。それであればギーレン側から彼女を望む理由も一つ減る――か』
『サレステーデの自治領化が上手くいって、ベルィフからサレステーデへの縁組もそのまま成立すれば、ギーレンにとっては周辺諸国から外交的に孤立させられる様なものですからね。王子の意向なんて、恐らくは二の次になりますよ』
『なるほどな。そして仮にギーレンの方から申し込みが来たならば、いくらバリエンダール側で陛下や殿下が王女を囲い込みたいと思っても、断りづらくなるな』
『そう言う事です。ギーレンの方は、サレステーデの自治領化とベルィフの縁組とがそれぞれ成立した後で、商会経由で王女殿下の情報を少し囁けば、多分同じ判断に至ると思いますよ?』
エドベリ王子とシャルリーヌの双方に想いがあれば話は違っただろうけど、むしろシャルリーヌは、エドベリ王子を蛇蝎の如く嫌っている。
そうなれば、国としての政略が優先されるのは当たり前だ。
『では、儂はシャルリーヌ嬢の為にも、サレステーデの自治領化の話を、何としても纏めねばならんと言う訳だな』
『宜しくお願いします。さっきの治療に関しては、ご覧いただいていた通りに記録を残しましたので、もし完全に「なかった事」になりそうだったら、交渉の手札として使って下さい。やらかした方の宰相令息をアンジェスに押し付けられそうにないからって、じゃあ王女殿下を…と言うのも、あり得ません。それをもってサレステーデへの進出を思い留まらせようとか、もう、阻止一択です。全て大公様の手腕にかかってます』
『うむ。一見良さげな案に見えるが、自治領化ではなく併合となれば、バリエンダールの国土の拡大が今度は問題となる。さすがにそうなるとギーレンも黙ってはいられん筈だからな』
縁組を受け入れるより、戦を!――と、なるかも知れない。
自治領化が、一番良い落としどころの筈なのだ。
『となると、そろそろ例の「自称・王弟」の話も、会話の合間に挟む頃合いか……』
ここまで、ビリエル・イェスタフあるいはヘリスト・サレステーデを名乗る男の存在と処遇は、ずっと伏せられてきた。
国としての方向性を決めるのに、揉めるようなら――と、ある意味テオドル大公が、切り札的に情報を開示せずにいたのだ。
もともと、得た情報の使い方は、テオドル大公に一任されている。
戦略は立てるが、戦術は現場に任せる事が多いフィルバートならではのやり方だとも言え、苛烈な性格の割に国が傾かない理由は、主にそこにあると言っても良いくらいだった。
『では私の方も、必要にかられれば情報を明かすと言う形で構いませんか?』
『うむ。ジーノだけであれば特に…と思ったが、殿下がおいでとあらば、黙ってはいられぬ可能性もあろうな。良かろう、話すも話さないも其方に任せよう』
『有難うございます。ミラン王太子が何も仰らなければ、商会案件の話だけで終わると思います』
『いや、まあ……それも難しいだろうよ。其方は儂の書記官であると同時に、ユングベリ商会の商会長。儂が殿下の立場であれば、商会への詫びはまた別…とでも言って、ジーノを介しつつ、北方遊牧民達との間を取り持とうと動くだろうな』
『ミラン王太子が…ですか?』
今でもジーノ青年は動いてくれようとしていた筈。
そう思ったのが表情に出ていたのか、テオドル大公は重々しく頷いた後、言葉を足してくれた。
『表向き、ジーノはミラン殿下の管理下に置かれた身。殿下がそこに口を挟む権利は既に存在している。その上で、その取引が成立すれば、少なくとも今回の騒動における連帯責任から、ジーノを外す口実が一つ出来る事になる。陛下の融和策にこれほど添う話もないからな。対外的にも、どこからも責められんだろう?』
『宰相家全員を拘束して、司法の尊重を他の貴族に周知させる一方で、明確な手柄を持たせて、誰もが納得する形で国政に復帰させようと、そう言う腹づもりだ――と』
『フォサーティ宰相も、ジーノも自分も二人共が無罪放免になるとは思っとらんだろうよ。ならば次期宰相として、ジーノを残す方向に舵を切るのではないかな』
『最初こそサレステーデやら、あわよくば他国に息子を引き取らせようと思ったものの、どう足掻いても無理そうだから、最後は自分の手で無理心中…とかですか?』
『ま、殿下の思惑にしろ宰相の思惑にしろ、儂ならば…と言うところだがな』
テオドル大公は歩きながら、そう言って軽く肩をすくめた。
『レイナ嬢、一つだけ言っておくが、たとえ話がどう転ぼうと、どう不利になろうと、其方がこの国に残りさえすれば、穏便にカタが付くとだけは思うてくれるな?其方の婚約者は、その程度をあしらえぬ男ではないし、むしろフィルバート陛下との相乗効果で国が滅ぶ事になりかねないから、そこは間違えぬようにな?』
『………』
仮にエドヴァルドから公人としての箍が外れきってしまった場合、フィルバートは――間違いなく嬉々としてそこに加わってくる。
エドヴァルドが点火した不穏の種に、一切の躊躇なく油を注ぐ姿が目に浮かぶ。
テオドル大公でなくとも、目に見えるようだった。
『き…肝に銘じます』
『うむ。そうしてくれ。では後ほどな』
とある廊下までを歩いたところで、私とテオドル大公は、そこで別れた。
ロサーナ公爵令嬢、ハールマン侯爵令嬢からは〝ユングベリ商会〟の家への出入りを許して貰った。
王宮への出入りに関しては、ミルテ王女から言える立場にない事と、ジーノ青年が今動いているのなら、悪いようにはしない筈…との王女自身の判断があったみたいだった。
「ジーノ様が文句を仰るようなら、私があの方を叱りますから、仰って下さいませ!」
との事なので、多分私がそう考えた事は、的を大きく外してはいない筈。
当代聖女マリーカ・ノヴェッラ女伯爵からは、宝石療法に関して、後日改めて教えを乞う機会を貰った(事情が許すならシャルリーヌと一緒に邸宅訪問をしても良いそうだ)。
基本、自国から出る事のない皆さんが、アンジェスやギーレンはどんなところかとそれぞれに知りたがったので、特に喰いつきがあると思われた、未病の改善――野菜や果物と健康美容との話をしてみたところ、案の定皆がまるでエヴェリーナ妃の如く目を輝かせていた。
「まあ、ギーレンの王立植物園と提携して、そのような研究を……⁉」
「こちらとしては農作物を定期的に卸せる事になりますし、植物園としては軌道に乗ってレストランで出せるレベルになれば、維持費研究費として収入を見込めるようになりますからね。いずれ双方、損がなくなる予定です」
まかり間違っても「本」の話はしない。
いずれバレるにせよ、それは話が整った後でありたい。
ギーレンが、大国としてのエゴを振り回しているばかりではないと、さりげなく印象付けておこうと言う、姑息な好感度アップキャンペーン展開中だ。
「もし興味が出られたようでしたら、ミルテ様が社交デビューをされた後でも、ぜひ一度視察される事をお勧めします。バリエンダールでも活かせる研究だと仰れば、陛下や王太子殿下も反対はしづらいのではないかと。その際は、ミルテ様さえ宜しければご一緒させて頂きますよ?」
ラハデ公爵にお願いをすれば、舞菜にかち合わずに、エヴェリーナ妃が案内役を買って出てくれるくらいには持ち込んでくれるだろう。
「本当に⁉分かりました、いずれ交渉して、そのようにしてみせますわ!その際は案内役におねえさまを指名させていただきます!絶対ご一緒して下さいませね⁉」
――よろこんで、と私は微笑った。
* * *
『……もしや其方、王女殿下の嫁ぎ先にギーレンを考えておるのか?』
お茶会がお開きとなり、テオドル大公が陛下の元へ、私がジーノ青年の所(王太子、宰相付き)へと向かうにあたり、途中までは一緒に行こうと言う事で、大公様と二人、王宮内の廊下を歩いていた。
そんなに見え見えの〝ギーレン好感度アップ〟の仕込みだったか、と私はちょっと苦笑した。
周囲を歩いているのがアンジェス関係者だけではない為、テオドル大公の声は小声かつアンジェス語だ。
『それがシャルリーヌ嬢のアンジェス定住への唯一の道と言って良いですからね。何せ王妃教育を終えた令嬢ですよ?それよりも上を行く方となると、それこそ王女殿下くらいしかいらっしゃいませんよ。何しろ王女殿下なら、今からの教育が出来ますから』
エドベリ王子とは、愛なり尊敬なり、これからゆっくりと育んでいければそれに越した事はないし、ビジネスライクな王と王妃になったとしても、エヴェリーナ妃とコニー夫人がいれば、そうそうミルテ王女が不幸になる事はない。
バリエンダール王宮での飼い殺しだの、他国のもっと年の離れた王族高位貴族に降嫁させられるだのよりは、よほど穏やかに過ごせる筈なのだ。
社交界での立ち回り方は、エヴェリーナ妃とコニー夫人が健在のうちに、おいおい学んでいければ充分だ。あの二人なら、上手く導いてくれるだろう。
『ふむ…王子とであれば、それほど無茶な年齢差でもない。それであればギーレン側から彼女を望む理由も一つ減る――か』
『サレステーデの自治領化が上手くいって、ベルィフからサレステーデへの縁組もそのまま成立すれば、ギーレンにとっては周辺諸国から外交的に孤立させられる様なものですからね。王子の意向なんて、恐らくは二の次になりますよ』
『なるほどな。そして仮にギーレンの方から申し込みが来たならば、いくらバリエンダール側で陛下や殿下が王女を囲い込みたいと思っても、断りづらくなるな』
『そう言う事です。ギーレンの方は、サレステーデの自治領化とベルィフの縁組とがそれぞれ成立した後で、商会経由で王女殿下の情報を少し囁けば、多分同じ判断に至ると思いますよ?』
エドベリ王子とシャルリーヌの双方に想いがあれば話は違っただろうけど、むしろシャルリーヌは、エドベリ王子を蛇蝎の如く嫌っている。
そうなれば、国としての政略が優先されるのは当たり前だ。
『では、儂はシャルリーヌ嬢の為にも、サレステーデの自治領化の話を、何としても纏めねばならんと言う訳だな』
『宜しくお願いします。さっきの治療に関しては、ご覧いただいていた通りに記録を残しましたので、もし完全に「なかった事」になりそうだったら、交渉の手札として使って下さい。やらかした方の宰相令息をアンジェスに押し付けられそうにないからって、じゃあ王女殿下を…と言うのも、あり得ません。それをもってサレステーデへの進出を思い留まらせようとか、もう、阻止一択です。全て大公様の手腕にかかってます』
『うむ。一見良さげな案に見えるが、自治領化ではなく併合となれば、バリエンダールの国土の拡大が今度は問題となる。さすがにそうなるとギーレンも黙ってはいられん筈だからな』
縁組を受け入れるより、戦を!――と、なるかも知れない。
自治領化が、一番良い落としどころの筈なのだ。
『となると、そろそろ例の「自称・王弟」の話も、会話の合間に挟む頃合いか……』
ここまで、ビリエル・イェスタフあるいはヘリスト・サレステーデを名乗る男の存在と処遇は、ずっと伏せられてきた。
国としての方向性を決めるのに、揉めるようなら――と、ある意味テオドル大公が、切り札的に情報を開示せずにいたのだ。
もともと、得た情報の使い方は、テオドル大公に一任されている。
戦略は立てるが、戦術は現場に任せる事が多いフィルバートならではのやり方だとも言え、苛烈な性格の割に国が傾かない理由は、主にそこにあると言っても良いくらいだった。
『では私の方も、必要にかられれば情報を明かすと言う形で構いませんか?』
『うむ。ジーノだけであれば特に…と思ったが、殿下がおいでとあらば、黙ってはいられぬ可能性もあろうな。良かろう、話すも話さないも其方に任せよう』
『有難うございます。ミラン王太子が何も仰らなければ、商会案件の話だけで終わると思います』
『いや、まあ……それも難しいだろうよ。其方は儂の書記官であると同時に、ユングベリ商会の商会長。儂が殿下の立場であれば、商会への詫びはまた別…とでも言って、ジーノを介しつつ、北方遊牧民達との間を取り持とうと動くだろうな』
『ミラン王太子が…ですか?』
今でもジーノ青年は動いてくれようとしていた筈。
そう思ったのが表情に出ていたのか、テオドル大公は重々しく頷いた後、言葉を足してくれた。
『表向き、ジーノはミラン殿下の管理下に置かれた身。殿下がそこに口を挟む権利は既に存在している。その上で、その取引が成立すれば、少なくとも今回の騒動における連帯責任から、ジーノを外す口実が一つ出来る事になる。陛下の融和策にこれほど添う話もないからな。対外的にも、どこからも責められんだろう?』
『宰相家全員を拘束して、司法の尊重を他の貴族に周知させる一方で、明確な手柄を持たせて、誰もが納得する形で国政に復帰させようと、そう言う腹づもりだ――と』
『フォサーティ宰相も、ジーノも自分も二人共が無罪放免になるとは思っとらんだろうよ。ならば次期宰相として、ジーノを残す方向に舵を切るのではないかな』
『最初こそサレステーデやら、あわよくば他国に息子を引き取らせようと思ったものの、どう足掻いても無理そうだから、最後は自分の手で無理心中…とかですか?』
『ま、殿下の思惑にしろ宰相の思惑にしろ、儂ならば…と言うところだがな』
テオドル大公は歩きながら、そう言って軽く肩をすくめた。
『レイナ嬢、一つだけ言っておくが、たとえ話がどう転ぼうと、どう不利になろうと、其方がこの国に残りさえすれば、穏便にカタが付くとだけは思うてくれるな?其方の婚約者は、その程度をあしらえぬ男ではないし、むしろフィルバート陛下との相乗効果で国が滅ぶ事になりかねないから、そこは間違えぬようにな?』
『………』
仮にエドヴァルドから公人としての箍が外れきってしまった場合、フィルバートは――間違いなく嬉々としてそこに加わってくる。
エドヴァルドが点火した不穏の種に、一切の躊躇なく油を注ぐ姿が目に浮かぶ。
テオドル大公でなくとも、目に見えるようだった。
『き…肝に銘じます』
『うむ。そうしてくれ。では後ほどな』
とある廊下までを歩いたところで、私とテオドル大公は、そこで別れた。
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