聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨

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第二部 宰相閣下の謹慎事情

409 王女様のお茶会(4)

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 最初はただの怒鳴り声だったところが、気付いて耳を澄ませてみれば「婚約者の茶会に来て何が悪い!」だの「なぜその場にわたくしが呼ばれませんの⁉」と言った、男女両方の声が入り乱れている。

「……お聞き覚えのある声ですか?」

 隣に座るテオドル大公にコッソリと尋ねてみたところ「宰相のもう一人の息子と側室であろうな」と、物凄く苦い声が返って来た。

「……そうなんですね」

「うむ。あの下品な叫び声は、双方間違いあるまいよ。大体、王女との婚約はっとらんし、そもそも宰相家の後継者でもなんでもない筈なんだがな……」

「ね。バルトリが宰相ちちおやが『秒で断った』て言ってましたよね。せっかくの王女殿下のお茶会デビューに、むしろ嫌がらせですよね」

「予め言っておくが、彼奴きゃつらにとって初見の其方そなたにも話が飛び火する可能性があるからな。宰相が駆け付けるまでは、まあ、心してくれ」

「―――」

 流石に大公サマに向かって「マジですか」とか「げ…」とか、庶民言葉の不満はぶちまけられないので、無言で顔を顰めるくらいしか出来なかった。

 多分、国王や王太子、宰相が来てしまうと、身分の問題で何も出来なくなってしまうのを分かっていて、このタイミングで押しかけて来たのだ。

 今なら護衛騎士程度、フォサーティの名を楯に退かせられると思っているに違いない。
 業を煮やして、衆人環視の下で無理矢理王女の首を縦に振らせに来たか。

「いざと言う時には、ベルセリウス将軍やマトヴェイ部長に入って頂くのはアリなんですか?」
「まあ、こちらから先に手を出すのでなければ、後でどうとでも出来るがな」
「じゃあ、大公殿下のお墨付きと言う事で」
「……其方に『殿下』と言われると、何やらむず痒いわ」
「気のせいです。万一の為です、万一の」

 ううむ、とテオドル大公が唸っている間に、招かれざる客はバリエンダール王宮の護衛騎士を振り切る様にして、こちらへと文字通り「突撃」してきた。

 これ〝鷹の眼〟だったら、誰か気付いてくれるんだけど、防衛軍は誰か通じるかな…と思いながら、私はテーブルの下でヒラヒラと手を振った。

「――レイナ嬢、どうしました?」

 やっぱりと言うか案の定と言うか、スッと近くに来てくれたのは、ウルリック副長だった。
 しかも、周りに聞き取れない小声でちゃんと聞いてきてくれる。

 やっぱり今回「保護者」枠なのかと、ちょっと安心。

「今から来る二人は、宰相家の関係者、この国の護衛騎士たちはあまり強く出られないんだそうです。現状こちらからは何もしませんが、売られた喧嘩は買うつもりをしていますので、その際は将軍かマトヴェイ卿にすぐ動いて頂けるところにいて頂きたいんです」

「………」

 ほう…と答えるウルリック副長の声は、お世辞にも納得をしている感じじゃなかった。

「いやいや、こちらからは何もしませんって。ただ大公サマが…彼らの矛先は王女殿下だそうですが、彼らにとって初見になる私にも矛先が向く可能性があると仰るので、保険をかけておこうかと」

「ほけん?」

「ああ…っと、先回りして手を打つ――が、意味としては一番近いですかね。私の国で時々使われる言い回しです」

 もらい事故同然に話に巻き込まれたテオドル大公が目を剥いているけど、自分が言った事としては間違っていないので、渋々と言ったていで頷いていた。

 そんな私とテオドル大公を見比べたウルリック副長も、すぐに私の言わんとしたところに気が付いたらしく、いい感じに口元を緩めた。

「…それは、彼らが先に手を出しさえすれば、ウチの上司かマトヴェイ卿の権限で良いって話なんですね?」

 ――私は黙って親指を立て、テオドル大公は「苦虫を噛み潰した」見本の様な表情を浮かべて、無言のまま頷いていた。

「ハールマン侯爵令嬢!」

 そうこうしている内に、女性の甲高い声が中庭に響き渡った。

 なるほど、宰相家関係者とは言え、自分は側室。まさか王女殿下に直接声はかけられない。
 王女殿下と同じ年で、招待客の選定に関われる立場にないロサーナ公爵令嬢に声をかけても、あまり意味はない。
 テオドル大公殿下に声をかけるのも、もっての他。
 ハールマン侯爵夫人か令嬢か…考えた結果、ハールマン侯爵家の正室である夫人にも声がかけられず、令嬢になったと。

 もう、そこまでいったら止めておけば良いのにと、思った私は間違ってない筈。

「ハールマン侯爵令嬢、この方たちに仰って下さいません⁉︎私達への招待状をなんだと!そうですわよね⁉︎」

「「「………」」」

 いっそ感心するような屁理屈に、私以外にテオドル大公、社交界に長くいらっしゃるであろうハールマン侯爵夫人が、ちょっとポカンと声の主を見つめてしまった。

 王女殿下やロサーナ公爵令嬢、声をかけられたハールマン侯爵令嬢自身は、本気で何を言っているのか理解出来ないと言った表情になっていた。

「そうだぞ!とその母を呼ばずして、何の茶会――」

 そして、母親の後ろから息を切らせながらやって来た青年――多分アレがグイド・フォサーティ宰相令息――が、視線の先にテオドル大公を認めたらしく、言いかけた言葉を思いきり飲み込んでいた。

 神経質、線の細いもやしっ子…いずれにせよ、ジーノ青年とは見た目にも「格が違う」事が分かる立ち居振る舞いだ。

 何故…と、震える唇から声が洩れ出ているところからすると、このお茶会の趣旨及び参加者――少なくともテオドル大公が参加する事を分かっていなかった事は確かだろう。

 大方「王女殿下と王太子の婚約者が茶会を開いている」程度を小耳に挟んで、深く考えずにすっ飛んで来たとか、そんなレベルに見えるお粗末さだ。

(コレをここまで放置しておくとするなら……もう、ネコ可愛がりしているか、宰相令息としての肩書きを持ったまま、人身御供としてどこかに遣ろうとしているかの二択だよね……?)

 こっちは致命的に能力に欠けそうな気はするけど、立場的にフォサーティ宰相は、レイフ殿下を不良在庫処分やっかいばらい扱いでサレステーデに着任させようとしているフィルバートと、似ている気がしなくもない。

 うっかり「あ…」と言いかけてしまい、慌てて口を閉ざした。
 幸い誰にも聞こえなかったようではあるけれど。

(ダメだ、これテオドル大公に、この困ったちゃん達と喋らせちゃダメだ)

 私は相手からは見えないところで、テオドル大公の上着の袖を軽く引いた。
 多分、彼ならばある程度はそれで察してくれる筈だ。

 ここは本来、主催者である王女殿下が場を収めるべきところ。
 身分の面から言っても、他に穏便に事を済ませる手段がない。

 テオドル大公が場を収めてしまうと、お茶会の席でのハプニングでは済まなくなるのだ。
 何しろ、今はアンジェス国国王代理として派遣された正式な使者なのだから。
 この場限りの事などと、笑い話にしておけなくなるのが目に見えている。

 ただ予定にない事態に理解が追いつかず呆然としているミルテ王女には、何とか我に返ってもらわなくちゃいけない。

 私はテオドル大公に、テーブルの下から王女を指して合図を送ってみた。
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