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第二部 宰相閣下の謹慎事情

401 おてがみ だした

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※1日複数話更新です。お気を付け下さい。

 魚醤に関しては、分けて貰えるとの話になったので、ついでに茹で済みの魚のつみれと、エプレりんごは果実に調味料、オマケでカラハティのチーズも分けて貰う事にした。

 コーヒーにチーズは、商品としてはかなりクセがあると思うけど、エドヴァルドには良い話の種になるだろうし、その他はユングベリ商会で取り扱いたいと、一部でも説明が出来る。

 魚醤とつみれスープは、エドヴァルドに味見して貰う以外に、シャルリーヌへのお誘いは必須だろう。
 今日はもう無理だけど、次にギルドに行く時に、手紙を出しておくくらいで良いかも知れない。

 なるべく新鮮な方が有難いと言う事で、最終日〝転移扉〟で帰る前に、朝から店に立ち寄らせて貰って、諸々引き取る事にさせて貰った。

「じゃあ…王都商業ギルドのシレアン・メルクリオさんとやらに会いに行こうかな。せっかくご紹介頂いた事だし」

 私は思わぬお土産ゲットにホクホクしながら、王都商業ギルドへと向かう為にチェーリアさんのお店を出たものの、市場の出口に辿り着くまでに、見た事のない魚やらお馴染みの魚やらを並べているお店が色々とあった為、明後日買い付けたいとの話を複数のお店に取り付けた。

「え、この前のケーキと同じですよ、ウルリック副長!今回も〝転移扉〟で帰れるなら、調理前のお魚もアレコレ買って帰ります!帰ったら邸宅おやしきで、きのこならぬ〝おさかなパーティー〟しますよ!」

 近海で獲れる白身魚の天ぷら――良いじゃないか!
 鮭――今度はフライを作ってみて貰おう!
 イワシ――お店のオジサンが、ソテーが美味しいと教えてくれたから、帰ったらお願いしてみよう!

 そんなことをぶつぶつと呟いていると、段々と皆の目が期待に満ちたものに変わり始めて……最後には、誰も反対しなくなった。

「あ、大公様とマトヴェイ部長は、今回の試食会パーティーで、皆様にもお出し出来るような料理だと、宰相閣下にお認めいただいたところで、後日別の機会を設けさせて下さい」 

 そう言った途端に、二人してちょっとショックを受けていたみたいだけど、こればっかりは仕方がないだろう。

 テオドル「大公」様や、コンティオラ公爵領防衛軍の関係者であるマトヴェイ外交部長を、私の一存でイデオン公爵邸にお招きする訳にはいかないのだから。

「もし〝ユングベリ商会〟の店舗運営にあたって、人手や店舗、食材や素材の確保にご協力頂けるようであれば、商会関係者あるいは出資者として、ご招待の機会は更に早くなるかも知れませんね?」

 そしてそのままだと、多分エドヴァルドも永遠に首を縦に振る事はないだろう。
 そこには別の手だてが確実に必要となる。

 だから私としても、ぜひ「商会」の方に関わって下さいと、落としどころを提示させて貰うのが精一杯だった。

「うむ、我々に関しても『上手くいけば軍である程度の需要があるだろう』との思惑あっての招待、それは我らも織り込み済みの事!」

 後ろを歩きながら、ベルセリウス将軍は一人「うんうん」と頷いている。

 テオドル大公とマトヴェイ外交部長の目がそれぞれ「なるほど…」と不穏に光った気がしたのは、見なかったフリをしておこうかな。うん。

 市場を出たところに留めてあった馬車に乗り込み、街中を走った時間は10分にも満たなかったと思う。

 その間に、私はテオドル大公とマトヴェイ外交部長に、ギルド内での「設定」を改めてお願いした。

「すみません、既に〝ユングベリ商会〟は商会を興した先代――つまりは私の父が亡くなって、私が後を継いだと言う触れ込みになっていますから、その辺りは話を合わせて下さいますか」

 父の販路と地盤を継ぐ為に、自らも商業ギルドに登録をしたと言うていだ。

 既にシーカサーリ王立植物園あたりには、レイナ・ユングベリが正式に後を継いだ――との話がいっている筈だから、そこに嘘はない。

「ふむ。儂とマトヴェイ卿は先代に仕えていた部下、と?まあ、面白そうだから儂は構わぬよ」

「確かに、変に身内だなどと言って、こちらが商会での決定権を持っているだなどと誤解されても面倒ですからな」

「うむ。あの店や市場での様に、あれこれ聞かれても答えられぬだろうしな」

 多くの人は見た目に左右されがちだ。

 いくら公になっている商会長の名前が「レイナ・ユングベリ」だと言っても、見た目に威厳のあるテオドル大公とマトヴェイ外交部長が現れて「祖父」だの「叔父」だのと言い始めれば、大半の人間が、まずこの二人に接触を図ろうとするだろう。

 そうならない様にする為にも、大番頭と二番番頭くらいの立ち位置でいて貰うのが、せめてもの設定だ。

 ベルセリウス将軍たちは、変わらずの護衛設定でいく事にした。

 そうして、到着を告げられて馬車を降りたところで――私は建物の大きさに驚いて、目を丸くしてしまった。

 レンガを始め、花崗岩っぽい石など、様々な建築素材が重ね合わせれている感じだ。

 横浜の開港記念館、あるいはノーベル賞の受賞記念晩餐会が開かれる市庁舎なんかをちょっと彷彿とさせる。

「ああ…ここは商業ギルドだけじゃないんです。職人ギルドもありますし、更に市庁舎も兼ねていますから、各ギルド職員と市役所職員の数だけでも大した数になっている筈ですよ」

 唖然と建物を見上げていた私に、バルトリがそう説明をしてくれた。

 馬車を降りて先に場所を確認してきてくれたのか「商業ギルドはこっちだそうです」と、アーチ状になっている入口を入って、右手へと歩いて行く。

 基本的に二階は職員が使う会議室や資料保管所、役職者の執務室なんかになっているそうで、一般市民やギルド利用者の受付窓口は全て一階に集約されているらしい。

 色々寄せ集めちゃった分、許可のない人間は二階に上げないと言う事か。なるほど。

 入口を抜けると中庭があり、中庭の先が職人ギルド、入口左手が市役所、そして右手が商業ギルドと区分けされているとの事だった。

「……と言っても、中はまんま市役所だね……」

 カウンターがあり、奥で事務作業をしている職員が見えていて、手前には順番を待つ人達が腰掛けている。

「こちら王都商業ギルドの区域となっておりますが、お間違えではございませんか?お間違えでないようでしたら、ご用件をこちらで伺います」

 入ってすぐの所に案内デスクが設置されており、そこにいた壮年の男性職員が話しかけてくる。

 明らかに初見の人種に見えたんだろう。
 市役所や職人ギルドと間違えていないかどうかをまず確認するのは、この場所の特殊性ゆえの定型の文言なのかも知れない。

「ああ、ええっと……一つには手紙を出しに来たのですが、もう一つは「とある方」からこちらのシレアン・メルクリオさんをご紹介頂きまして、お会いできるか、あるいは近々のお約束を頂けないかと」

 私はそう言いながら、自分のギルドカードと、ジーノ青年が持たせてくれた紹介状を片手の指で挟んでチラ見せした。

 案内係の男性が「失礼ですが、そちら拝見しても?」と眉根を寄せながら聞いてきたので、私も「どうぞ」とそれを手渡した。

「…なるほど。上の者に確認して参りますので、少々お待ち頂けますか。宜しければ文書カウンターはあちらになりますので、先に手紙の投函手続きをなさって下さい。やり方はご存知でいらっしゃいますか?」

「ああ、はい……っと、念の為、やり方は各ギルド各国共通でしょうか?このギルドから投函するのは初めてなんですが……」

「ええ、大丈夫ですよ。問題ありません。それではこちらのカードと紹介状は一度お返し致します」

 やはり盗難やすり替えのトラブルを考えての事なのか、紹介状はここでもいったん手元に戻され、男性は部屋の奥へと姿を消した。

「場合によっては明日も手紙出さなきゃいけない気はするんだけど……明日一度にまとめてしまうって言う訳にもいかないし……」

 そして結局、あくまで昨日一日の様子だけを記した手紙が、この日『ドーイェンの庭・青藍』サマ宛に届けられる事になった。
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